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No.001:成人の日

 ――測定不能。

 その一言で、俺は社会から消された。

 

 

 

 目を覚ました瞬間から、胸の奥がざわついていた。


 理由は分かっている。

 今日が、十八歳の成人の日だからだ。

 

 天井に埋め込まれた魔導照明が、起床を感知して淡く光る。

 その光を見ただけで、喉の奥が詰まった。

 

 ――測定の日。


 魔法と科学を融合した評価装置。

 あれへの適合率で、人の価値が決まる世界。


 住める区域。

 就ける仕事。

 将来。


 すべてが、今日で決まる。


 布団から起き上がり、手のひらを見つめた。

 特別な才能があるわけじゃない。

 むしろ、人より劣っている自覚なら、いくらでもある。


 小さいころから、ずっとそうだった。


 みんなが「当たり前」と受け入れることに、ひとりだけ引っかかる。

 何かおかしい、と感じる。


 けれど、それを言葉にできない。


 口を開く前に、誰かが結論を出す。

 「気のせいだ」

 「考えすぎだ」

 「装置は完璧だ」


 そう言われるたび、黙るしかなかった。


 自分が間違っているのかもしれない。

 そう思うほうが、ずっと楽だったから。


 洗面台の鏡に映る自分は、どこにでもいる普通の十八歳の男だ。

 期待も、自信も、誇れるものもない。


 ――せめて、普通でいたい。


 それだけを願って、制服に袖を通す。

 胸元の入場証が、小さく光った。


 外に出ると、同い年の若者たちが家族と並んで歩いている。

 笑顔の者。

 緊張した面持ちの者。


 皆、どこか誇らしげだった。


 自分だけが、場違いな気がした。


 胸の奥に、重たい感情が沈んでいく。

 悔しい。

 哀しい。

 そして――誰にも理解されないという確信。


 もし今日、

 自分が感じてきた違和感が、

 「間違い」だと証明されたら。


 そのとき、自分は何を信じればいいのだろう。


 評価装置が並ぶ施設が、視界に入る。


 逃げ場はない。


 ――大丈夫だ。

 ――きっと、普通の結果になる。


 そう自分に言い聞かせながら、

 俺は測定会場のゲートをくぐった。


 施設の中は、静かすぎるほど静かだった。


 白い床。

 白い壁。

 そして、中央に鎮座する巨大な装置。


 魔法陣と機械構造が複雑に絡み合い、淡い光を放っている。

 これが――魔法と科学を融合した評価装置。


 列に並ぶ若者たちは、誰もが無言だった。

 名前を呼ばれ、前に進み、装置に触れ、数値を告げられる。


 「適合率、六十八。居住区B、技術職候補」


 安堵の息。


 「適合率、八十五。居住区A、研究職確定」


 小さなどよめき。


 数字が告げられるたび、

 人の未来が、あっさりと振り分けられていく。


 俺の番が近づくにつれ、胸の鼓動が早くなった。


 ――大丈夫だ。

 ――普通でいい。


 それだけでいい。


 「次。前へ」


 係員に促され、装置の前に立つ。

 視線が集まるのを感じた。


 冷たい金属の台座に、手を置く。


 装置が反応し、魔導回路が淡く輝いた。

 空気が、張り詰める。


 数秒。

 十秒。


 ……おかしい。


 他の人なら、すぐに数値が表示されるはずだった。


 装置の光が、不規則に揺れる。

 低い音が、微かに響いた。


 胸の奥で、嫌な予感が膨らむ。


 ――やっぱり。

 ――何かが、おかしい。


 係員が端末を操作し、眉をひそめた。


 「……もう一度」


 再測定。


 装置が再起動される。

 周囲が、ざわつき始めた。


 また、光が走る。

 だが――結果は出ない。


 沈黙が、施設を支配する。


 「そんなこと、あるのか……?」

 誰かの小さな声が聞こえた。


 係員が、上位担当者を呼ぶ。

 白衣の大人たちが集まり、装置と端末を確認する。


 俺は、ただ立ち尽くしていた。


 言葉にできない違和感。

 昔から感じてきた、あの感覚。


 今、それが――確信に変わっていく。


 しばらくして、責任者らしき男が一歩前に出た。


 無表情で、事務的な声。


 「被測定者。識別コード確認」


 名前を告げる。


 短い沈黙のあと、宣告が下された。


 「測定不能。」


 一瞬、意味が分からなかった。


 「装置への適合を確認できず。

 本件は、低適合者にも該当しない。」


 ざわめきが、一気に広がる。


 「……どういうことだ?」

 「装置が認識できない……?」

 「そんな判定、聞いたことがない」

 「前例がない」


 誰かが、はっきりと口にした。


 「管理対象外だ」


 責任者らしき男は続けた。


 「規定により、居住区および職業の即時割り当ては行われない。

 追って、指示を待つように。」


 俺の人生を決めるはずだった言葉は、

 どれも、俺をどこにも導いてはくれなかった。


 評価されない。

 否定もされない。

 ただ――分類されない。


 視線が、痛い。


 同情。

 困惑。

 そして、わずかな恐怖。


 そのどれもが、俺を理解してはいなかった。


 胸の奥が、きりきりと痛んだ。


 悔しい。

 哀しい。

 それでも――


 なぜか、息ができた。


 評価装置から手を離し、俺は一歩下がる。


 その瞬間、はっきりと思った。


 ――ここには、俺の居場所はない。


 そして同時に、


 評価されないということは、

 この世界にとって“危険”だということだ。


 俺のスコアは、最後まで空白のままだった。


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