第三話:平和な日常と、揺るぎない絆
断罪の日、私は民衆の前でヴェラ様に頭を下げた。
「エヴァ様……ごめんなさい」
その言葉は、ヴェラ様を「悪役」として追放させてしまうことへの後悔と、それでも彼女の決断を理解し、受け入れるという、私なりの誓いだった。
私の心の中では、ヴェラ様はいつだって、この世界を救ってくれた「英雄」だったから。
ヴェラ様が国境の門をくぐり、闇の中へと消えていくのを見送った後、私は聖なる力を失った一人の少女として、新たな日常を歩み始めた。
以前のような「聖女」としての重圧はなくなり、心は軽くなった。
しかし、ヴェラ様がいない寂しさは、常に心の片隅にあった。
それから数年。
私は、ルシアン様やレオンハルト王子と共に、定期的にヴェラ様の隠れ家を訪れるようになった。
山奥の小さな屋敷は、私にとって、この世界で最も安らげる場所となっていた。
ある日、私はヴェラ様のために、自分で焼いたクッキーを抱えて隠れ家を訪れた。
「ヴェラ様、どうぞ! 私、これ、エヴァ様と一緒に食べたくて作ったの!」
そう言って差し出すと、ヴェラ様は目を細めて、優しい笑顔で受け取ってくれた。
その笑顔は、かつて舞踏会で見た「完璧な笑顔」とは違う、心からの温かさがある。
庭で花の手入れをしながら、私はヴェラ様に語りかけた。
「私、最近、街で子供たちに歌を教えているんです。
聖なる力はもうないけれど、私の歌で、みんなが笑顔になってくれるのが、本当に嬉しいんです」
ヴェラ様は、静かに私の話を聞いてくれた。
「それは、素晴らしいことですわ、リリア。あなたの歌声は、きっと人々の心を癒やすのでしょうね」
その時、私は胸に秘めていた想いを、ヴェラ様に伝えたくなった。
「ヴェラ様は、私の英雄です」
ヴェラ様は、少し驚いたように私を見た。
「誰が何と言おうと、私にとっては、世界を救ってくれた、たった一人の英雄なんです」
私の言葉に、ヴェラ様は目を潤ませ、そっと私の頭を撫でてくれた。
その手は、昔と変わらず優しく、私を包み込んでくれる温かさがあった。
ヴェラ様の隠れ家で過ごす時間は、私にとって、何よりも大切なものだった。
ルシアン様やレオンハルト王子が来た時も、私たちは立場や役割を忘れ、ただの友として語り合った。
王城での華やかな生活よりも、この隠れ家での穏やかな時間が、私を真に満たしてくれるのだ。
ヴェラ様は、誰にも理解されない「悪役」という孤独な道を歩んだ。
しかし、私にとっては、彼女こそが、聖女としての重圧に苦しんでいた私を、一人の人間として救い出してくれた、真の救世主だった。
この隠れ家こそが、ヴェラ様にとっての「居場所」であり、そして、私にとっても、ヴェラ様という「英雄」の隣にいることが、自分が本当にいるべき場所だと実感できた。
私は、ヴェラ様が淹れてくれた温かいハーブティーを一口飲む。
窓の外には、今日も穏やかな太陽の光が差し込んでいる。
(ヴェラ様。私の英雄。あなたがいてくれるから、私は今日も、この平和な世界で笑っていられます)
聖女の力は失っても、私とヴェラ様の間に築かれた絆は、何よりも強固で、永遠に色褪せることはないだろう。