No.007:制度は異常を見逃さない
中央管理局・評価部門。
地下二十階、非公開フロア。
窓のない会議室に、複数のログが投影されていた。
数値。
時刻。
系統図。
そして――異常履歴。
[旧式魔導晄炉:強制停止]
[停止所要時間:基準値未満]
[介入者:単独]
[評価ランク:未登録]
「……確認を」
低い声が室内に落ちる。
誰かを責める調子ではない。
事実を揃えるための声だ。
「X地区の魔導晄炉が、外部指示なしで停止しています」
「手動介入。しかも単独」
「旧式とはいえ、あれは複数名での制御が前提の設備です」
画面が切り替わる。
制御ログの再生。
美しいほど最短の操作。
だが――理由の欄は、空白だった。
「止めた判断基準が存在しない」
「再現性も、説明もなし」
沈黙。
「問題は“事故を防いだ”ことではありません」
誰かが、淡々とまとめる。
「問題は、
評価不能と判断した人間が、
この規模の設備を“一人で”止められた事実です
注視すべきは、完全な異常値が観測される以前に
ソレを感知している
という行動です。」
別の声が続く。
「しかも現在、その人物はX地区で自由行動中」
「監視レベルは最低」
「就労義務も、権限制限もなし」
評価表が映る。
だが、そこには数字がない。
[測定不能]
「……危険だな」
短い一言。
「能力があるかどうかではない」
「制御できない判断基準が、
制度の外で動いていることが問題だ」
誰も反論しなかった。
「視察を入れます」
「直接介入はまだ不要」
「まずは――観測」
名前が呼ばれる。
「久瀬」
白衣の女性が、わずかに視線を上げた。
「X地区を担当しなさい」
一瞬。
本当に一瞬だけ、久瀬の指が止まる。
「……了解しました」
声は、いつも通りだった。
だが、胸の奥に沈む感覚を、久瀬は無視した。
X地区。
制度から距離を取った場所。
そして――
会いたくない人間がいる場所。
私情は不要。
これは仕事だ。
そう、何度も自分に言い聞かせる。
◇
数日後。
X地区・補給区画。
「視察だってさ」
ケンは、いつもの調子で言った。
「中央から、研究員が来る」
住人たちの空気が、わずかに揺れる。
「また、締め付けか?」
「いや、今回は見るだけらしい」
そのとき。
通路の向こうから、白衣の女性が歩いてきた。
背筋を伸ばし、
視線は前だけを見ている。
ケンは、一瞬だけ足を止めた。
久瀬も、同時に気づく。
視線が、かすかに交差する。
それだけ。
「……」
「……」
名前は呼ばれない。
表情も、変わらない。
すれ違う距離で、久瀬が言った。
「業務連絡があれば、管理端末に入れてください」
「了解」
それだけだった。
他人行儀。
事務的。
完璧な距離。
久瀬は振り返らない。
ケンも、声をかけない。
だが。
通り過ぎたあと、
それぞれの胸に残ったものは、同じだった。
――やっぱり、ここに来たか。
制度は、異常を見逃さない。
たとえ、今は何も起こらなくても。
X地区の空は、今日も静かだった。
だがその静けさは、
もう「放置」ではない。
ただ、
見られているだけだ。




