No.002:測定不能は、ここにいろ
評価装置に測定不能と判定された俺は、
係員に促されるまま
関係者の部屋らしき場所に移動させられた。
そこには、会場で俺に測定不能を言い渡した責任者の男が一人いた。
「……君は、ここで待機だ」
責任者の男は、俺の目を見ずにそう言った。
測定会場の奥。
一般の待合とは明らかに違う、簡素な部屋だった。
椅子が二つ。
机が一つ。
壁には、魔導回路のような模様が薄く走っている。
「質問は?」
男は事務的に言う。
聞きたいことは、山ほどあった。
――測定不能って何なのか。
――これから俺はどうなるのか。
――普通じゃ、だめなのか。
でも、どれも言葉にならなかった。
「……ありません」
そう答えると、男は一瞬だけこちらを見た。
表情の読めない視線。
「指示があるまで、外に出ないように」
それだけ言い残し、ドアが閉まる。
静寂。
時計もない部屋で、時間の感覚が薄れていく。
――なんだよ…、隔離って…
胸の奥が、じわじわと冷えていく。
低適合者ですらない。
評価も、否定もされない。
ただ、分類できない存在。
それが、どれほど扱いづらいか。
想像はできた。
椅子に座り、深く息を吐く。
そのときだった。
壁の魔導回路が、かすかに――歪んだ。
ほんの一瞬。
見間違いかと思うほどの違和感。
だが、確信があった。
――今の、変だ。
胸の奥で、あの感覚が疼く。
昔から何度も感じてきた、説明できない「おかしさ」。
評価装置の前でも、確かに感じていたもの。
俺は、壁に近づく。
手を伸ばそうとして――止めた。
触れていいのか、分からなかったからだ。
「……また、か」
小さく呟く。
誰にも理解されない違和感。
言葉にできない感覚。
それでも、今回は無視できなかった。
なぜなら――
この部屋そのものが、俺を測っている気がしたからだ。
どれくらい時間が経ったのか…
ドアの解錠音が、静寂を破った。
入ってきたのは二人。
どちらも測定会場で見かけた顔だった。
制服姿の四十代くらいの男が、一歩前に出る。
「管理局・評価部門・管理官、鷹宮だ」
続いて、白衣の女性が軽く会釈する。二十代後半くらいだろうか。
「同じく評価部門・研究員の、久瀬です」
二人とも、感情を表に出さない。
だが、冷たさとも違う。
――裁く人間じゃない。
――管理する人間だ。
直感的に、そう思った。
鷹宮が、端末を操作する。
「本題に入る。
お前の測定結果は、すでに理解している通り――測定不能だ」
久瀬が淡々と補足する。
「低適合でも、高適合でもありません。
魔法反応と科学反応が、同時に成立し、同時に崩壊しているの。」
空中に投影されたデータは、途中で歪み、数値にならない。
「そんな……」
久瀬は首を横に振った。
「故障ではないわ、
装置側を三度検証した結果なの。」
鷹宮が、言葉を継ぐ。
「つまりこれは、お前の問題でもあり、装置の限界でもある」
責める口調ではない。
だが、救う言葉でもなかった。
「規定上、測定不能者に前例はない。
よって、通常の居住区・職業配属は行えない」
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「……じゃあ、俺はどこに行くんですか」
少しの沈黙。
久瀬が、はっきりと言った。
「X地区」
聞いたことがなかった。
思わず、聞き返す。
「……X地区?」
鷹宮が、わずかに視線を逸らす。
「正式名称は存在しない。
管理局内部での、便宜上の呼称だ」
久瀬が続ける。
「地図には載っていないの。
一般市民には、存在自体が公開されていない地区…」
背中に、冷たいものが走った。
「そこは……どんな場所なんですか」
二人は、すぐには答えなかった。
鷹宮が、慎重に言葉を選ぶ。
「社会の評価制度から外れた人間を収容する区域だ」
「低適合者とは違うの
排除ではなく、保留…という扱いなの。」
久瀬の声は、事実を述べるだけだった。
「治安、生活水準、自由度
だけど、すべてが一定ではないわ」
「要するに…」
鷹宮が結論を告げる。
「X地区は、
評価できないものを、とりあえず置いておく場所だ」
その言葉が、胸に刺さる。
置いておく。
人間を。
「暫定処遇として、お前はX地区に移送される。
就労義務はないが、就労権もない。」
「代わりに、定期的な観測と報告を受けてもらう事になるわ」
久瀬が言う。
監視。
それは、はっきりとそうだった。
「拒否は……」
言いかけて、分かっていた。
鷹宮は首を横に振る。
「拒否権はない。
だが、覚えておいてほしい」
彼は、初めてこちらを正面から見た。
「我々はお前を罰しているわけでも、救おうとしているわけでもない」
久瀬も、静かに言う。
「管理するだけ…
あなたが、何者なのかをね」
その言葉に、妙な引っかかりを覚えた。
評価しない。
決めつけない。
「……分かりました」
そう答えた自分に、少し驚いた。
怖い。
不安だ。
でも――
「数値で決められない場所、ですよね」
久瀬が、わずかに目を見開いた。
鷹宮は、ほんの一瞬だけ、口元を緩めたように見えた。
「移送は明日だ。今日はここで休め」
二人は部屋を出ていく。
残された静寂の中で、俺は深く息を吐いた。
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:
:
移送車の窓は、外が見えない仕様になっていた。
どれだけ走っても、景色は分からない。
そのせいか、昨日よりも周りがよく見える気がする。
「通常なら、お前の年齢でここに来ることはない」
正面の座席に座る管理官・鷹宮が言った。
淡々としているが、目だけはよく人を見ている。
無表情なせいもあってか、冷徹な視線に思える。
昨日は気が付かなかったが、左瞼に傷がある。
――傷がミスマッチだけど、エリート。そんな感じだ。
隣に座る女性が、端末から視線を上げる。
研究員・久瀬。
こちらは記録と処理を担当するタイプらしい。
長い髪をキッチリ後ろで束ねていて、
如何にも真面目です。って顔だ。
――バリキャリ。
「成人測定の大半は、ランクBからCに収まるの」
「A以上は優秀。D以下は制限対象」
「F-は……隔離候補となるわ。」
久瀬の声に、感情はなかった。
「でも、あなたは違う」
「測定不能…なの…」
その言葉が、胸に沈む。
「X地区は、スコアと同義の居住区分類から外れた場所なの」
「つまり……?」
鷹宮が続けた。
「どのランクにも当てはまらない人間を、一時的に収容する地区」
「F以下とは違う。矯正でも排除でもない」
「ただし」
久瀬が、端末を閉じる。
「保障は最低限」
「職業は未定」
「移動制限あり」
移送車が、減速し止まった。
「降りてください」
車を降りた瞬間、足元の地面に走る魔導回路が、かすかに光った。
――歪んでいる。
俺が一歩踏み出した、その瞬間。
『ブッ――』
鈍い音とともに、近くの端末が一斉に沈黙した。
「……?」
鷹宮が振り返る。
「今のは?」
「分からないわ。魔導回路に異常は――」
彼女の言葉を遮るように、
X地区の入り口に放置された古い魔導端末が、低く唸り始めた。
画面が点灯する。
そこに光の文字が浮かび上がった
[スコア未登録]
俺を中心に、空気がざわついた。
鷹宮の視線が、初めて俺個人を捉える。
「……前例なし…か…」
外は、想像していたより静かだった。
高層ビルも、スラムもない。
低い建物が並び、
古い魔導装置と新型の科学端末が、無秩序に混在している。
「ここが……X地区」
思わず、口に出た。
「正式名称はない」
鷹宮が言う
「内部では、そう呼ばれているだけよ」
久瀬が続ける。
「住人は?」
「元D帯以下が多いわ。ただし……」
久瀬が、一瞬だけ言葉を切った。
「スコアを拒否した者」
「測定に違和感を覚えた者」
「そして……あなたのような例外」
胸の奥が、ざわつく。
「ここでは、適合率は意味を持たない」
「でも…」
――自由とも言えない。
鷹宮が、こちらを見る。
「お前は、ここで選ぶことになる」
「評価される人生に戻るか」
「評価されない場所で、生きるか」
「ご家族への連絡は、こちらで処理するわ。」
その言葉で、現実が確定した。
逃げ場はない。
でも。
不思議と、胸が少しだけ軽かった。
数値で切り捨てられない。
分類されない。
「……分かりました」
声は、思ったより落ち着いていた。
X地区の中へ、一歩踏み出す。
ここが、
評価されない人生の始まりになる。




