第一話:光と影の出会い
リリア・エルトリアは、王国に古くから伝わる「聖女」の血を引く者として生まれた。
幼い頃から、周囲の期待の眼差しと、自分にしか聞こえない「聖なる声」に囲まれて育った。
人々は彼女の存在を崇め、彼女に触れるだけで癒やされると信じた。
しかし、その「聖女」という役割は、幼いリリアにとってあまりにも重く、孤独なものだった。
(私は、本当にみんなの期待に応えられているのかな……)
聖なる力を持つがゆえに、他の子供たちとは違う。
誰もが自分に「聖女」としての完璧さを求め、純粋な友情を育む機会などなかった。
リリアの心は、常に漠然とした不安と孤独に苛まれていた。
そんなリリアの前に、光と影のように現れたのが、エヴァンジェリン・グランヴィルだった。
学園の温室で、人目を避けるように花の手入れをしていたリリアに、エヴァンジェリンは優雅な足取りで近づいてきた。
「ごきげんよう、リリア様。あなたのお手入れされたお花は、いつも本当に美しいですわね」
その言葉は、聖女としての役割を称賛するものではなく、純粋に「花」を、そして「リリア」という個人を褒めるものだった。
リリアは、戸惑いながらも、エヴァンジェリンの優しさに触れた。
他の貴族令嬢たちが、聖女である自分に畏敬の念を抱くばかりで、心からの交流を避ける中、エヴァンジェリンだけは、まるで普通のお姉様のように接してくれた。
「エヴァ様は、私にとってお姉様のような存在です! エヴァ様といると、心が安らぐんです」
リリアは、心からエヴァンジェリンに懐いた。
彼女の笑顔は、リリアにとって、聖女としての重圧から解放される、唯一の場所だった。
エヴァンジェリンの言葉には、計算された「偽り」が含まれていたことを、当時のリリアは知る由もなかった。
ただ、目の前の優しいお姉様を信じることしかできなかった。
しかし、その穏やかな日々は長くは続かなかった。
ある日、リリアが触れた鉢植えが、一瞬で枯れ果てるという異変が起きた。
「ごめんなさい、ごめんなさい! 私、また……」
自分の聖なる力が、意図せずして周囲を傷つけてしまうことに、リリアは絶望した。
人々は、彼女を恐れるように遠ざかり、かつての孤独感がリリアを再び襲う。
(私は、怪物だ……!)
そんなリリアを、エヴァンジェリンは迷わず抱きしめた。
「大丈夫ですわ、リリア様。あなたは怪物なんかじゃない。あなたは、誰よりも優しい聖女ですわ」
その言葉は、リリアの心を強く震わせた。
世界が自分を「怪物」と呼んでも、エヴァンジェリンだけは、自分を信じて、そばにいてくれた。
エヴァンジェリンの温かい腕の中で、リリアは涙を流し続けた。
その涙が、彼女とエヴァンジェリンの間に、確かな絆を築いていく。
リリアにとって、エヴァンジェリンは、単なる友人ではなく、自分を「聖女」という枠から解放し、一人の人間として受け入れてくれた、かけがえのない存在となっていたのだ。