【短編小説】F
渋滞。車列。愚鈍な鉄のカバたち。
俺は200ccの単車を駆ってその隙間を走り抜けていく。
他の車列の間を別の単車たちが同じように走り抜けているのが見える。
俺が乗る乾燥重量100kgの細いバイクは、まるで猫みたいにしなやかな動きを見せた。
「今日はエンジンも調子良さげだな」
内側に抉るように絞られたデザインのガソリンタンクを撫でてやると、俺の単車はもっと走りたそうにエンジンを唸らせた。
「走らせてやる、だがもう少し待ってな」
車列の終わりが見えてきた。
交差点の真ん中に赤信号が見える。
俺は素早く交差道路の信号を見ながらタイミングを見計らった。
交差する横断歩道は既に赤く、道路の方は黄色く光っている。
車列の先頭まであと数台。
「よし、行くぞ!」
一気にアクセルを開くと、俺の単車は歓喜の声を上げて疾走した。
2ストローク独特の白煙を盛大に吐きながら単車が一気に車列を躱す。
先頭でモタモタとセル始動から始めているボンクラの単車をサイドミラーのシミにする。
同じように他の車列の隙間から勢いよく飛び出した数台のバイク達が先を争うように走る。
だがスタートダッシュなら俺の単車が最強だ。お前らの単車は重過ぎる。馬力があったってそれじゃ仕方ない。
「遅いマヌケは左に寄ってろ!」
新型のバイクを置き去りにして風を切るヘルメットの中で笑う。
その瞬間に【F】が表示された。
「ちくしょう!Fだ!」
左右を見回して、やらかしたアホウを見つけようとしたが、アホウを見つけるより早く、俺たちは気がつけば車列の真ん中に戻されていた。
低く唸るエンジンを宥めながら、少なくとも俺は適正なタイミングだったはずだと反芻した。
フライングしたのはどのボンクラだ?
俺はさっきと同じように車列を縫い進みながら並行して走る他の車線を見回した。
それぞれの車列を縫う数台のバイク。旧車から新車まで種類もライダーも様々だ。
奴らも同じように辺りを見回していた。
俺は慎重にクラッチとアクセルを操作しながら速度を調整する。
交差道路の信号を見る。黄色から赤へ。心の中で三秒数える。
そしてアクセルを開けてクラッチを繋ぐ。
俺の旧車は勢いよく走り出し、青に変わった信号の下を通過する。
そしてF。
「ちくしょう!またFかよ!」
俺はヘルメットの中で絶叫する。
数台のバイクと車が再び停止線に戻された。
軽トラの運転手が窓を開けて怒鳴る。
「バイクのカス野郎!いい加減にしろ!」
「うるせぇ!俺じゃねぇのは見てただろ!」
八つ当たり、怒号、クラクション。
俺たち単車乗りも空吹かしで煽り返した。
自動送還停止線装置──フライング防止だとか停止線を越えた車両の多さに対して開発された警視庁のクソ兵器。
交通妨害も甚だしい。
こんなものがあるから余計にみんな”やる”しかねぇのだ。
行儀良く走る?冗談じゃねぇ。
あくまで目安だろ。たかが信号ごときが偉そうに!
三度目だ。
俺は慎重にクラッチとアクセルを操作しながら速度を調整して車列を進んだ。
交差道路左の信号を見る。
黄色から赤へ。心の中で三秒数える。
アクセルを吹かしてクラッチを繋ぐと、俺の旧車は勢いよく走り出した。
青に変わった瞬間の信号を通過する。
【F】が確定して戻される。
だが見つけた。5車線左のウィリー野郎だ。
「あのクソ野郎!」
戻された車列の隙間から、今度は一気に先頭まで出た。
そして先頭にいた車の窓を叩いて、苛立ちのピークに達している運転手に伝えた。
「あそこのジョッキーシフトのアメリカンバイク野郎がイキってウィリーしてるが、あのクソ野郎がフライングしてるんだ」
アイツを殴れ。
俺がそう言うと運転手は真面目な顔で頷いた。
そして助手席側の窓を開けると、車列の間にいる単車乗りに同じ事を言った。
俺の指摘は伝言ゲームで数車線を行く。
俺はその伝言が届くのを見ていた。
「クソが。次にやったら蹴り飛ばしてやる」
伝言ゲームの先いたアメリカンバイク野郎がこちらを見た。
俺は中指を立てて叫んだ。
「次やったら覚悟しておけ!次の交差点につく前にお前の単車ごと潰してやる!」
するとアメリカンバイク野郎はライダースジャケットのジッパーを下ろした。
豊かな白い乳房と白桃色の乳首が細い肋骨の上で光り輝いている。
一瞬、先頭付近の怒号とクラクションが鳴り止んだ。
「ちっ……野郎じゃねぇなら仕方ねえな……」
同じようなため息が俺の左車線を埋め尽くした。
バイクが前屈みで乗るもので助かった。
「ありゃあ、Fだなぁ」
仕方ねえ、今日のところは許してやらぁ。




