多肉×異世界ファンタジー
多肉植物ハオルチアを育てていたら、ふと「これが人間だったらどんな性格だろう?」と思い、
妄想が膨らんで書き始めました。
異世界に召喚された主人公は、なぜか猫の姿に…?
個性豊かなキャラと、ちょっと笑えて、ちょっと癒される不思議なファンタジーです。
ゆっくり更新予定ですが、のんびり見守っていただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします!
プロローグ
「君は、植物に“心”があると思うかい?」
緑の中で誰かが囁く。
光を透かす葉の窓。尖った棘。滴る雫。
小さな鉢の中で生きる彼らは──
本当に、ただの植物だったのだろうか。
世界が歪んだあの時、
私は見てしまった。
彼らが、“語り”、そして──“戦っていた”ことを。
東向きの窓から朝日が差し込む。
「ハオルチア」
ツルボラン科ハオルチア属に分類され、ロゼッタ状に葉が広がり、透明感があって柔らかい軟葉系と呼ばれる多肉植物。
葉の先端部分には、透明または半透明な窓と呼ばれる部分がある。
この窓は光を効率的に取り込み、葉の内部で光合成を行なうための機構である。
窓辺に置かれたハオルチア達の窓は
朝日を窓いっぱいに取り込み、宝石箱の様にキラキラと輝いている。
その中の一鉢を持ち上げ、朝日に翳し窓から反射する光を楽しむ。
(今日も元気そうだね!良かった)
苗の健康状態を確認し満足すると、
手にしていた鉢を元の場所にゆっくりと戻す。
狭い場所に何鉢を密集させて置いてあるから、ぶつけて鉢を落下させたり、
葉を傷つけたら大変だ。繊細な葉に少しでも傷をつければ、それだけで心が痛む。だからこそ、まるで赤子をあやすように、私は慎重に指先を動かす。
無事に元の場所に戻し、ふぅ…と息を吐いたその時。
朝露のような光の粒が、視界いっぱいに舞い散る。まるで夢の雫が、時の狭間から降り注いでいるようだった。
なんだ…コレは。
今までにない感覚に、眩暈がする。
光が優しく身体を包み込む。
グラグラと身体が揺れてるみたいで、
目がまわる。
立っていられない…駄目だ…鉢を巻き込まないよう…に…。
まるで他人事のように、倒れ伏した自分を自覚しながら、私は意識を手放した。
伝説の五葉
『白帝城』
「白帝城様!ご報告致します!」
私室のドアがノックされ、兵士の声が響き渡る。
「構わぬ、入れ。何事だ」
白帝城はトリコームを散りばめたマントを翻し
部屋の窓際に置かれたチェアに腰を下ろす。
「ドロドローナが現れました!」
兵士は苦々しく言葉を荒げた。
「数株が既に溶けて…まだ何株か瀕死でありますが息があります!」
白帝城は息を飲み、立ち上がる。弾みでチェアが大きな音を立て倒れた。
「急いで、天使の元に運べ!間に合うかも知れない!」
「はっ!」
白帝城の指示に兵士が答え、立ち去ろうと振り返ると、白いロゼッタ状のドレスの裾を片手でつまみ、美しい顔を曇らせた少女がドアの影から姿を見せた。
「私がまいります。案内を…」
白帝城が天使と呼んだ少女。
「こちらです!」
兵士が走って行く後を、天使がドレスの裾をつまみ追う。チラリと白帝城に目を向けると、
不安そうな顔をした彼と目があった。
天使は、白帝城に小さく頷きうっすらと微笑みを浮かべ応える。
「大丈夫、助ける…必ず…」
消え入りそうな小さな声。
だが、その声には確たる揺らぎなき自信、信念を感じさせる強い言葉だった。
「すまない…頼む」
何も出来ず、後手ごてになり犠牲者ばかり増やす。握りしめた手の中には口惜しさばかりが残る。
(どうするれば…犠牲者を減らせる?私は何をすれば良いんだ)
白銀の髪を苛立ちながらかき上げ、澄んだ深い翠の瞳を伏せて、白帝城はチェアに沈み込んだ。
開け放たれた窓辺のカーテンがフワリと風に揺れる。
「何?まーた落ち込んでるんだぁ〜。」
青年が窓枠を乗り越え、姿を見せた。
不作法にも王子たる白帝城の部屋に窓から侵入するとは、豪胆である。
「九尾か…」
白帝城は顔も上げず、かの者の名を呼ぶ。
「はいはいー、超絶美系の九尾くんですよw
で、ドロドローナが現れたって?
犠牲者が出たから、麗しの王子様は落ち込んでるんだ?」
九尾はズカズカと部屋に入り込んで、白帝城の向かいに設置された長椅子にドカッと座り込む。
「天使ちゃんが向かったんだろ?
回復術を受けてるなら、大丈夫でしょ〜
助かる奴は助かるさ。」
九尾の言葉を聞いて、白帝城は深く溜息を吐く。
「助からない株が出たら…天使が傷つく」
「相変わらずの過保護っぷりでw
天使ちゃんはお前らが考えるほど、弱くない
とオレは思うけどねぇ〜?
心根の強さで言えば、雫か天使ちゃんか…
じゃないの〜?」
九尾は長椅子に横たわり、ふさふさのトリコームに纏われた尻尾のように見える9枚の葉をユラユラと揺らす。
「雫か…雫は何をしてる?」
白帝城はやっと顔を上げ、九尾を正面から見つめた。
(まだ顔色が良くないな…全く優しいのも考えものだな。いちいち末端の苗達がヤラレる度に落ち込んでたら身が持たないぞ…ま、白帝城らしいっちゃ、らしいが。)
九尾は腹の中での思考などお首にも出さず
切れ長の目を細くてニヤリと笑ってみせる。
「雫はいつもと変わらず〜。
ドロドローナの動きを記録してるよ。
何か分かれば連絡くるさ。」
「そうか…皆には苦労をかけるな…。」
九尾はスッと音もなく立ち上がると、白帝城の顔を両手で挟み込み無理やり顔を上げさせ、深い翠の瞳を覗き込んだ。
白帝城はびっくりしながらも、されるがまま
翠の瞳に珍しくも真剣な顔をした九尾を映す。
「何でも1人で抱え込むのは、止めろ。
1人で戦ってる訳じゃない。
1人で守ってる訳でもない。
皆で戦ってるんだから…誰の責でも無いだろ?
確かにお前は王子だけど、既に滅んだ王家の末裔…旗印として担ぎあげられただけだろ?
オレ達は五葉として此処に居る事を忘れるな。
それに、お前1人で抱え込むと、悲しむ苗も、怒り狂う苗も居る。それを忘れてもらっては困るんだよ。」
諭すような九尾の言葉。
こんな真面目な九尾は初めてかも知れない…
どんな時も明るく、茶化してばかりだったのに。
頬を挟み込んでる九尾の手をとり、顔から離す
「天使が悲しみ、魔剣が怒るか…そうだな。」
魔剣の怒った顔を思い浮かべ、苦く微笑む。
その顔を見て、九尾もいつもの調子に戻ったようだ。
「そうそう、女の子を泣かすなんて非道な事はアイドル白帝城がやっちゃダメだし〜?
オレは独りで十分だ。とか言う困ったちゃんは
暗黒腹黒魔剣だけでお腹いっぱいだろ〜?」
九尾は大袈裟に肩を落としてみせる。
その様子に、白帝城は不覚にもクスリと笑ってしまう。
「魔剣はまた単独行動してるのか…困ったものだな。せめて、連絡係としてでも兵士を連れてもらいたいのだか…。
あと、私はアイドルではない。」
「え〜っ!はぁ?何言ってんの!
麗しの白銀の君って、白帝城ファンクラブまであるの知らないのっ?立派なアイドルでしょ!
皆の推しとして、腐ってる姿とか見せちゃ
ダメなんだぞ〜w」
目の前に人差し指をビシっと刺され、チッチッチと左右に振る。
ファンクラブ?何だ…それは。そんな話は聞いてないが…。
戸惑う白帝城に九尾はニヤリと笑う。
「白帝城はカッコ良く、凛々しくなっ!
世の苗達の推しで有れ!ってね。全く、見目麗しいってのは…羨ましいねぇ〜w」
「…止めろ、何か、いたたまれない。」
恥ずかしいとばかりに片手で顔を覆い隠す。
そんな白帝城を九尾は尻尾の葉でポンポンと叩く。
「んじゃ、ちょいと困ったちゃんの様子でもみてくるわ〜。王子は天使ちゃんの護衛を宜しく!
治療中に奴等が攻めてきたら目も当てられないからなっ。」
九尾の言葉にハッと我に返った。
そうだ、天使が狙われたら…我々は救う手立てを失ってしまう。
治療術を使えるのは天使の光だけだ。
ぐっと心を引き締める。決して失ってはいけない光…守るんだ。天使を。皆を。
その為に私は此処に有るのだから。
「直ぐ向かう。九尾は魔剣を頼む。」
翠の瞳に強さが戻った。
その様子を見て、九尾は満面の笑みを浮かべ
王子・白帝城に恭しく一礼すると、来た時と同じ風の様に窓から姿を消した。
窓から入る風を感じて、ふっ…と息を吐く。
九尾には励まされたな…これは借りにしておく。
私は私の出来る事を。
城の名の下、必ず皆を守ってみせる。
白帝城はトリコームのマントを翻し、決意と共に大股で歩き出し、部屋を後にした。
➖私は映画を観ているのだろうか?
それは突然の出来事だった。
見たこともない世界。
朝の爽やかな風がカーテンをふわりと揺らし、
窓辺のハオルチアの葉が、まるで宝石のように
光を跳ね返す。
私はただ、それを眺めていた…はずだった…。
目の前に広がる映像を現実味を感じられぬまま、ぼんやりと眺める。
アレは…ハオルチア達?
何で白帝城が…天使が…九尾が…え?
頭が混乱してる。何が何やら…
あれは…姿は変わってるけど、私の大事な苗達だ。間違いない。それだけは分かる。
戦う…何と?平和な植物のはずなのに。
五葉って話してた。五葉って一体何?
頭の中は疑問付ばかりで、全く意味不明。
何で私は声も出せず、動けずにこんな場面を見てるんだろう…夢なのだろうか…
私は目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をする。
とりあえず、落ち着こう。
そして、暗転…➖
『魔剣』
ガキンッ!
剣で相手の攻撃を弾き飛ばす。
短剣ほどの長さがある、鋭い鉤爪。
ドロドーナが生み出した影。
攻撃力はさほど高くはないが、
腐食をともない、まともに喰らえば葉の一枚くらいは溶けるかも知れない…。
ひりつく戦場。
灼けるような戦慄。
「お前ら雑魚には用はない!
ドロドローナは何処だっ!」
絶えぬ鉤爪の腐食攻撃を交わし、影を切り裂く。
影は魔剣の一撃でチリになって消え失せていく。が、数が多い。
魔剣は吠える。
「喰らえっ!黒嵐穿」
魔剣は手に持つ黒き鋸刃を解き放った。
刃は灼けるような嵐を呼び、荒れ狂い、辺りに蠢いていた影が一掃された。
周りに味方が居たら巻き込んでしまう、危険な範囲攻撃。
独りだからこそ遠慮なく使える、魔剣の必殺技だ。
「…クソッ!」
またドロドローナの手掛かりを得る事ができなかった。
何とか手掛かりを…と戦うが、一撃でも喰らって仕舞えば、この身はジリジリと腐ってゆく。
雑魚の攻撃ですら、このザマだ…。
不甲斐ない。
ドロドローナの攻撃を交わし、一撃も喰らわず、その喉元にこの手にある鋸歯の刃は届くのだろうか?
オレは…彼女を護りぬく事が出来るのだろうか。
魔剣の心に弱気という闇が侵食し、覆いかぶさっていく。
過去に負った心の傷が、シクシクと痛み出した。
「クソがッ!」
魔剣は脆弱な心を吐き捨てるように悪態をつきながら、愛剣である黒い鋸歯を鞘に収めた。
息を整えて辺りを伺う。
ドロドーナの影には独特の臭いがある。周辺には影が放つ腐臭は感じられなかった。
またドロドーナに逃げられた…。それともオレは見逃されたのか…。
クソッ!弱気になって如何する!
魔剣は黒髪を荒く掻きむしった。
オレは剣だ!
敵を斬り裂き、刺し貫く刃だ!
今度こそ、必ず護り抜く。そしてこの戦いを終わらせる。
絶対に、だ。
白き城、皆が待つ居城に戻るために踏み出そうとしたが、ふと足を止めて魔剣は振り返る。
何者かの気配を感じたのだ。
息を殺して、刀に手を掛けて気配を探る。
誰だ…気配に捉え所がない。
敵か?味方なのか?
僅かに揺らぐ気配を追うが、まるで何も無かったかのように…霧散して消えてしまった。
気のせいか?
ドロドローナを討てなかった焦りと、自身の心根の弱さで、集中力が散漫になってたのか。
まだまだ…だな、オレは。
魔剣は目を閉じ、ゆっくりと大きく深呼吸する。
戻るか…
歩み出そうと目を開けた瞬間
「やぁっ!」
目の前に九尾の顔が迫っていた。
「ッ!!!」
声にならない声。
咄嗟に手にした刀には、九尾の手が抜けぬように抑え込み重なっている。
「お、お前…っ!」
こんなに近くまで来てたのに、全く気配を感じなかった。いや、感じてはいたが捉えられなかったのか?
魔剣は顔を赤くして、怒り沸騰直前。
九尾はその様子を見て
「アッハッハ〜w
びっくりしたっ!したよねぇ〜?大成功〜w」
切れ長のブラウンの瞳をキラキラさせて、九尾は破顔して楽しそうに笑う。
魔剣は緊張が抜けて、一気に脱力感に襲われた。ガックリと肩を落とす。
「…何か用か?」
本当にコイツだけはよく分からない。何を考えているのか…
オレをおちょくるのがそんなに楽しい
のだろうか?
魔剣は横目でジロリと九尾を睨む。
「ん〜ん?スッゴイ楽しいよぉ。
何かぁ、肩にめちゃくちゃチカラ入って、ガチガチになってる魔剣がびっくりして飛び上がってるサマは…ウケるでしょ!
あー、面白かった。雫にも見せたかったなぁ〜。爆笑間違いなし!」
九尾の言葉に、魔剣はギョッとする。
今…オレは声に出してたか?
いや、そんな事より…雫に見せたかっただと?
「…頼む、止めろ」
「何でさー?面白かったんだから、雫に見せて、一緒に笑いたいじゃないか〜」
満面の笑みを浮かべて、
魔剣の肩をバシバシと叩く。
「だから、記憶に残ってしまうだろうがっ!」
雫の窓には、雫が見たあらゆる記憶が保存され、記録として永遠に残る。
窓は限りなく透明で光を貯め、反射する。
そう、有れ。と作られた特殊な多肉だ。
そして、それは可能な限りの予想を立てる手段として活用出来る。可能性という未来視。唯一無二の能力だと話に聞いたが、オレはまだその能力を使った雫を見たことはない…。
「何?魔剣は雫の笑顔が見たくないの〜?」
九尾は小首を傾げ、意地悪そうに尋ねてくる。
魔剣は返答に困り、ポリポリと頭を指先でかいた。
見た物を全て記憶してしまう。
その能力は計り知れない負担を雫に課してしまった。
雫の感情は能力に制御され、抑揚がない。
悲しみも、喜びも、楽しみも…全てを薄っすらとしか感じられない…と白帝城から話を聞いた事がある。
九尾の言葉は、魔剣にチクリと突き刺さる。
そうだ…作られた特殊な苗。その苦しみは、哀しさは、嘆きは、誰にも届く事はないだろう。
固有名すら雫にはない。
五葉として表舞台に上がるまでは、
研究所の奥深く、人工ライトで生かされていた…小さな苗だった。
それは…痛ましい記憶。枯れ死にゆくその時まで、己で抱えて逝かねばならぬ、運命だろう。
「笑顔か…。」
魔剣がポツリと呟くと、九尾がピクリと9枚の尻尾のようなふわふわの葉を振るわせた。
(魔剣の顔に憐憫が浮かんだ。
他者を思いやれる優しさがあるクセに、変に意固地で堅苦しい。真面目で不器用なんだよなぁ)
九尾はトリコームに覆われた尻尾のような葉で、魔剣の腰あたりをポンポンと叩き、促すように揃って歩き出した。
「今度2人で漫才でもする?
オレボケるから、突っ込みヨロシクw」
九尾が魔剣の肩に手を回し、抱き寄せた。
「ふざけるな…何でオレがそんな事をしなければならない。」
肩に回された手を、嫌な物でも触るように指先でつまんで外す。
「そういう事は白帝とやれ。意表をつく、と言う意味でならお前なら十分面白く出来るだろ。」
「うぇぇ?白帝城とかぁ…なら、ボケ担当は白帝城かな!」
あーでもない、こーでもないと九尾が雫を笑わせる為のネタを考える。
なんだ…こいつは…こんな時に何を考えてるんだ?
魔剣は隣に居る九尾を横目で観察する。
ふと視線が合うと、九尾は不遜にニカっと笑った。
そして、魔剣は気がついてしまった。
こんな時だから…か。
先が見えぬ戦いの最中だから、雫が笑う程の記憶、記録が必要になる事を。
もし、本当に出来るのであれば、可能性の未来視…笑顔に溢れた未来の予測も有り得るのではないか?
もしそうだったら、それは皆にとって一筋の希望の光になるかも知れない…。
本当、読めないヤツ。
魔剣はフンっと鼻を鳴らす。
いつの間にか、チカラが入って重く強張った身体が軽く感じられる。
九尾に当てられ、リラックスしてたのか?
魔剣が再度ジロリと九尾を睨む。
睨まれた九尾は、どこ吹く風とばかりに 知らぬ顔でニヤリと笑って見せた。
➖やっぱり、これは夢を見てるんだ…。
深呼吸をして、ゆっくりと目を開けたら場面転換していた。
まだ夜も明けきってはいない…薄墨のような色彩、しっとりまとわりつくようような湿度。木の香り。
雨上がりなのだろうか?
私の感覚はしっかり働いているようで、ふわふわと浮かびながらも
五感が、ここは木に囲まれた森か
林の中だと訴える。
私は死んで幽霊にでもなったのかな?
幽霊も夢を見るのかな?
アレは…黒くてツンツンしてるあの人、さっき見た九尾に魔剣と呼ばれていた。確かに、あの人は魔剣だ。
刀を携えて、ゆっくりと九尾と歩いている。
黒いモヤのような人型の何かと戦っていた。魔剣が刀を振るうたびに、人型のモヤは斬り裂かれ、チリになって消えてた。
めっちゃ強い?
魔剣は戦士なのかな…。あの黒いモヤは何だったんだろ…。
幽霊になったのか、夢を見てるのか分からないけど、何だか面白くなってきた。私の大事な宝物…ハオルチア達が人として此処に居る。
もしかして、さっきみたいに目を閉じたら場面転換するのかも…。
次は誰だろう。
ちょっとワクワク。
九尾と魔剣が連れ立って歩く後ろ姿を見送りながら、私はゆっくり目を閉じた。➖
『天使』
「あら、アンジーじゃない。顔色がとても悪いわ…大丈夫かしら?」
ふらふらしながら渡り廊下を歩いていると、背後から女性に声をかけられる。
私をコードネーム「天使」ではなく、
個体名の「アンジェリカ=オルビス」通称のアンジーと呼ぶのは、この城ではただ1人だけ。
最終防衛である白き城を収める君主。
「レイラ・トランシエンス」その人である。
女帝として民からの信頼も厚く、人柄良く、気さくで優しい女王陛下。
ダークグリーンのレースをあしらった
ドレスは、品が良く仕上がっていて
レイラに良く似合っている。
天使はドレスの裾を両手でつまみあげ
うやうやしく頭を下げる。
「レイラ様、ご機嫌麗しく…」
「挨拶など無用よ、アンジー。」
ドレスの裾を持ち上げてた天使の両手に手を添えて、レイラはにっこりと微笑んだ。
「折角の綺麗な白のドレスに泥がついてしまっているわ…また犠牲者が出てしまったのね…」
レイラは天使の両手を胸元あたりで握りしめて、悲しそうに呟いた。
「申し訳ありません…」
何株かはギリギリで間に合った…助けることが出来た。重症で予断は禁物だけれど。
でも…祈りが届かずに、この世を去ってしまった株もいた。
私は、何て無力なんだろう…
失った命は決して戻らない。
お願い…助かって。生きて…貴方を救いたい。
必死に願い、祈ったとしても…手のひらから溢れ落ちる砂のように…儚く散ってしまう。
「泣かないで…アンジー。
貴女が悪い訳ではないわ。貴女はとても良くやっている。五葉として、皆を導き守っている…私達は本当に感謝しているのよ?」
天使の銀色に微かに緑がかった大きな瞳に、薄っすらと涙が浮かぶ。
「あぁ…どうしましょう…泣かせてしまったわ…。アンジーに泣かれると、私とても困るの」
レイラは今にも大粒の涙を溢しそうな天使を優しく抱きしめながら、豊かな絹のような白銀の長い髪を優しく、愛おしそうに何度も何度も撫でる。
「ねぇ…アンジー」
「そりゃ〜困りますよねぇ!
天使を泣かせたなんて知られた日には…黒いのとか銀色のが怒り狂って、陛下の自室に殴りこむでしょうからねぇーw」
いつの間にかレイラの隣りに、九尾がニヤニヤ笑いながら並んで立っている。
レイラ様が何かを話そうとしたのを
ぶった斬って乱入して来た。
「九尾…。私、違うの…レイラ様のせいではなくて…」
天使はオロオロしながらレイラからの抱擁から逃れようとするが、当のレイラは離す気がないようで、天使の細い腰に回された手にチカラを込める。
「全く貴方ときたら…もう少しデリカシーと言うものを覚えなさい。
レディの会話を盗み聞きなんて、良くないわよ。」
「陛下の御心のままに…以後注意いたします。」
九尾がニヤニヤ笑いを消さぬまま、胸に手を当て頭を下げる。
「まぁ、陛下の頼みとあっては断われませんから…残念ですが、黒いのと銀色には黙っておきますねっ!」
「……そうして頂戴。」
2人の会話の終了と同時に、やっと抱擁から解放された。…
「では、私は自室に戻りますわね。
ご機嫌よう。」
レイラは、ダンスを踊るように軽やかにクルリと背を向け、渡り廊下の先、厳重に警戒されている一画にある自室へと歩きだした。
「ところで、白帝城は?天使ちゃんの警護してたんだろ?」
「あ、はい…宰相様からお呼び出しがありまして…向かいました。」
先程まで、城門側にある兵士達の詰所に天使と白帝城は居た。城門外でドロドーナに襲われ傷ついた兵士達が運び込まれたからだ。
天使だけが使う事が出来る、
『癒しの窓、ルミナス・グレイス』
それは清らかな光を放ち、あらゆる傷を癒す事が出来る。神の身技を用いて兵士達を癒していた。
「なるほど〜。オレも魔剣と連れ立って城に戻ったんだけどさ、魔剣だけ宰相に呼び出されて。置いてけぼりくらったんだぁ〜酷いよねぇ?」
感情豊かな九尾のふわふわな尻尾の葉はが、今はしょんぼりと枝垂れている。
「んで、黒いのに天使を頼むって
お願いされて来たわけ〜。そしたら肝心の天使ちゃんは、陛下に甘えてるしさぁ〜。」
「そんな…甘えてなんか…」
「んじゃ、慰めてもらってた?」
天使は言葉に詰まり俯く。
優しく抱きしめられて、慰めてもらっていたのだろうか…そういえば抱きしめられた時に、レイラ様からふわりと柔らかくて優しい香りがした。
それを、心地良いと感じた。
「オレが話しの途中で乱入しちゃったからさ、会話が中断したけど。レイラ様が天使ちゃんに何を伝えたかったか…知りたくない?」
「え…わかる…の?」
いつも人を茶化して、ニヤニヤ笑う九尾。でも今はとても優しい目をして
消え入りそうな天使を見つめている。
「手から溢れ落ちた数より、その手に残った数を大切にするのよ?
それは、どんなに苦しい時でも輝く貴女にとって掛け替えのない宝物になるだろうから…。」
九尾が優しげな目をしながら、レイラの喋り方を真似する。
「どう?似てるだろっ!」
先程まで枝垂れ尻尾もふわんふわんと揺らして、自慢げに胸をはる。
そんな九尾を見て、天使はクスリと笑った。
「そろそろ夜が明けるなぁ〜。
雫がいる東温斜窓の塔に行こう。
天使ちゃんも疲れただろ?ちょっと日光浴でもしながら休もぜぇ。」
東の塔は、朝日が効率的に入るよう工夫が施されており、1階は皆の憩いの場として開放され、ゆったりと日光浴が楽しめるように、カウチが窓際に並んで設置されている。
そして、最上階には雫が篭っている。
先を歩く九尾の後を追いながら、天使はレイラのモノマネで話した言葉を思い出していた。
溢れ落ちた命の数より、手に残った、残すことが出来た命の数…救うことが出来た数…。
うん…確かにそれは、私の大切な宝物。
ねぇ、クレスト…宝物なんだよ?
決して、失なう事がないように
…大切にします。
天使は、胸元に手を合わせ目を閉じて祈りを捧げた。
➖やっぱり、思った通りに場面転換した。
今度はお城の中。
中世ヨーロッパ辺りにあるような、古城みたいな造りで、でも全然古臭くない。とても綺麗だ。
廊下には落ち着いた色の絨毯がひいてあって、足音とか聞こえないように配慮されている。
数メール間隔で灯りが付いていて、
薄暗さが微塵も感じられない。
あの灯り…蝋燭でもないし、電気…じゃないよね。
何だろ?
昔の映画で見た、街灯の灯りのようだね。
柔らかな、温かみを感じる灯り。
グリーンのドレスの女性…女王様って話してたから、彼女のための配慮かな?凛とした美しさなのに、ふわっとした優しい笑顔。人を惹きつける美しさって彼女みたいな感じなんだろな。
それに、女王様の名前!
トランシエンス!うちのハオルチアの古参株だよ…
確かに私も女王様扱いをしてました。
あと、天使ちゃん!…可愛いなぁ。
白に限りなく近い銀色で、絹糸みたいなサラサラで長い髪。
白い肌に、光の加減で明るい緑が見える大きな銀の瞳。人形みたいな可憐さが滲み出てる。
それにしても…そうか、助からなかった人も居たのか…。胸がチクンと痛む。だって、助からなかった人もハオルチアだったら…もしかすると
うちに居る子達かも知れない。
悲しいな…それ。
天使ちゃん、泣きそうだったけど…
涙は溢れてなかった。耐えたんだね。
頑張って、偉いな…。
九尾と天使ちゃんは塔に向かうと話してたな…雫が居るって。
雫…最後の五葉ってやつ。
五葉って本当に何なのだろう…戦って、導いて守ってる?レンジャーみたいな感じかな…。
雫。うちの雫なのかな…。
私も塔に行きたい!行けるかな。
お願い、九尾と天使ちゃんのあとを追って、私も塔に連れて行って。
ゆっくり深呼吸。
そして…目を閉じた。➖
『雫』
城内の東に位置する憩いの場、東窓斜塔。その名が示す通り、東側は全面が窓となっていて、国内最高技術で作られた特殊強化ガラスが使用されている。
朝日が効率的に塔内部まで差し込むように、少し西側に傾いて設計されているが、内部からは傾いているなど微塵も感じられない。
塔は、地上から約30メートル以上の高さがあり、10階建位かと思わせるが、実は2階建方式の建築物である。
その理由は内部に入ると一目瞭然で、
一階が高さ25メートルの吹き抜けワンフロアだからだ。
中央には、まるでこの場所が聖域であると知らしめるように、見上げるほどの大きなクスノキが植えられていた。
爽やかな葉の香りに包まれたフロア。
クスノキの葉の香りは、防虫効果やリラックス効果、集中力向上に役に立つとされている。
このフロアは季節を問わず色とりどりの花が咲いて、まさにオアシスか楽園といった感じだ。
クスノキを横目に見ながら、九尾と天使は奥へと進む。
このまま進めば、塔と隣接するメディカルルームへと続く。既に、天使が救った兵士達が運び込まれているだろう。
手前に2階に登るための葉力エレベータがある。
葉力とは、大小あるものの、この世界の住人なら必ず持つ能力である。
このエレベータは乗り込んだ人の葉力を、エネルギーに変換し動く、所謂魔道具の一種であった。
葉力エレベータに九尾と天使が乗り込むと静かに扉が閉まる。
エレベータは即座に2人の葉力を認識、確認、上層部へ上がるためのエネルギーを算出。2人から同等の葉力を吸収、変換し、上層へと僅かな振動をともない動き出す。この間5秒にも満たない。
葉力数値が低い者は使用するのは危険とされており、エレベータを使える者は限られている。
30メートルを一気に上り、2階に到着すると、扉が静かに開いた。
2階フロアは何部屋かに分割されていた。ほぼ雫専用になっている研究室が2部屋、実験室、資料室、機密図書室、メイドが使用する準備室、雫の自室、全部で8部屋だ。
九尾と天使の2人は迷う事なく、雫の自室へと向かう。
雫の部屋の扉は城内にあるどの扉とも違い、曼荼羅のような図柄で植物をモチーフにした細かい装飾が施されていた。
天使が控えめに扉に設置された金属性のドアノックを2回叩いた。
カンカンと甲高い音が響いたが、部屋の中からの反応は伺えない。
再度チャレンジしてみたが、やはり反応なし。
天使は戸惑いながら、背後で見守っているように立つ、九尾に助けを求めるように振り返って見つめた。
九尾は肩をすくめると、いきなり扉を開けて室内に侵入した。
マナー違反だ…と思いながらも、天使はあとを追って中に入る。
「…雫さん?」
カウチソファーに沈み込んでいる雫に天使が声をかける。
「ん…。」
雫は気怠げに起き上がると、サイドテーブルな置いてあるグラスを手にとり、一気に飲み干した。
九尾は眉をしかめる。
「雫…今、何を飲んだ?」
「ん?…ボクが作った特製栄養ドリンク剤」
「雫ちゃん…栄養剤、飲みすぎ…良くないわ…」
天使が心配そうに隣りに腰掛け、
雫の額に手をあてた。
九尾も眉をしかめたまま、雫の膝前辺りにしゃがみ込む。あどけない幼なさが残る少女の顔は、血の気がなく青ざめている。
「顔色、めっちゃ悪いじゃないか…大丈夫か?寝てた方がいいんじゃないか?」
「…少し、熱があるようです…。」
「ん…怠いだけだよ。
そろそろ白帝城と魔剣が宰相さんと一緒に来るから…。」
雫は天使の肩に寄りかかる。座っているのも辛いのか…ぼんやりと空を見つめた。
「何で2人が宰相と一緒に?」
九尾は窓際にあった椅子をカウチの前に置き、ドカッと座る。
「ん…話したい事があるから、ボクが2人に連れて来てってお願いしたの。」
天使はショートカットの淡い水色の髪を優しく撫でた。
窓から差し込む朝日に照らされて、
キラキラと光を反射する。
雫は3人が来るまで話しをするつもりはないらしく、口を閉ざし青ざめた顔をしてぼんやりと空を見る。
程なくして、ドアノックを叩く音がして白帝城と魔剣が室内に入ってくる。雫は動けないだろうと、九尾が対応した。
「宰相のアストロ様は、昨夜のドロドーナ襲撃についての緊急会議に出席するそうだ。申し訳ないが、日を改めて欲しいと言伝を頼まれた。」
白帝城が室内に入るや否やそう述べ、宰相の代わりに雫に頭を下げた。
「ん…わかった。じゃあ、先に…4人にボクの話を聞いてもらっても良い?」
上目遣いで4人の様子を窺う。
白帝城は、ちょっとびっくりしてるみたい。ボクから話しを振るなんてなかったから…驚いたみたいだ。
天使は、微笑んでる。嬉しいのかな?
何が嬉しいのか…よく分からない。
魔剣は、そっぽを向きながら腕をくんだ。人の話を聞く時に、よくやる仕草だね。
九尾は、ボクをじっと見てる。観察してる?何でだろう…。
「ボクさ、知ってるよ。この世界には五葉なんて無かった…存在したのは四葉だけだった。」
雫は伏し目がちに、そう話を始めた。何か言いたそうな白帝城を手で制する。
「今は、ボクの話を最後まで何も言わずに聞いて欲しい…。」
そう言うと、白帝城は少し不満そうな表情をしたが、雫の言葉に黙って頷く。
雫が、ぼんやり空を見つめながら話し始める。
「四葉に任命された時に、九尾と白帝城がボクを五人目に加えるように、ゴリ押しした…。加えなければ、命は受けないって、王族や教会関係者相手に脅迫するような真似までして、ボクを仲間にしたんだ。」
ハオルチア領土に昔からある伝承…。遥か昔、危機的災害に見舞われた時、東西南北に座する四神達は
滅亡に瀕したハオルチアを案じて、己の力の一部を宿した愛する株を使わした。
厄災を乗り越えた後、神に愛された株を四葉と呼びんだ。
四葉は見目麗しく、その神の力と共に株達を虜にしたと伝承には残されていた。
東西南北に神を奉る神殿が建てられ、後に教会として機能し始める。
また、四葉の美しさを人工的に創り出そうと、闇に潜り研究、実験を繰り返す研究者はいまだ後を経たない…。
伝承の最後には『再び厄災に見舞われたなら、四葉は顕現するであろう。』と言う言葉で締めくくられている。
「ボクには…白帝城のように、皆を守るチカラはない…」
白帝城の規格外の葉力。
この城に結界を張り巡らせ、その範囲は外壁まで広がっている。
「魔剣のように、敵を切り裂く勇気もない…。」
己の葉力を愛剣に込める事で、誰も成し得ない強力な範囲攻撃を可能とする、攻撃特化な葉力。
「九尾みたいに…知恵も、索敵能力もない。」
完全に己の気配を消せ、敵の動向を探り、撹乱する事ができる。トリッキーな行動を可能とする葉力。
「天使のように…傷を、心を癒して…多分それだけじゃない…ボクは、神の愛娘にもなれない。」
その葉力は、神の身技そのもの。
彼女の怒りは、神の怒りになるだろう。
「ボクは…皆のように表舞台に立てるような葉力じゃない。ライブラリーとして、ただ居るだけ。
こんなんで、四葉の五人目の仲間として居るなんて…変だよ…?」
そう呟く雫の淡青の瞳が潤んだように九尾には見えた。
(無理矢理だった…あの時は最善の策だったんだ。白帝城とも話し合って、そう決めた。でも…そのせいで、雫を苦しめてしまった…。)
白帝城に視線を向けると、同じように
顔を歪めながら、真っ直ぐに雫を見つめていた。
「…だからね、ずっと、ボクだけが出来る事を探したんだ。何か皆の助けになるような、何かを…。見つけて、ボクも皆の仲間だと、五葉なんだって、胸を張って此処に居たい…。」
話し疲れてきたのか、雫は眠そうに目を擦り、ぼんやりする。
「何も見つからなくても、五葉であろうと無かろうと、関係ない。雫はオレ達の仲間だろうが。それの何が悪い?」
耐えきれなくなったのか、怒ったように魔剣が口を挟む。
「雫が何者であったとしても、オレ達の大切な仲間に変わりない。誰が何を言っても関係ない。文句を言うような奴が居るなら、このオレが全員残らず切り裂いてやる。」
魔剣が雫に歩み寄り、光を集めてキラキラ輝く淡い水色の髪をワシャワシャと撫でた。
今まで沈んでいた雫の淡青の瞳に薄っすらと光が戻る。
「魔剣、斬ったら、ダメだよ…」
雫が悪戯っぽく言う。
「魔剣なら本当にやりかねないな。雫、誰かに何か言われたら、魔剣より先に私に話すんだぞ?犠牲者が出る前に、私が魔剣を結界で手出しが出来ぬように、閉じ込めてしまおう。」
白帝城が魔剣を見てニヤリと笑うと、魔剣は不機嫌そうに白帝城を睨んだ。
「その結界ごと、叩き斬ってやるよ。」
「私の結界が剣で斬れるわけないだろ。」
「ぬかせ。オレに斬れないものは、ない!」
九尾は、白帝城と魔剣の論争を呆れてながら聞いていたが…。
風の匂いが、変わった。兆しの風だ…何がが変化する兆し。雫か?と思い、視線を向けると。
「笑ってる…」
雫が、笑顔で、白帝城と魔剣のやり取りを見ていた。
最強の盾矛論争に終わりを告げたのは、感情が抑制されたはずの雫の笑顔。
雫は、九尾の言葉を聞くと、不思議そうに両手で自分の顔を触り、口角が上がっているのを確かめた。
「ボク、笑ってる…?」
「雫ちゃん…」
隣りに座してた天使が、思わず雫を抱きしめる。
「雫ちゃん…魔剣と白帝城、面白かった?」
天使の言葉に、雫はにっこりと微笑みを浮かべる。
「これが…笑うって事なんだ…
そっか、ボク、笑うことできたよ?
うん…魔剣と白帝城、面白かった!楽しかった…と思う?」
雫の言葉に、天使は涙ぐみながら
感極まってギュッと雫を抱きしめた。
「それとね、ボクは見つけたんだ!
今の現状を打破できるかも知れない手段を…。
宰相さんにその話しをしようって…考えて、呼んで欲しいって、頼んだの。
だからね、ボクは胸を張って、皆の仲間だって宣言出来るよ!」
雫の、笑顔が光の中でキラキラと輝いていた。
➖雫ちゃんの言葉、打破する手段を見つけたって話してた時。
何か、親に褒めてもらえる!って期待しながら話す子供みたいだったな…。
目を開けると、部屋の中だった。
淡い水色の髪の少女…雫ちゃんの話しは、聞いてるだけで苦しくなった。
まだ幼なさが残る少女なのに…。
大任を背負い、仲間の皆と違い成果が見えるものでも無いから、自信が無くなって…苦しかっただろうな。
あぁ、感情が抑制されてるって話しだけど、どんな気持ちなんだろうか。
抑制されてても、笑えたって、凄いことじゃないだろうか?
天使、涙ぐんで喜んでた…。
白帝城もうるっと来てたみたいだし、魔剣は優しい顔してたな。
九尾だけが、驚きが先行してたみたいで呆然としてた。
大切にされてるみたいで、何か嬉しくなるよ。
雫ちゃんは、自身のチカラで色々乗り越えてるんだろうな…小さいのに、なんて偉くて、強い子なんだろう。
そして…めっちゃ可愛いじゃないか!
あんな、儚げな少女で一人称が『ボク』って…雫ちゃんがボクっ娘って!
(あぁー、やばい、私も天使みたいに抱きしめたい〜)
と思った時、ふと雫ちゃんと目が合った気がした。気のせいかな?そういえば…皆と話ししてる間も度々雫ちゃんと目が合ったような?
白帝城達4人とはそんな事、一度も感じなかったのに…。
何だか、背中がサワサワする…なんだろう…。落ち着かない感じだ。
私は、ゆっくり深呼吸して
目を閉じる➖
『追憶』
あの後、雫は電池が切れるように
天使の腕の中で眠ってしまった。
体調が悪かったからだろう…。
天使、魔剣、白帝城の3人は雫を気にしながらも戻って行った。俺だけが部屋に残って雫を見守る。
カウチソファーで眠ってしまったので、そっと抱き上げてベッドに寝かし、愛用の毛布をかけてやった。
ベッドサイドに丸椅子を寄せ、雫の寝顔を堪能する。
顔色がまだ悪い…見るからに疲弊してると分かる状態だ。
(こんなに無理してまで…何を見つけたんだか…)
そっと雫の淡い水色の髪を撫でる。
(初めて雫を見つけた時も、カウチで寝てたな…)
闇研究所と呼ばれる機関がある。
認可なしで、人工的に特殊葉力者や美しさに特化した苗を産み出そうと、改良を企てる機関。
ある意味では国に利がありそうな響きだが、そんな良いものではない。あの研究所内では、あくまで実験体であり、株や苗達に人権などない。
失敗すれば、良くて廃棄、悪ければ抹殺。生かすも殺すも研究員の気分次第。無事に生き残ったとしても、日の当たる生活とは無縁だろう。
裏社会か他国に売り飛ばされ、奴隷のように扱われるか、見世物にされるのがお約束だ。
俺は葉力を買われ、国直属の闇組織摘発部隊に従事していた。
ある研究所に先行して潜り込んで、研究員を扇動、撹乱して壊滅まで追い込んだ。
研究書類や機材、改良途中の苗の保護などを済ませて、見落としがないかの最終確認で地下へ続くの隠し通路の扉を発見した。
地下道を暫く進むと、ガラス張りの部屋に辿り着く。地下室には人工ライトが設置されていた。
広々とした室内。そのには、有りとあらゆる分野の辞典、学問書、文献、資料などの全く統一性がない書物の山脈があった。崩れて下敷きになったら圧死確実な量だ。
(図書室か…?にしては、本の管理が酷いな。)
書物の山脈の奥、人工ライトが1番良く当たる場所にカウチが置かれ、水色の髪の小さな少女が眠っていた…それが雫だ。
保護した少女には名前すら与えられていないと知った。
『雫』と言う名前は、養護施設で名付けられたもので、一際目立つ淡い水色の髪、淡青の澄んだ瞳が水滴の様だと…。なかなか良いセンスをしてると感心したものだ。
何故か雫と言う名前の少女が気になり、時間が空くと養護施設へと足を運ぶ。施設の職員から「あまり感情を表に出さない」と聞かされたからかも知れない。
俺が壊滅に追い込んだ研究所の研究結果が解析され、事態が動いた。
雫には驚くべき能力が隠されていたのか分かったからだ。
『全てを記憶し、記録に残す』
あのガラス張りの部屋、書物の山脈…研究員が雫に与え、覚えさせていたのだろう。
生まれてから一度も外に出る事もなく、決まった研究員以外と接触せず、ガラス張りの部屋の中で、ひたすらに本だけを読みあさる生活…。
そして、全てを記憶する能力。
それは、想像を絶する知識量になるだろう…。
(あの書物の量、並の図書館位はあるんじゃないか?あの小さい身体で全て…。それは、生身の身体で耐えられるものなのか?)
怒りと悲しみが混ざり、震えたのを
今でもはっきり思い出せる。
その事実は、雫をまた別の研究室送りになる可能性を限りなく高くしてしまった。
(能力を活かす方ならまだ良い。
下手すれば、どのようにしてその能力を顕現させてるとか、脳の状態を知りたいとか…解剖くらいやりそうだ…。さもなきゃ、闇研究所が攫いにくるか。特殊葉力者は金になる。)
研究所が動き出す前に、俺は正式に雫を引き取った。
従事してた仕事も辞めて、身を隠す事にしたのだ。
田舎に戻る事も考えたが、俺が引き取ったと書類が残っている以上、そこから足がつくだろう。
考えた結果。昔の顔見知りを頼る事にした。隠れ潜み、生活出来る場所は位は、何とか探してくれるだろう…と。
それが白帝城だった。
白帝城は、厄介者を背負い込んだ俺を嫌な顔もせずに迎えてくれた。
(厄災が蔓延るまでの数年を、
俺は雫と一緒に過ごしていた。)
知ってるのは白帝城だけ。
3人の秘密だ。
だから、雫を無理にでも五葉として入れる必要があった。
雫が心配だったから、そばに置きたい…というのも否定はしない。事実だ。
だが何より、雫の知識量は必要になる…そう考えただけだ。
どの位ぼんやりしてただろう。
(雫の寝顔を堪能し過ぎだな…。
しかし、相変わらず寝相が悪いな)
いつの間にか毛布を蹴飛ばされ、足元で丸まっている。毛布を引き寄せて、再度掛け直してやると、雫の瞼がピクリと動く。
「ん…にーちゃ?」
目をショボショボさせながら、寝惚け声で俺を呼ぶ。
「ここに居るから、大丈夫」
魔剣が聞いたら、ひっくり返ること請け合いの優しい声で雫に答える。
「ん…」
雫が小さな手を差し出してきたので、
その手を壊物を扱う様に、そっと握る。
キュッと雫が握り返し、満足そうに薄っすら微笑むと、また夢の中へ戻って行った。
雫は、2人きりになると、いまだに俺を『にーちゃ』と呼ぶ。たまに寝惚けても呼ぶらしいが…。
(魔剣に知られたら…爆笑とれるかな?)
それは、それで魅力的な話しだが。
いまは、まだ、秘密だ。
『準備』
東温斜塔。
2階にある2部屋ある研究室の一室。テーブルに人数分の椅子を用意して、簡易会議室に模様替えしてある。
参加メンバーは五葉に加えて、この国の宰相を加えた6名。
会議には参加しないが、雫専属メイドのマリンが甲斐甲斐しくお茶やお菓子を用意している。
「お忙しい中、ボクの話しを聞くために、集まってくれて、有難うございます。」
ちょっと舌足らずな口調で雫が話し始めた。
「ボクは、ボクに何が出来るのか…ずっと考えていました。でも、悩んでもやるべきことはひとつだと思い、ライブラリー中、奥へ奥へ潜りづつけて…ある文面を見つけた。
『世界を知るものは、
ひとつでは無いと知るものである』
コレは、ボクの記録ではありません。記憶した覚えがないから…。
誰かが、ボクに移植した記録だと考えています。誰が、何の為に、どうやって、いつ植えた記録なのか…気にはなるけど…今の重要なのは、それじゃないから。
世界はひとつでない…その可能性がある…重要なのは、それだと考えました。そこから、思考を広げて、やっと可能性の糸口を見つける事が出来ました。
多重世界。それが、ボクが導き出した答えです。
此処では無い世界なら、今の現状を打破出来る、何かが見つかる。…かも知れない。あくまで可能性の話しですが…。
それなら、次にボクが探すのは多重世界にアクセスする方法になります。
結果、かなりの葉力を必要としますが…アクセスも可能。それが、ボクが出した結論です。」
雫は、ここまで一気に話すと
疲れたように息を吐いた。
途方もない方向性の話しで、皆ついていけないようでポカンとしている。
「ちょっと…待って欲しい…何ですか、多重世界? 何ですか、それは…。」
宰相のアストロは、苦虫を潰したような顔をして、片手で頭を抱えている。
隣に座る魔剣は、腕組みをして目を閉じていた。眉根が少し寄ってるのは、
何かを我慢している風にも見える。
アストロの質問に、雫はキョトンとする。その顔は、「え、知らないの?」と物語っている。
知らないなら、仕方ない…説明しないと…と気持ちを切り替えた様子で
「ん…と。」
手元に近くに置いてあった分厚い装丁の書物数冊を、テーブルの上に一直線になるように並べて立てた。
「んと、こう並べて…と。えと、宰相さん、此方に来てください。」
雫は、手招きして宰相を自分の元に呼んだ。
呼ばれた宰相は何か言いたそうに口を開きかけたが、視線を感じて口を閉ざす。
向かいの席に座る九尾が、威殺しそうな目で睨んでいるのに気がついたからだ。
「では、宰相さん。此処で本を見てください。あ、ちょっと…しゃがんで…もう少しこっちで…ん、その位置で本を見て?」
雫が、隣りに来たアストロに細かく指示を出す。
「本は見た?」
「見ました。」
アストロは憮然と答える。言葉に、
それが、何だ!?とつけ加わりそうだ。
「何冊に見えます?」
「あー…1冊に見えてますよ。」
その位置は、本を真正面から並べた先頭にある1冊の表紙を見る。
「じゃあ、これは?」
今度はアストロをしゃがんだ位置から、立ち上がった位置から本を見ろと指示をする。
立ち上がってテーブルを見下ろせば、綺麗に数冊並んでいるのが分かる。
「5冊並んでますが?」
憮然としたまま答える。また言葉の後に「だから、それが何だ。」と言いたいのが手に取るように伝わる。
「そういう事なんです!」
雫が言う。
どうやら、宰相には何も伝わってないと気が付いていないらしい。
九尾が溜息を吐きたい気分で口を挟んだ。
「アストロ様。雫は多分、正面から見れば本は1冊だけど、角度を変えれば5冊並んでいるのが分かる…世界もそうだと話したいのだと思いますよ…。」
九尾は、アストロが苦手とまではいかないが、あまり得意ではない。
ちょっと空気が読めてない所があるというか、相手を全く深読みしないと言うか。良くも悪くも真っ直ぐというか…。
その辺の衛兵なら何も問題ないのだろうけど、政治に関わる重要株が、こんな性格で大丈夫かと思うのだ。
「…なるほど…視点を変えれば、見えるものが違う。雫殿が見つけたものは、そう言う事なのですか…」
アストロは自分の顎髭を何度も触りながら、雫が並べてた本を見つめる。
「雫殿が仰る多重世界というものの理論は理解致しました。ですが…自分達が住まう世界から、他世界にアクセスなど…本当に出来るのですか?」
アストロの疑問はもっともだと思われたが、雫は並べた書物を一冊づつ片付けてながら、コクリと頷く。
「も、アクセスした。」
「は?」
事もな気にあっさりと言う雫に、今度は九尾が口を出す。
「待て待て待て、そんな事を1人でやったのか?何かあったら…どうするんだ…。」
「ん…ごめんなさい…でも、皆は大変だし…可能性だけの話しじゃなくて、どうしても…確信してから報告したかったの」
九尾は雫の言葉を聞き、それ以上何も言えなくなる。雫の思いは痛い程良く分かる。
「雫殿、それでどうなりましたか?」
アストロが椅子を引き、腰掛けながら尋ねる。
「ん…アクセスは成功して、知識がありそうな人を召喚しようとしたけど…ボクの葉力が足りなくて、生命力を葉力に変換した。それでも、まだ不足…不完全な状態で維持してる感じ」
「…生命力を変換…?雫、なんて事を!」
白帝城が、声を荒げて立ち上がる。
「自分が何をしたのか、わかっているのか!下手したら、死んでたかも知れないんだぞ!」
白帝城の声に、雫はビクッと身体をすくませる。下を向き、小刻み震え出している。
天使が耐えきれないとばかりに、雫の側に寄り、震える小さな手を握り締める。
「白帝城、怒鳴るな。煩い。」
魔剣が腕を組み、目を閉じたままで
白帝城を諫めた。
「煩いとは、何だ!私は雫の身を案じて…」
「白帝城。」
魔剣が目を開けると、正面から白帝城を睨め付ける。視線がかち合った瞬間に、魔剣はスッと視線を外して雫に寄り添う天使の姿を見た。
白帝城は魔剣の視線を追い、青ざめて震える雫の姿と、身体を案じ声を掛ける天使を見た。
白帝城は、ふっーと息を吐き
「…すまない。」
と言葉を発すると着座した。
雫が、妙に疲れて体調が悪くなってるのは、それが原因である事は明白だ。九尾は、白帝城が先に怒り出したので、口を挟むタイミングを逃していた。九尾はコッソリと溜息を吐く。
「人を召喚、ですか…。それで、不完全な状態とはどのような状態なのですかな?」
アストロは白帝城や魔剣のやりとりなど、我関せずらしく淡々と雫に尋ねる。
「ん…こっちに来てもらう召喚術式を組んだの。でも、葉力不足で完全に召喚できなかった。
今は、魂というか…意識だけが此処に居る…まだ、術式は発動してるから不完全な状況。」
「此処にいるとは?」
アストロが辺りを見回す。
メイドのマリンは席に外しているから、この部屋に居るのは五葉とアストロの6人だけ…何処に隠れているのかと潜める場所を無意識に探してしまうが、それらしき場所は見当たらない。
「そのまま…。今、此処にいる。
皆見えてないだけ…。ボクは、召喚術式が身体に刻まれたから…見えるけど…。」
雫は天使の腰に抱きついて、隠れるように話す。その言葉を聞いて、魔剣以外は無意識に辺りを窺うように、視線を彷徨わせる。
「それで、完全に顕現させるのに宰相さんにお願いがあるの…。」
「この状況で私が助力できる事など無さそうですが…。五葉の頼みとあらば、尽力致しますよ。」
アストロは、ドレスの影に隠れる雫の側により、天使にしがみつく小さな手をとると、優しく両手で包み込む。
「ん…ありがとう。」
おずおずと雫が天使の影から出てくる。白帝城をチラリと見て、様子を確認している。
「あのね…意識を定着させる依代として、クスノキの枝が欲しいの…。術式そのもののボクが、生命力の高いクスノキを持って、葉力を流せば…
顕現する…はず。」
「そうですね…枝ならすぐに用意出来ると思いますが…しかし、雫殿の葉力は限界なのでは?」
「うん…だから、誰かにお願いしようと…思ってたけど…。」
消え入りそうな小声で言うと、雫は下を向いてしまった。
普段から我儘も言わず、静かで大人しい子だから、誰かに怒鳴られるような事は一度も無かった。
白帝城に怒られたのが余程応えたのだろう。
「分かった。では、私の葉力を貸すとしよう。」
白帝城が、そう言いながら席を立とうとするのを九尾が止める。
「いや、ダメだろ…それは。」
「何故だ?私が一番、葉力値が高いのだぞ。」
「それは知ってる。けどさ、結界を張り続けるという任があるだろ…。雫の葉力だって決して少なくない。にも関わらず、足りなくなる程に葉力を喰う術式なんだろ?万が一があったらどうする気だよ。」
「九尾殿の意見に同感ですな。」
アストロが後押しすると、白帝城は溜息をひとつ吐いて椅子に座り直した。
「魔剣も却下な。いつ襲撃があるかも知れない以上、温存してもらわないと。天使も同じ理由でダメ。」
白帝城はムッとして九尾を睨む。
「では、どうしろと?雫の頼みを、お前は聞かぬつもりなのかっ。」
「簡単な引き算だろ?
残るは俺だけなんだから、俺がやるさ〜。
皆と違い、仕事に葉力を使いまくる肉体派じゃないしなぁ〜?アストロ様もそれで良いでしょうか。」
アストロは、顎髭を撫でながら頷く。
「それでは急ぎ、枝を用意させましょう。暫し退室させて頂きます。」
アストロは、メイドのマリンが淹れてくれたお茶に手を伸ばすと、一気に飲み干した。冷めきってしまったが、良い味だ…温かいうちに飲めば良かったと、少し後悔した。
「では、アストロ様には私が同行しよう。長くなりそうだから、従者のマヤを連れて来たいのだが…雫、良いだろうか?」
雫の沈んだ表情が、パッと明るく和らいだ。
「うん。待ってるね…」
雫と、白帝城の従者であるマヤは歳が近い。昔は、九尾が留守の間はマヤが雫の相手をしていたから、気心が知れている。
「では、行ってまいります。」
アストロと白帝城は揃って退室すると、魔剣が「はぁぁぁ。」と溜息を吐いて、背伸びをした。
アストロが同席してる手前、品良く大人しく座っていたが、どうにも肩が凝る。
「雫、悪いけど、自室のカウチ借りて良いか?ちょっと横になりたい…。ダメならその辺で転がってるが。」
「魔剣なら、良いよ。天使も良かったら部屋で寛いでて…」
「雫ちゃん、有難う…。」
先に魔剣が部屋を出ていくと、天使が雫に微笑み、後に続いた。
研究室に残った九尾は、テーブルに頬杖をついて雫を見る。
「…にーちゃ、ごめんなさい…」
おずおずと九尾の側に寄ると、濃い青のワンピースのスカートを握り締めながら、雫は言った。
「…怒ってる?」
雫は、下を向いたまま、九尾の顔を見ようともしない。白帝城の様に怒鳴られたら…思うと、お腹の辺りがギュッと痛んで…顔が見れない。
「まぁ…な。怒ると言うより、雫が心配なだけ、かな。」
「ん…もう、しない。心配かけて、ごめんなさい。」
九尾は過ぎた事よりも、雫の目を見張るような変化が嬉しかった。
魔剣と白帝城の戯れあいを見て笑ってから、感情の起伏が手に取るように分かるようになった。
さっきもそうだ。
怒鳴られて、怖がった。白帝城に怯えた。今だって、不安で泣きそうになってる。昔を思えば、想像できないくらいの変化だ。
「もう、いいよ…。雫は無事だったしな。でも、ひとりで無茶はしないようにしてくれ。」
九尾は笑顔で雫の淡い水色の髪を
優しく撫でた。
(いつもと同じ優しいにーちゃだ…)
雫は、九尾に飛びつくように抱きついた。
『顕現』
数時間後。白帝城が従者のマヤを連れて来たので、総勢7人が先程の簡易会議室になってた研究室の隣りにある、第二研究室に揃っていた。
研究室の内部は、もともと設置してある家具類は運び出され、何もない空き部屋のようになっている。
部屋の中央には、白く淡く光る複雑な模様の魔法陣が描かれていた。
雫曰く、魔法陣はまだ起動していて、完全に召喚が完了するまで止まらないらしい。
この魔法陣と対になる術式が、発動者の雫に刻まれ、止まるまで葉力を少しづつ吸い取り続けてしまう…と言う話しだった。
それを聞いた白帝城が、また激昂しそうになったが、天使が何とか諌めてくれたので事なきを得た。
クスノキの枝を大事そうに抱えた雫が、魔法陣の中央に立つ。
九尾が腰を落とし、護るように両腕の中に雫を包み込んだ。
「…いくね。」
雫が、一言いうと同時に魔法陣が発光した。目を開けていられない程の光が室内を満たす。
白帝城達は片手で光から目を庇い、何とか状況を見定めようとするが、光の中の2人は全く見ない。
このままで、本当に大丈夫なのか…
不安を感じた瞬間に、光は弾けるように消え失せた。
床の魔法陣の光は消えて、術が完成した事を物語っている。
九尾が大きな溜息を吐くと、両腕の中にすっぽり収まっていた雫を解放した。その、顔は苦しげに歪んでいる。
「九尾…」
天使が、手を口にあてがいながら名を呼んだ。九尾の顔色は、青を通り越し、紙のように白い。
「…にーちゃ…」
雫が九尾の顔を見て思わず小声でもらすと、苦しげな表情が和らぐ。
「大丈夫、ちょい疲れただけで何も問題ないよ。」
不安そうな雫を安心させるように、
水色の髪をひと撫でしてニッと笑う。
2人の様子を見て、皆がホッと胸を撫で下ろしている中で魔剣だけが
「にーちゃ?」
と不思議そうに首を捻る。
「ゲホッ!」
九尾がむせたように咳こむ。
雫が慌てて、右手で九尾の背中をさする。左手には何かをしっかりと抱き抱えていた。
「…雫、それは?」
茶色くて、毛がモコモコしてる…犬?
それに気が付いた九尾が、雫の腕の中で丸くなってるそれを覗きこむ。
「何だ?」
魔剣も、話しがそれた事を気にもとめずに、雫の側まで寄って来た。
釣られるように、アストロも恐る恐る続く。
「ん…神獣…かな?」
雫が九尾にそれを差し出すと、反射的に受けとって抱いてしまう。
「柔らかっ!」
フニャっとした柔らかい身体。ほのかに温かく、長くしなやかな尻尾がゆらゆらと揺れる。
雫が神獣と呼んだそれが、のそっと顔を上げた。ピンっと立った大きな耳。アーモンド型のクリっとした目。瞳は翡翠色
「猫?」
魔剣が手を伸ばして、顎の下を指先でなぞるように撫でる。
「これは…また、何で、猫なんでしょうね…?」
アストロが、触りたそうに手を出すが、直ぐ引っ込める。
「ん…分からない。確かに人だったんだけど…何で猫になっちゃったんだろう?」
「厳密に言うと、猫ではみたいだなぁ。コイツ…背中に小さいけど羽があるぞ…。」
丸くなった背中に、小さな小鳥のような羽根がついている。
すると、猫もどきは九尾の話しを理解したように、首を捻り自分の背中を確認するように視線を向けた。
「あ、本当に羽根がある…。」
と、猫もどきが九尾の腕の中で呟いた。一瞬、誰の声か理解が出来ず、その声の主が腕の中に居る猫もどきだと理解した途端…
「うわっ!喋ったっ!?」
九尾は大声で叫ぶと、猫もどきを放り出した。放り出された猫もどきは、空中で翻り、背中の羽根をバタつかせる。
すると、羽ばたきひとつで背中の羽根が大きくなった。しなやかな身体を隠す程の大きさになると、猫もどきは部屋中を飛び回る。
「雫が召喚したのは…コレ…?」
白帝城があっけにとられている横で、
「可愛い…」
天使は笑顔で飛び回る猫もどきを見つめる。
「いやいや、可愛いのは良いのですが…役に立つのでしょうか?」
アストロが顎髭を撫でながら問うと
魔剣が「さぁ?猫だしな。」
と素っ気なく答えた。
➖さっきの雫達の話しを聞いて、
かなり混乱した。多重世界からの召喚で、私はこっちに来た…みたい。
え、そんな事が本当に起こるものなの?茫然自失とは、正にこの事…。
こっちに来てから、幽霊みたいになって、あちこち見てたけど…誰も私には気が付いてなかった。でも、雫には見えてたんだ。
だから、何度も目が合ってたんだな…と納得するしかなかった。
魔法陣の中央、雫と九尾の頭の上辺りに浮かんで見てたら…いきなり真っ白な光に包まれ、
もの凄いチカラで引っ張られる。そのまま、雫が抱えていた枝の中に吸い込まれていった。
枝の中は、木漏れ日のような…温かい優しい光に満たされている。
これは、あの大きなクスノキの記憶なのだろうか…。
すると、歌うような声が聞こえてきて…あぁ、何が言われたような気がするのに、思い出せない…。
とても大事な事だったような気がするのに。
ふと我に返れば…雫の腕の中で、身体の異変に気が付いた。
猫になってる?手が…肉球になってて。毛が、もふもふしてる。尻尾も自在に動く。しかも…何か、羽根あるし。
思わず声が出た。
あ…一応、喋れるんだね…と他人事の様に思ってたら、九尾にぶん投げられた。
あぶなっ!って思ったら、飛べてるし…。
…この状況、誰か説明してっ!
何が、どうして、私は羽根生やした猫になってるのっ!
パニックを起こして、兎に角、
私は飛び回る事に専念するしかなかった。
こうして。
私の、とんでも異世界生活は幕を開けたのだった…。➖
『束の間』
飛び回る事、数十分。流石に疲れたなぁ…と思ってたら、魔剣に捕獲されてしまった。
捕獲と言うと聞こえが悪い…魔剣は思いのほか丁重に扱ってくれた。おでこの辺りを指先で、カキカキしてくれる。なかなかの気持ちが良い。
宰相のアストロは、執務があるからと白帝城に送られて、残念そうに戻って言った。
「とりあえず、九尾を休ませた方がいいな。白帝城に送らせれば良かったな…。」
魔剣がそう言うと
「魔法陣への葉力供給は止まったけど…まだ、影響があるかもだし…2人揃ってた方が対処しやすいから。暫くは此処に居た方が賢明…。」
雫が、ぐったり肩を落としている九尾を心配そうに視線を向けてから、空っぽの室内に唯一残されているサイドテーブルの上のベルを鳴らした。
別室に待機していた、メイドのマリンを呼ぶ合図だ。
程なくマリンが現れる。
「雫様、お呼びでしょうか。」
髪の色が独特で、左右が白乳色と濃緑の二色で分かれている、あー…うちのハオルチアのマリンと同じ配色だ。
やっぱり…この世界は私が育ててるハオルチアが、人として生きてる世界なのかなぁ…。
「九尾をボクのベッドに寝かせる…。準備をお願い。」
「客人用ベッドを運び入れますか?」
「大丈夫、ボクはカウチで休むから…。」
「かしこまりました。」
マリンは頭を下げると、雫の自室へ準備をしに出ていく。
「雫はこっちを頼む。」
魔剣の膝の上で、すっかり寛ぎモードになってた私をヒョイっと持ち上げ雫に渡す。
雫に縦抱っこされた私は、爪をたてぬように気をつけながら、背中越しに九尾と介抱しといる天使を見る。
九尾の顔色は変わらず白い…かなり辛そうだ。
「葉力は戻るの?」
雫の耳もとで小声で話しかけた。
「猫が喋る…違和感が凄いな。」
耳ざとく魔剣が聞きつけ、茶化すようにいう。会話してる私の方が、余程違和感が凄いんだけど…。
「葉力は身体の中で作られているから…使わずに、大人しく休んでいれば、戻るよ。」
「九尾なら2〜3日寝てれば大丈夫だろ。一緒に雫も休むんだぞ。」
魔剣が雫の水色の髪をワシャワシャと撫でる。
「ん…」
雫は神妙に頷いた。
暫くするとマリンが戻ってきたので、
魔剣と天使で九尾に肩を貸し、支える。私は雫に抱っこされたまま、皆で雫の自室へと移動した。
「とりあえず、話しは白帝城が戻ってきてからだな…。」
…という事になった。
マリンがお茶を用意してくれたので、
天使はカウチに座り、カップを持ち上げ香りを楽しんでいる。
天使の膝枕で雫がウトウトし始めた。魔剣は、ベッドサイドにうず高く積まれたクッションの山を背にしてすわりこんで…雫の寝顔を見つめている。
九尾は、マリンが用意した『雫特製栄養剤』を苦い顔をして飲み干して横になっている。
眠ってはいないみたいだ。
『雫特製栄養剤』は消費した葉力を回復出来る、画期的な栄養剤らしい。しかも、考案、開発、製造まで
雫が1人で作ったと言うから…驚きだ。記録があったから、それを元に考案し直したらしいが…、
天才児なんじゃない?と思った。
要するに、TVアニメや漫画である、マジックポイントを回復するマナポーションみたいな感じ…なのかな?
味は、九尾曰く、とても飲めたものじゃない…らしい。
雫が、「今後の課題…」と呟いてた。
私は、九尾のベッドの上で香箱座りをして天使と雫を眺めている。
女神のような天使と、愛らしい少女…何か、ご馳走様です!って感じになっていた。
魔剣も、雫と天使を眺めているのに気がついた。のっそり起き上がり、魔剣の肩にバランスを取りながら乗る。耳元で、
「目の保養だねぇ?」と小声で話しかける。
「…そうだな…」
ぼんやりと魔剣が応えて…あれ?魔剣の視線は天使に釘付けになってない?
「もしかして…ずっと天使ばかり見てたりする?」
「ばっ‼️ な、何を言ってる!」
魔剣が、狼狽して大声を出した。
あー、なるほどぉ。わかりやすい人だなぁ。
「ほら、大声出すから。天使がこっち見てるよ?」
「お、お前がおかしな事を言うからだろっ!」
「…耳、真っ赤だよw」
「なっ!」
「どうかしましたか…?」
天使には私の声は聞こえてないみたい。魔剣が1人で騒いでるみたいに見えるらしい。
天使が、小首を傾げて
「魔剣と猫さん…すっかり仲良しですね。」
とにっこり微笑んだ。
「仲良く、ないっ!」
魔剣が急に立ち上がるので、バランスを崩して落ちた。空中で体制を直し、ベッドの上に着地する。
魔剣は何も言わず、ドカドカと部屋を出て行った。
「猫さんや、魔剣を揶揄うとブチ切れるから、気をつけるんだぞ?」
九尾がニヤニヤ笑いながら、私のお尻の辺りをつつく。
なっ…セクハラだっ!
尻尾で、九尾をパシパシ叩く。
「わっかりやすいから、つい揶揄いたくなるよなぁ〜?」
布団から九尾が起き上がり、9枚のトリコームの尻尾でボブっとやり返された。
ドアノックの音がして、白帝城が返事を待たずに入って来た。
「今、魔剣とすれ違ったのだが…何かあったのか?凄い形相だったが…」
「え…猫さんと仲良くしてたみたいですけど…。」
天使が白帝城の問いに、不思議そうに答える。
魔剣を揶揄ってました!とも言えない…何も知りませんよ…とばかりに、九尾の尻尾にまとわりつき戯れて遊んでみる。
「そうか…。ま、魔剣がいきなり不機嫌になるのはいつもの事だな。それより、九尾は起きて大丈夫なのか?顔色は…さっきより良さそうにみえるが。」
「雫の特製ドリンクを飲んだからな…味はアレだが、効果は抜群。」
九尾が白帝城に親指を立てて、ニヤっと笑う。
「なら、良かった。魔剣が戻ったら話を始めよう。」
白帝城がベッドに腰を下ろし、九尾の尻尾に埋もれた私を見下ろしながら、そう言った。
『輪』
魔剣がふらりと戻って来たので、質疑応答を開始する事になった。
雫はまだ眠そうで、可哀想な気持ちもするが…雫抜きでは進まないだろうから、仕方ない。
会議室へ移動かとも思ったが、九尾の体調を鑑みて、このまま雫の部屋で良いだろうとの事だった。
白帝城の従者である、マヤという少年は腰に短剣を携えて姿勢良く、入り口のドア前に立つ。
年齢的には雫と同じくらいだろうか…薄茶の髪と瞳が綺麗な少年だ。
雫の専用メイドのマリンも同席する事になった。
カウチソファーに座る、雫の後ろに控えている。雫の隣りには天使が座る。
カウチソファーの前には、木材で作られたカントリー風のテーブルと、同じ素材の長椅子も運び込まれている。これらの家具が何処から運んできたのかは不明だが、マリンが1人で運び入れてたのには驚いた。
テーブルとか、木目が綺麗な1枚板だから…めちゃくちゃ重いと思うのだけど…。
マリンさんは決してマッチョな女性ではなく、とてもスレンダーな体型。
切れ長のグリーングレーの瞳が素敵な、クールビューティータイプ。
髪は、白と緑のツートンカラーを、高い位置で結びポニーテールにしている。
何か…時代劇で見た、くの一みたいなイメージだな…
着物じゃなくて、メイド服だけど。
魔剣と白帝城が長椅子に座り、
もともと部屋にあった1人掛けの椅子に九尾が座る。
私はベッドから九尾に抱かれてきたので、そのまま九尾の膝の上にいる。
「君は雫の召喚に応じて顕現した人物…猫、と理解しているのだか…。
どういった経緯で此処に来てくれたのか、分かる範囲で構わないので説明して貰えると助かるのだが…」
白帝城が何だか、歯切れ悪く言う。
「白帝城は、お前が本当に雫が召喚した猫なのか、確信が欲しいんだろ。」
魔剣が、九尾の膝に居る私を指差し話す。指を出されると…猫の本能が…くんくん…匂いを嗅いでしまう。
「確信…と言うか。羽根がある猫なんて聞いたことも無いから、違う世界にはそんな生物がいるのかと…。」
「召喚は、人に対してだけ有効な術式を作った!姿を得るまでは、女の人だった…何で、猫になったか…分からないけど…。」
雫が、白帝城に食い気味に反論する。失敗した…召喚者を間違えた…そう言われた気がしたのかも知れない。
まぁ、私が助けになるかって言うと
ムムムだけれど…。
下を向いて、何か悔しそうに見える雫の名誉挽回とばかりに、召喚されたと思われる日の朝を、此処に来て見た事を語り出した…。
お行儀は悪いけど、テーブルの上にお座りして語る間。誰も口を挟まずに話を聞いてくれた。
「…と言う感じで、気が付いたら猫になってました。」
と、話を締めくくる。
「その、枝に吸い込まれた時に聞こえた声って、姿とかは見えなかった?」
雫がそう尋ねてくる。
「ハッキリとは見えなくて…眩しいっていうか、霞んでるって言うか…なんか人っぽい姿はぼんやり見えたような…うーん…」
「ん…クスノキの精霊かも?」
「精霊…いるの?」
「いや、そっちの世界は居ないのかよ!」
魔剣が突っ込んでくる。
「居るかも知れない…けど、見た事ないし、御伽噺的な感じになるね。文明も科学も発展してるし。」
「で、クスノキの精霊が、何で異世界人を猫にするのか…だな。」
九尾が、尻尾をふわふわさせながら話す。
「そうですね…猫さんが、精霊様に何を言われたのか…思い出せれば意味が繋がる…かもですね。」
天使が手を伸ばして、私の頭を撫でてくれる。
「…撫でるより、叩いたら思い出すかもな。」
魔剣が酷い事を言う!
叩かれては堪らない…テーブルからひらりと飛び降りる。と、視野にキラリと何かが反射して見えた。
何だろ…探すと、部屋の隅にある棚の上に円形の置き鏡を発見した。
鏡!自分の姿が見える!
私はダッシュで棚に向かい、軽くジャンプして棚に乗る。視野にマリンが追いかけてくる姿が見えたが、気にせずに鏡を覗き込んだ。
茶色の下地に、焦げ茶が混ざり。
額にはM字模様。
白でアイシャドウをしている様な目元。
アーモンド型の目。翡翠の瞳。
鼻は薄茶、髭は白。
先っちょだけ黒が入る、尖った大きな耳。
日本猫…キジ猫が鏡に映っている。
呆然としていると、マリンに抱きかかえられて戻され、テーブルの上に着地。
「鏡が見たかったのか?」
白帝城が尋ねていたが、答えられなかった。頭の中が…鏡に映った姿が…。
「どうした?」
しょんぼりと耳を伏せて、項垂れている私に、魔剣が優しく撫でながら声をかけてくれる。
「…輪…」
輪だった。鏡の中の猫にそっくりな
私が飼っていた、猫の名前。
「輪?」
あ、そういえば…あの時。
そうだ、言ってた様な…。
『…在るべき時、有るべき姿を
汝が望むまま…』とか何とか…
あーあ。この前後が思い出せない。
スッキリしないっ!
「輪!私の名前は、輪。」
猫もどき呼ばわりは終了にしよう。
クスノキの精霊…かも知れない人…長いな、クスノキさんと呼ぼう。
クスノキさんが、『在る時』とは、多分この世界。
『有る姿』は多分、此処に居る間の姿。『汝の望み』が多分、猫になりたいって…常々思ってたから、願いを叶えてくれた!んだろう…きっと。
私のいきなり名前宣言に、白帝城は
「?」って感じで、キョトンとして。
「名前か…好きにすればいい。」
と魔剣が、先程の優しい感じは何処へ消えたっ!って思うくらい素っ気なく。
「輪ちゃん…可愛い…」
と、天使が眩しいくらいに綺麗に微笑んで。
「輪さん?」
雫ちゃんは、さん付けで呼んでくれるのかぁ〜!そうそう、それが正解の呼び方なんだよ!と嬉しく思い。
「輪…ねぇ?」
九尾は、ニヤリと何かを含んで笑った…何か、お見通しなんだよ。って言われてる様で、怖いな。
「それでは、これより、輪様とお呼び致します。」
マリンさんが、恭しくお辞儀をし、
「では、自分も輪様と!」
マヤ少年が胸を張って宣言する。ちょっと甲高い声だけど、少年らしくて良いね。
輪さん。私、異世界で「輪」になっちゃったよ!
頭の中で、飼い猫の輪さんが
「にゃはは〜」と笑った。