準備
電車の窓の外に、田んぼが広がっていた。
都心から一時間半。高い建物はもう見えない。遠くに低い山並みが続いている。
のどかな風景だった。
ガタン、ゴトン。
規則的な揺れに体を預けながら、俺はぼんやり外を眺めていた。
「……」
気づくと、少しうとうとしていたらしい。昨日はぐっすり寝たはずなんだが。
窓に額を当てて、小さく息を吐く。
「……遠足みたいだな」
思わず苦笑する。まさか探索に行く電車の中でこんなことを思うとは。
やがて電車が減速し、小さな駅に滑り込む。
『採掘場前駅』
ホームに降りると、空気が少しひんやりしていた。山の空気だ。
終点の改札を出る。
瞬間。
「おはようございます」
聞き慣れた声がした。
振り向くと、凛が立っていた。
「おはよう」
俺は時計を見る。
「……あれ?」
集合時間の三十分前だ。
「早いな」
「神谷さんもですよ」
凛は少し笑った。
「昨日はちゃんと寝ました?」
「寝た寝た」
「ならよかったです」
凛も少し眠そうだったが、顔色は悪くない。お互いにちゃんと休めたらしい。
「そういえば」
俺は言う。
「ゴーレムのこと、少し調べてきた」
スマホを取り出す。
「ストーンゴーレムは岩石系モンスター。体長二メートルくらい。魔石が核になって動いてる」
「ランダムで表面に出ている魔石をつけば一撃で倒せる」
「ドロップの魔石と核の魔石は別扱い」
凛が少し目を丸くした。
「……意外とマメですよね」
「そうか?」
「はい」
少し感心したように言う。
「ちゃんと準備するタイプなんですね」
なんだか少し嬉しそうだった。
「まあ」
俺は肩をすくめる。
「鑑定スキルだしな」
「分析は癖みたいなもんだ」
凛は小さく頷いて、バッグを持ち上げる。
「買い物、先に済ませましょう」
「ああ」
駅前には、小さな探索者向けの店があった。装備屋兼、消耗品店らしい。
店に入ると、凛がおもむろにメモを取り出した。
「昨日話した通り、お金は全て活動資金に充てます」
「二人で稼いだお金ですから」
封筒を取り出す。
ミスリルコアの代金。九十五万円。
「じゃあ」
俺は店内を見回す。
「まずは荷物袋」
店主が棚を指した。
「リュック式なら六万円だ」
「じゃあそれで」
俺は即決する。
次に凛が言う。
「回収袋。ドロップ保存用。十五万円」
「高いな」
「必要です」
凛はきっぱり言う。
「次」
メモを見る。
「簡易転送石、三個。二十七万円」
俺は思わず計算する。
お金がだんだんと減っていく。
「ポーション、十本。五万円」
「ハイポーション、三本。十五万円」
会計が終わると封筒の中身はほとんど消えていた。
事前に分かっていた事だが、肩を落とす。
「……ほぼ無くなった」
凛は平然としていた。
「必要経費です。今後の活動のためです。ケチったら死にます」
「それはそうだが」
俺は苦笑する。
その時、ふと思い出した。
「そういえば、ミノタウロスの斧もあったよな?」
「あれどうする?」
凛が少しだけ苦い顔をした。
「……売ります」
「ツテがあります」
「合法か?」
俺は思わず聞いた。
凛が眉をひそめる。
「そういう意味じゃありません」
「ただ」
少し視線を逸らす。
「貸しを作りたくない相手なんです」
…なるほど。あまり深くは聞かない方がよさそうだ。
「幾らくらいになる?」
「相場より少し下がります。でも」
凛は言う。
「百五十万くらいなら売れると思います」
俺はおぉ、と頷いた。
「凛がそう思うなら任せる」
それから続ける。
「でも、凛が嫌なことはしてほしくない」
凛が一瞬止まった。
そして少し顔が赤くなる。
「……大丈夫です」
小さく言った。
店を出てリュックを背負うと、装備が少し重く感じた。大学の備品とは違う、自分達で稼いだ金で買った道具の重さだった。
「そういえば」
凛が言う。
「さっきの買い物」
「遠足の買い出しみたいでしたね」
俺は笑った。
「引っ張るなよ」
少し考える。
「でも、俺も思った」
凛も笑った。
そして前を見る。
遠くに山が見える。その麓が採掘場ダンジョンの入口だ。
凛が言った。
「ここからは切り替えていきます」
「ああ」
俺も頷いた。遠足は終わりだ。
ここからは探索者の仕事になる。
俺たちは山へ向かって歩き出した。




