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邂逅

ひなの達の足音は、もう聞こえない。そこそこ長い間、一緒に苦楽を共にしてきたというのに、足取りからはなんの迷いも感じられなかった。


置いて行かれたことよりも、その事実がやたらに重かった。


自分の状況とは裏腹に、ダンジョンの通路は静まり返っている。青白い苔の光が石壁をぼんやり照らしている。遠くで水滴が落ちる音だけが響いていた。俺は辺りを見回して、溜息をついた。


「……どうしたもんかな」


一本道とはいえ出口まではそこそこ距離がある。道中のモンスターも弱いわけではない。少なくとも俺よりは遥かに強い。

索敵で距離をとりながら、やり過ごして進むことも出来るが、生還率は五分五分ってところだろう。


まあ、悩んでいても仕方がない。

とりあえず帰るか。


そう思った、そのときだった。


「……その鑑定、本当に役立たないんですか?」


突然、後ろから声がした。思わず体が跳ねた。


振り返ると、通路の影から一人の少女がこちらを見ていた。肩まで流れる艶のある黒髪。細く、よく締まった体つき。軽装の探索装備に、腰には短剣。


年齢は高校生くらいだろうか。


俺は目を丸くした。

暗闇とはいえ気配察知にはそこそこ自信があった。警戒も怠ってはいない。


なのに、その少女は足跡一つ立てず、幽霊のように何の気配も感じなかった。隠密スキルでも使っているのだろうか。佇まいだけで只者ではない、坂城と同じ強者の風格を感じた。


少女は壁にもたれながら、品定めでもするかのようにジロジロと俺を見ていた。

年下の美少女とはいえ、値踏みされるのはあまり良い気はしないのだが。


「さっきの話……聞いてたのか?」


「少し」


少女はあっさり答えた。あまり興味はないらしい。俺に気を遣ってくれる様子はなさそうだ。


「さっきのパーティ、配信してましたよね」


「まあな」


大学のダンジョン配信サークル《シーカーズ》。俺の所属する探索学部のトップパーティ。


今は、俺を追放した連中だ。

もし無事に生きて帰ったら、坂城に恨み言の一つでも言ってやりたい。


少女はなおも俺を観察するように見て、言った。


「神谷さん」


「俺のこと知ってるのか?」


シーカーズはダンジョン配信界隈ではそこそこ有名なようで、パーティメンバーはちょっとした芸能人なんかより余程人気がある。ひなのと坂城とは比ぶべくもないが、裏方の俺もたまに声を掛けられるほどだ。

……もっとも、「役立たずの人!」と子供から後ろ指を指される程度ではあるが。


「さっき呼ばれてました」


……そりゃそうか。俺は少し期待した三秒前の自分を、心の中で殴りつけた。


「君は?」


「黒瀬凛です」


短い自己紹介だった。どうやらデートの誘いではないらしい。


凛はそのまま続ける。


「神谷さんのスキル、鑑定ですよね」


「まあな」


「ドロップ予測と……レアドロップ率上昇」


そこまで言い当てられて、少し驚く。

鑑定のスキル持ちはただでさえ珍しい。その上でドロップに関する効果までついているのはかなり稀だろう。実際、俺も同じスキルを持った人間は見たことがない。


「詳しいな」


肩をすくめる。スキル目的の奴と関わるとろくなことにならないのは、今さっき教わったばかりだ。


「似たスキルを見たことがあります」


凛は気にする様子もなく、通路の奥をちらっと見た。


「ここで立ち話してるとモンスターが来ます」


「歩きながらでもいいですか」


「……ああ」


有無を言わせぬ感じだった。


そうして俺たちは並んで歩き出した。入り口が遠ざかっていくが、他に選択肢はない。


少しの間、沈黙が続いた。


歩きながら俺は考えた。

やはり、どう見ても年下にしか見えない。こんな少女がなぜ、一人でダンジョンの中層にいるのだろう。


比較的新しいダンジョンとはいえ、ソロでここまで来れる探索者は限られる。むしろ、俺なんかと一緒にいた方がかえって危険かもしれない。


そんなことを考えていると、凛が口を開いた。


「レアドロップ率アップって、どのくらいですか」


「だいたい三パーセントくらいかな」


凛が小さくうなずく。平静を装ってはいるが、俺は見逃さなかった。答えを聞いた瞬間にその澄ました表情が崩れ、わずかに目が見開いたことを。


正直、意外な反応だった。この子は一体、何を考えているのだろうか。


「やっぱり」


「何が?」


俺は不思議に思って尋ねた。


「少し気になることがあって」


そう言ったところで、


カラン。


何か転がるような音が静寂を遮った。

そして続けざまに、通路の奥からぺちゃぺちゃと這うような小さな音が聞こえる。

音の方を見ると、岩陰から金属球のような目玉が、ぼうっと鈍い光を放ってこちらを見上げていた。


瞬間、背筋が震え、俺は反射的に鑑定を発動した。


視界の端に文字が浮かぶ。かなり高ランクなのか、名前しか鑑定できなかったが今はそれで十分だった。なにせ相手は有名人だった。


《レアモンスター》ミスリルスライム


思わず息を呑む。事前にこのダンジョンを調べた時に噂は耳にしていたが、実際に会えるとは思っていなかった。

ただ、今はそんな悠長なことを言っている余裕はない。俺は上層の雑魚モンスター一匹すら倒したことがないのだから。冷たい汗が背中を伝う。


「凛」


隣の少女に声を掛ける。


「はい」


少女は答えた。


「あそこ、レアモンスターだ」


俺は通路の奥を指差した。凛がランプをかざすと、スライムの銀色の体が光を受け止め、ギラッと怪しく輝いた。


凛の表情が引き締まる。だが、引き締まった口の端がわずかに上がっている。さっきまでの少女の目ではない。狩人の目だった。


ほどなくして通路の奥から影が跳ね、通路に銀色のスライムが飛び出してきた。


噂で聞いた特徴は、金属のように光沢のある体と黄金のように美しい核。輪郭は普通のスライムより一回りほど小さい。


そして――


とにかく珍しい。


「……初めて見ました」


凛が小さく呟く。


ミスリルスライム。探索者の間では、ほぼ討伐の噂がない。都市伝説のような存在。


理由は単純。

珍しい上に、硬い。

速い。

そして逃げる。


普通は倒せない。


だが、俺の視界には別の情報が浮かんでいた。


【予測ドロップ】

・ミスリルコア

・ミスリル装備

・ステータス装備


心臓が一気に跳ねる。どうやら倒しにくいだけあって、期待に見合うだけの報酬はありそうだ。一つ間違えれば死ぬ状況なのに、玩具屋のショーウィンドウで欲しいゲームを見つけた子供みたいな気分だ。

我ながら嫌になるが、鑑定スキル持ちの性というやつだろう。


「凛」


幸い、隣には凄腕の冒険者がいる。


「……無理なら早めに言って欲しいんだが」


「いけそうか?」


俺は尋ねたが、凛は言い終わるより前に短剣に手をかけ、顔の横で構えていた。


「当然」


凛は不敵に笑っていた。


その言葉に反応するように、ミスリルスライムが小さく跳ねた。

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