欲望の種類
短編です
なにがしかの連絡と言うのは、数分、あるいは数時間、時間が経ってから気が付くということもあるものだ。特にスマホなどの電子音は、切ってしまうと気が付かないことが多い。バイブレーションの音がしたって、何かに集中していれば気づかないこともある。
俺は、いつも気づくのが遅い。特に絵を描いているときは、集中してしまうのか、スマホの通知音にはほとんど気が付かない。
一度、絵を描いていて、気がついたら夕方になっていたから、飯でも食うかとスマホを見たら、日付が変わっていたことがあった。
俺はそれほどまでに絵にのめりこんでいたのかと、この時初めて自分の異常性に気が付いた。
それでも彼女は、俺を支えてくれていた。俺が気が付かなくても、すぐに怒らずに、笑って許してくれた。
俺はその彼女に甘えていたんだと思う。
彼女が事故に遭った時も、コンクール用の絵を描いていて、反応が遅くなってしまった。気が付いたのは、彼女が入院して、目を覚ましてからだった。
ニュースにもなるような大きな事故だったのに、それにも気が付かなくて、彼女のご両親からは、こっぴどく叱られた。
そこを境に、彼女とはほとんど連絡を取れなくなった。
俺は、それも仕方のないことだと、現実を受け入れようと努力した。
しかし彼女は退院して数日で、俺のアトリエにやってきた。
「だってあなた、私が何か差し入れしないと何も食べないでしょう?」
まだ頭に包帯を巻いたままの格好で、コンビニの袋に入ったおにぎりや総菜を差し出してくれた時、俺は彼女との結婚を決意した。
それから、俺は、絵も描くけど、彼女のために、一緒に過ごす時間を作る努力をした。タイマーをかけて、音が鳴ったら、今日の絵は終わり。そう自分に言い聞かせて、アトリエと家を往復した。
ほどなくして、彼女はまた入院することになった。
「お見舞いとかいらないから。あなたは自分のやるべきことをやって」
そう言って彼女は行ってしまった。
最初こそ、俺は定期的に家に帰って、夕飯の写真や昼飯の写真を送って、彼女を安心させてやろうと思って、懸命に今の生活を続けていたけど、次第にそれはまばらになって、連絡を送らなくなっていた。
彼女のことが嫌いだとかそう言うことじゃないんだ。ただ俺は、少しでも長く、絵を描いていたい。たったそれだけの理由で、俺は彼女をないがしろにし続けた。
こんな男で申し訳ない。それでも集中していると、絵の事しか考えられない。
今、目の前にある真っ白なキャンバスに、俺の思う世界を投影させたい。彼女にも俺の世界を見てほしい。
描き続けて、あと少しで完成する、と言ったところで、窓から光が差し込んできた。眩しい。気が付くと顔をしっかりと照らすほどはっきりと朝日が昇っていた。
「え・・・今日、何日?」
そう思って、スマホを見た瞬間、メッセージと、電話が一気にかかってきた。
電話やメッセージの主は、お互いの親族や、友人たちだった。
「え、な・・・」
一番最初に開いたメッセージは、彼女の友人からだった。
[生まれました]
たったそれだけ。他の友人や親族たちも、同様に、出産の報告を送ってくれた。
俺は、筆をおいて、慌ててアトリエを出た。鍵をかけるのも忘れて、懸命に病院までの道をひたすら走った。
勢いよく病室のドアを開けると、お義父さんとお義母さん、友人たちが彼女を囲んでいた。
「お、珍しい、今回は気が付いたんだ」
少し疲れたような彼女の笑顔が、朝日に照らされて妙に神々しく見えた。
俺はまた、ふつふつと描きたい欲が湧き上がるのを感じた。
——欲望の種類——
欲望かぁ。




