旅立ち
「……すまなかった」
やがて、坂城がゆっくり口を開いた。
ミノタウロスの死体の横。まだ血の匂いが残る空洞で、その声だけが静かに響く。
「来てくれて助かった」
短い言葉だった。
だが、それで十分だった。
俺は肩をすくめて笑う。
「分かってるよ」
坂城が顔を上げる。
「心配してくれたんだろ」
「……は?」
坂城が眉をひそめる。
俺は床に転がったままの袋を指さした。
「荷物袋」
「あれ、ちゃんと残してくれてただろ」
坂城が一瞬黙る。
どうやら図星らしい。
あの袋の中には、簡易転移石、照明、非常食が残されていた。もし本当に俺を見捨てるつもりなら、全部持っていけばよかったはずだ。
あれがなければ、俺は帰れなかった。
俺は頭を掻く。
「その荷物袋なんだが……ダメにしちゃって悪いな」
ミスリルスライムの溶解液を思い出す。袋ごと溶けていた。
坂城は小さく息を吐いた。
「……お前な」
そして少しだけ苦笑する。
「相変わらずだな」
「まあな」
俺も笑った。
「付き合い長いからな」
少しだけ、昔の空気が戻る。
そのとき、俺は床に落ちていたドロップを拾い上げた。
ミノタウロスの魔核。掌サイズの黒い結晶だ。
それを坂城の方へ差し出す。
「ほら」
坂城が目を見開く。
「……は?」
「装備壊れてただろ」
坂城の剣は折れている。鎧にはひびが入り、盾も壊れていた。
「修理費」
俺は言った。
そして、少しだけ照れくさくなって付け加える。
「……と、今までの礼だ」
坂城が言葉を失う。
ひなのも、少し驚いた顔をしていた。
坂城は魔核を見る。
そしてゆっくり言う。
「……いいのか」
「いいだろ」
俺は軽く肩をすくめる。
「今回はたまたま運が良かっただけだ」
本当は分かっている。
俺のスキルが進化したのは、多分――
戦闘力ゼロの俺を、今までパーティに入れてくれていたからだ。
坂城も。
こいつらも。
その積み重ねがあった。
坂城はしばらく黙っていた。
やがて小さく言う。
「……お前さ」
「ん?」
坂城が視線を上げる。
「もし良かったら」
少し迷ってから言った。
「また一緒に――」
そこまで聞いて、俺は少し笑った。
「……悪いけど」
そう言って、隣に立つ凛を見る。
「もう相棒がいるんだ」
凛が一瞬固まる。
それから、ゆっくり視線を逸らした。
耳が少し赤い。
俺は続ける。
「まあ、たまになら」
軽く笑う。
「コラボ配信でもしようぜ」
坂城が少し驚いた顔をする。
そして、ふっと笑った。
「……いいな」
「それ」
そのとき、俺はふと思い出す。
「そういえば」
凛を見る。
「動画は?」
凛がきょとんとする。
「動画?」
「配信」
「ああ」
凛は頷いた。
「神谷さんと一緒だったので、配信止めました」
俺は笑った。
「流石だな」
「知らない人と一緒の時に配信するのはマナー違反だもんな」
そして少し残念そうに言う。
「でもミノタウロス倒したところ撮れてたら」
肩をすくめる。
「……バズったかもな」
凛が小さく笑う。
「そうかもしれませんね」
俺は軽く手を振る。
「じゃあ俺たち先に帰るわ」
凛も頷く。
「お先に失礼します」
俺たちは出口の方へ歩き出す。
そのとき。
背後から坂城の声が聞こえた。
「……待て」
振り向く。
坂城が首を傾げていた。
「そういえば」
「俺たちのカメラはどうした?」
一瞬、全員が止まる。
ひなのが周囲を見回す。
「え?」
「さっきまであったよね?」
撮影担当の男が青い顔になる。
「……あ」
全員の視線が床に落ちた。
そこには、小型カメラが転がっていた。
赤いランプが、静かに点灯している。
――まだ動いていた。
――――――――――
【ダンジョン配信総合スレ】
1:名無しの探索者
さっきの配信見た奴いる?
2:名無しの探索者
ミノタウロス出てたやつ?
3:名無しの探索者
途中からヤバかった
4:名無しの探索者
あの黒髪の子誰?
5:名無しの探索者
ミノタウロス瞬殺してなかった?
6:名無しの探索者
いや囮の男が引き付けてた
7:名無しの探索者
あの男誰だよ
8:名無しの探索者
シーカーズのメンバーじゃないよな?
9:名無しの探索者
新しい探索者っぽい
10:名無しの探索者
普通に強かったな
――――――――――
ダンジョンの出口が見えてきた。
地上の光が差し込んでいる。
俺は大きく伸びをした。
「はあ……」
「疲れたな」
凛が横で笑う。
「そうですね」
そして少し真面目な顔になる。
「神谷さん」
「ん?」
凛が言う。
「これからどうしますか?」
俺は少し考える。
ダンジョン。
配信。
探索。
色々ある。
そのとき、凛が言った。
「正式なパーティとして」
「ギルドに登録に行きましょう」
俺は少し笑う。
「いいな」
地上の空を見る。
風が心地いい。
追放されてから、まだそんなに時間は経っていない。
でも。
状況はずいぶん変わった。
隣には。
頼れる相棒がいる。
俺は笑って言った。
「よし」
「じゃあ行くか」
凛が頷く。
「はい」
こうして。
俺たちの新しい冒険が始まった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
3/12追記:ニ章も書き始めました。毎日投稿出来るように頑張りますので、よければお付き合い下さい。




