No.004:評価のない場所
X地区の朝は、静かだ。
サイレンも、始業ベルも鳴らない。
それでも人は動き出す。
勝手に、自然に。
「ユー、起きてるか?」
ドアをノックもせずに開けて、ケンが顔を出した。
「今日は仕事を教える」
「……仕事?」
反射的に聞き返す。
「そう。ここで生きるためのやつ」
外に出ると、すでに何人かが動いていた。
古い魔導装置を分解している者。
端末を並べて何かを計算している者。
畑のような区画で、土をいじる者もいる。
どれも、スコアに紐づいた職業じゃない。
「X地区には、職業ランクがない」
ケンは歩きながら言った。
「AだのBだの、Cだの」
「ここじゃ、全部いらない」
「じゃあ、どうやって仕事を決めるんだ」
ケンは、少し考えてから笑った。
「できること」
「やりたいこと」
「必要とされてること」
「それだけ」
拍子抜けするほど、単純だった。
「測定も、評価も、再配置もない」
「サボっても、誰も減点しない」
「じゃあ……やらなかったら?」
「困るだけだ」
即答だった。
「自分が」
「周りが」
立ち止まり、ケンは振り返る。
「ここじゃ、点数は守ってくれない」
「人が見る」
胸の奥が、ざわつく。
評価されない。
でも、見られていないわけじゃない。
「で、ユーは何ができる?」
そう言われて、言葉に詰まった。
――分からない。
測定不能。
適合率、算出不可。
「まあ、最初はそれでいい」
ケンは気にした様子もなく、歩き出す。
「今日は簡単なのからな。設備点検。」
X地区の中央あたりにある、古い大きな魔導装置を前にケンが教えてくれた。
「コイツはな、X地区全体にエネルギーを送ってくれてる。」
「コイツのおかげで、夜は明るいし、蛇口をひねりゃ水も出る。」
「要するに、魔導晄炉。小学校の教科書で見たことあるだろ?」
――随分と昔の型だ。
「……歴史の教科書でチラッと見た。」
ケンは、俺に一通りの作業を教えて去っていった。
監督役があるらしい。
設備点検は、想像していたより単調だった。
端末に表示される数値は、すべて正常。
警告も、エラーも出ていない。
それでも――。
「……変だ」
俺は、立ち止まった。
魔導管の表面を流れる光が、ほんの一瞬だけ、揺らいだ気がした。
気のせいだと言われれば、それまでだ。
でも、胸の奥がざわつく。
端末を覗き込む。
[ システム状態 ]
> 座標ID:X - EAS - 17
> 適合率:70 安定
> 干渉値:24 基準内
数値は、嘘をつかない。
――本当に?
「……報告、するか」
迷った。
もし、何も起きなければ。
また”よく分からないことを言う奴”になる。
評価はない。
けれど、信頼はある。
ここで黙るのは、違う気がした。
俺は、簡易報告を入力した。
[ メッセージ ]
> 数値異常なし
> 体感的な違和感あり
> 要再確認希望
――送信。
数秒後、返答が来る。
[ メッセージ ]
> 了解
> 応援を向かわせる
胸を撫で下ろした、その瞬間だった。
『…バチッ。』
乾いた音。
足元の導管が、わずかに明滅する。
「……っ」
次の瞬間、床が震えた。
大きな爆発ではない。
だが、確実に“事故”と呼べる揺れ。
悠真は、とっさに制御レバーに手を伸ばした。
本来なら5人以上で回すレバーだ。
当然、ビクともしない…
…はずだったが!
それは悠真が握ると同時に
グルリと大きく回転し、魔力が遮断された。
続いて、科学系統の緊急停止した。
光が、止まる。
静寂が戻った。
「……間に合った?」
息が、荒い。
遅れて、足音が響いた。
「おい!」
ケンだ。
「無茶したな」
「……すみません」
「謝るな」
ケンは、設備を一瞥し、舌打ちした。
「これ、放ってたら昼には噴いてたぞ」
「数値は……」
「正常だったろ」
ケンは、俺を見る。
「でも、壊れかけのもんほど、静かなんだ」
応援の作業員たちが到着し、現場を押さえる。
その中の一人が、小声で言った。
「誰が気付いたんだ?」
「……測定不能の子らしい」
「一人でやったのか?!」
空気が、少しだけ変わる。
視線が集まる。
でも、俺は下を向かなかった。
評価は、ない。
スコアも、ない。
それでも。
「……選んで、よかった」
自分にだけ、聞こえる声で呟く。
ケンが、肩を叩いた。
「初仕事にしちゃ、上出来だ」
その言葉が、
数字より、ずっと重かった。
番号も、スコアもない場所で。
それでも、人は生きている。




