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No.010:評価を拒否する選択

 変化は、静かに始まった。


 


 X地区に、新しい提案が届いた。


 


 ――「暫定評価制度の導入について」


 


 制度、と呼ぶには柔らかい。


 


 協力は任意。

 拒否しても罰則はない。


 


 ただし。


 


 評価を受けた区域は、

 資材供給の優先度が上がる。


 


 医療支援。

 インフラ補修。

 非常時の対応速度。


 


 すべてが、

 「管理下相当」に近づく。


 


 条件は、明確だった。


 


 判断基準の共有。

 行動ログの提出。

 意思決定の可視化。


 


 ――評価可能であること。


 


 それだけ。


 


 集会所に、また人が集まった。


 


 今度は、管理局はいない。


 


 住人同士の話し合い。


 


「受けたほうがいいだろ」


 


 誰かが言う。


 


「この前みたいなこと、

 また起きたら困る」


 


 反論もある。


 


「でも、それって、

 今までのやり方を全部変えるってことだろ」


 


「安全になるなら、変えてもいいんじゃないか?」


 


 言葉は、穏やかだった。


 


 怒りもない。

 敵意もない。


 


 ただ、疲労があった。


 


 “いつ問題になるかわからない”

 という状態に。


 


 話題は、自然と悠真に向いた。


 


「悠真は、どう思う?」


 


 視線が集まる。


 


 彼は、すぐには答えなかった。


 


 端末に映る提案書を、

 もう一度、確認する。


 


 内容は、合理的だ。


 


 評価を受ければ、

 X地区は「普通」に戻れる。


 


 安全で、

 予測可能で、

 管理される側に。


 


 それは、逃げ道でもあった。


 


「……受ければ、楽になる」


 


 悠真は、そう言った。


 


 それは、本音だった。


 


 誰も、否定しない。


 


「問題は、その先だ」


 


 彼は、続ける。


 


「評価を受けるってことは、

 判断を“正しい形”に揃えるってことだ」


 


 誰かが、眉をひそめる。


 


「それの、何が悪い?」


 


 正しい問いだった。


 


 悠真は、少し間を置いた。


 


「X地区は、

 正しくない判断を、許されてきた」


 


 止めたほうがいい時に、止めない。

 やらなくていいことを、やる。


 


 理由を説明できない決断。


 


 数値にできない感覚。


 


 それらが、

 たまたま、機能してきただけだ。


 


「評価を受けた瞬間、

 それは“間違い”になる」


 


 沈黙。


 


「次に同じ状況が来たら、

 俺は、止められない」


 


 それが、何を意味するか。


 


 全員が、理解した。


 


 安全は、手に入る。


 


 だが。


 


 自由は、

 条件付きになる。


 


 ケンが、腕を組んだまま言った。


 


「……正しいけどさ」


 


 珍しく、歯切れが悪い。


 


「みんなが、それを選べるほど、

 強くない」


 


 それも、事実だった。


 


 悠真は、うなずいた。


 


「だから、強制はしない」


 


 驚きが走る。


 


「受けたい人は、受ければいい」


 


「え?」


 


「X地区として、

 まとめて受ける必要はない」


 


 空気が、変わった。


 


 分断の匂い。


 


「評価を受けたい人は、

 管理区域に移る」


 


「残りたい人は、残る」


 


 それだけ。


 


 誰も、追い出さない。

 誰も、引き留めない。


 


 責任も、背負わせない。


 


 その提案は、

 あまりにも静かだった。


 


 だからこそ、

 重かった。


 


 最終的に。


 


 半数近くが、

 評価制度への参加を選んだ。


 


 彼らは、悪くない。


 


 正しい。


 


 荷物をまとめ、

 管理区域へ移っていく。


 


 見送りの言葉も、少ない。


 


 恨みは、ない。


 


 ただ、距離ができた。


 


 夜。


 


 X地区は、少し静かになった。


 


 空いた建物。

 消えた灯り。


 


 悠真は、一人で歩いていた。


 


 端末に、新しい通知。


 


 [評価制度:参加辞退]


 


 送信完了。


 


 特別な演出はない。


 


 警告も、説得もない。


 


 ただ、履歴に残るだけ。


 


 ――評価されないことを、選択した。


 


 それは、

 反抗ではない。


 


 逃避でもない。


 


 ただ。


 


 「戻れる道」を、

 自分で閉じただけだった。


 


 X地区は、

 さらに小さくなった。


 


 だが。


 


 残った空気は、

 少しだけ、澄んでいた。


 


 自由は、

 守られない。


 


 だからこそ。


 


 守るかどうかを、

 選ぶ必要がある。


 


 悠真は、その選択を、

 誰にも押しつけず、

 自分だけで引き受けた。

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