No.011:自分の価値は自分で決める
X地区は、さらに静かになった。
人が減ったからではない。
声が、減った。
指示を待つ声。
確認を求める声。
責任を預けようとする声。
それらが、消えた。
残ったのは、
必要最低限のやり取りだけだった。
「これ、直せるか?」
「今は無理。明日ならいける」
「了解」
それ以上でも、以下でもない。
誰も、全体を仕切らない。
だが、混乱もしなかった。
不思議な均衡。
ある日、倉庫区画で小さな集まりがあった。
理由は単純だ。
「今後、どうするか」
管理区域に移らなかった者たち。
数は少ない。
だが、全員が“残る理由”を持っていた。
「このまま、何も決めないでいいのか?」
誰かが言う。
「代表くらい、いたほうがいいだろ」
自然な流れだった。
視線が、悠真に集まる。
彼は、その視線を受け止めてから、首を振った。
「俺は、やらない」
即答だった。
一瞬、空気が止まる。
「なんでだ?」
責める口調ではない。
純粋な疑問。
悠真は、少し考えてから言った。
「代表がいると、
判断が“正解”になる」
わずかなざわめき。
「正解がある場所になると、
間違える自由がなくなる」
誰かが、苦笑する。
「それ、自由って言えるのか?」
悠真は、うなずいた。
「言えない」
だから、と続ける。
「ここは、
正解を出す場所じゃない」
沈黙。
彼は、続けた。
「俺は、
皆の代わりに決めない」
「皆も、
俺に決めさせないでほしい」
それは、突き放す言葉だった。
だが、拒絶ではない。
責任の所在を、
きれいに切り分けただけだ。
ケンが、壁にもたれながら言った。
「つまりさ」
「困ったとき、
悠真を盾にするなってことだろ」
悠真は、否定しなかった。
「助けはする」
「でも、
引っ張る役はやらない」
それは、
不親切にも見える。
だが、
この場所には合っていた。
しばらくして、
一人の女の子が口を開いた。
「……それでいいと思う」
紅玉色の目をした異邦人だ。名前は、アンといった。
彼女は、異邦人と、この国との混血、所謂ハーフという人種で
他国とのゴタゴタで祖国に帰れず、
この国における評価制度を受けなかった側の一人だ。
「今までは、
誰かの判断に乗ってただけ」
「それが楽だったの」
小さく、息を吐く。
「でも、
それで失うものがあるって、
知ったから」
同意が、少しずつ増える。
大きな賛同ではない。
小さな、うなずき。
最終的に、
決まったことは少ない。
代表は置かない。
命令系統は作らない。
困ったら、集まる。
話して、決める。
それだけ。
制度でも、
ルールでもない。
ただの合意。
夜。
悠真は、屋上区画にいた。
風が、弱く吹いている。
ケンが、隣に立った。
「……楽になったか?」
悠真は、少し考えて答える。
「楽には、なってない」
「だろうな」
「でも」
悠真は、遠くの灯りを見ながら言う。
「ここにいる理由を、
誰にも説明しなくてよくなった」
それは、大きな違いだった。
価値を、
評価で測らない。
役割で縛らない。
必要とされたから、いる。
残りたいから、いる。
それだけで、十分だと
思えるようになった。
世界は、変わらない。
管理局は、
まだ答えを出していない。
だが。
悠真の中では、
一つ、はっきりした。
自分の価値は、
外から与えられるものじゃない。
守る場所を、
自分で選び続けること。
それ自体が、
価値になる。
X地区は、
相変わらず不安定だ。
評価も、保証もない。
それでも。
ここにいる人間たちは、
自分の足で立っていた。
悠真は、
その一人であることを、
初めて静かに肯定した。




