エピローグという名の幕間
以上が、私に降り注いだファンタジーな出来事の、おおよその始まりであろうか。
それまでは、ごく普通の生活であった。異世界からやって来た人たちだと、実感できるような人たちは居たものの、概ね、その生活はごく一般の日本人そのものだった。
それが明確に切り替わり、私もそんな、異世界からやって来たものだと実感できるような出来事が、これまで述べてきたものである。
つまり、ここからが本当の始まりである。と言っても過言ではない。
とは言え、私を取り巻くすべての物事が解決した訳ではないが、かと言って、それらを私が解決する、という展開は、おそらくやってこない。ここまで読んでいただいた方々には知ってもらえたと思うが、私には戦う力はないし、権限もない。権力、というか、立場的なものは得られようとしているが、それにより得られるものは、そう多くはないだろう。
誰かが突き止めた真実を、私はただ、聞いている。そんな描写が、たまに挿入されるくらいが落ちである。
ならば今後、どのような話が繰り広げられるのか。それはもう、すでに提示されている。
そう、ファンタジー学園の日常、である。
自分の立場が明確となったために、きっと、私はもっと深く、ファンタジーな出来事に足を踏み込んでいくこととなる。おそらく無意識に避けていたようなことに、自分から飛び込んでいくのだろう。はたまた、巻き込まれやすくなった、とも言えるだろうか。
この場を借りて、少し例題を挙げておこう。あれは騒動から三日ほど経った朝、私はラキを散歩に連れ出していた。体力づくりの一環として、習慣にしようと企んでいたのだ。
いつもの散歩コースを辿り、公園へとやって来た。前回は見向きもしなかった公園なのだが、今回はピタッと入り口で立ち止まり、しきりにこちらを伺いながら、公園の中へと視線を行ったり来たり。
「遊びたいの?」
元気な声を聞いて、私は公演に足を踏み入れた。ラキはブルブルと体を震わせ、しきりにリードを噛んでいる。外してほしいのだろうか、と考えるのだが、外してもいいのだろうか、とも躊躇する。
その時、公園を区切るフェンスに、ある注意書きが書かれた看板があることに気が付いた。
〈犬のリードを外さないでください。ケルベロスと化します〉
そんな馬鹿な。いや、でも、本当に?
自分の中に、クエスチョンマークの量産工場が出来たように錯覚してしまった。それくらい、意味不明な看板であることは間違いない。
いや、確かにこの公園で、ケルベロスを見かけたことはある。あるけれど、それがもともとは普通の犬だった? そんなことをある? あり得るの? どんな魔法?
外してみたい欲望に駆られたが、まだその時ではない。こういう時に忘れてはならないのは、小さな文字で注釈がされているのではないか、ということだ。
テレビのコマーシャルなんかではよくあるだろう。化粧品などで、よく見かけることがあると思う。
※これはメークアップ効果によるものです。
※個人の感想です。
その様な文言が、この看板にもあるかもしれない。目を凝らしてよく確認してみると、隅の方に何かが書かれているのが見えた。
「ラキ、ちょっと落ち着いて」
頭を撫でて落ち着かせると、リードを引いて看板の方へ向かう。何が書かれているのだろう。
〈嘘を付いているやつがいる〉
え、そういうゲーム? 人ケルベロス?
よく分からないけれど、この公園には嘘を付いているやつがいるらしい。その嘘とは、この看板のことなのだろうか。それとも、ここに現れる人物? もしくは、他の看板や掲示物、遊具などに隠されているのだろうか。
ここは、もう少し詳しいだろう人に連絡を取ってみよう。
「ナル、いま大丈夫? 電話に出るまで時間がかかったみたいだけど。あ、洗濯物。出してなかったっけ。ありがとー。……いや、あれはちゃんと片付ける。うん、多分、今日、かな? えっと、余裕ができたら、多分」
どうやら洗濯物を出すのを忘れていたらしく、私の部屋まで取りに行ってくれていたらしい。そこで乱雑に置かれた本を目撃したのだろう。
あれは、整理をしようとしていたのだ。普段は作者順に並んでいる本なのだけど、たまには、本屋のように出版社の順で並べてみるのも面白いかもしれない、と思い、本棚から全て引き出して、並べ替えている途中でご飯の時間だったり、風呂に入ったり、そうしている間になんだか、ね?
そういうよくある話なのである。
「それはともかく。公園にある看板なんだけど……。そう、ケルベロスのやつ。あと、嘘を付いているやつがいるとかなんとか……」
ナルファスは返答に困っているようだった。どうやら、ケルベロスの看板は知っているが、嘘の云々は知らないらしい。
一先ず、ケルベロスに付いて話を聞いた。
『あの看板なのですが、特定の日、特定の時間に犬のリードを外すと、ケルベロスになってしまうのだそうです。近所でもよく話題になっていたんですよ。それで、その様な注意喚起を設置したそうなのです。それと、ケルベロスから元の状態に戻すのに、方法がいくつかあるそうです』
曰く、ジャングルジムに登る。ブランコに座らせる。シーソーで遊ぶ。砂場で穴を掘る。バスケットボールをする。等など。
『なので、その中の解除法に、もしかしたら嘘が混じっているのかもしれません』
との話であった。
元に戻るのなら、試してみたい気もする。けれど、今日がその日であるかは分からないし、その時間かどうかも分からない。けれど、私が前に見たのは、この時刻ではなかった筈だ。私の散歩は、基本的に昼を過ぎてからなのだから。
ならば、と。私はラキの首輪から、リードを外した。
結果――。
「え……、ケルベロスになったんだけど」
日時が嘘という落ち。こんな日常が、今後も続く。




