わたしのオフショア
【テーマ:海と猫】江ノ島のカフェを手伝う女の子と、店の看板猫クロの、夏の日のお話。
江ノ島に夏がやってきた。
私の実家は小さなカフェで、この季節は毎日たくさんのお客さんがやってくる。
学校から帰ってくるなり店の手伝いをさせられるので、勉強などできた試しがない。
……まあ、勉強は嫌いだから「やらなくてもいい理由」が存在してくれることには感謝している。
「んにゃぁ」
飼い猫のクロが、店の前で鳴いた。
夏休みは私も朝からお手伝いだ。クロも看板猫としてやる気をみせている。
テーブルを拭く手を休めて、海と空が混じり合う境界線を見つめた。
海から吹く風が止まっている。今日も江ノ島は暑くなりそうだ。
私の両親はサーフィンを通じて出会い、結婚した。
そのため、カフェにはサーフィンに関連する小物が飾られている。昔使っていたボードも。
やってくるお客さんも、サーフィンを愛する人が多い。
集客に飽きたクロが店の中に入ってきた。
お客さんがお土産に置いていった貝殻に、鼻先を近づけ匂いを確認している。
「クロ、貝殻はね、耳を近づけてごらん。海の音がするんだよ」
貝殻を耳に当てた私の顔を、本当にそんな音がするのかと、疑うような目でクロが見上げる。
「にゃあん」
そんなことはいいから、看板猫としての仕事を務めた私に早くご飯を用意しなさい。
波の音ではなく、クロのご飯催促の声が聞こえたので、エサ皿と水を所定の位置に置いた。
そろそろ開店の時間だ。
店の前に看板を出しに行く。むわっとした夏の空気が、体全体にまとわりついた。
「おはよう。もう、お店開いてる?」
聞き慣れた男性の声。
「おはようございます。いつも早いですね」
「これから仕事なんだよ。いつ波に乗れるのやら」
カフェのなじみ客は、クロをひと撫でした。
私は、テイクアウト用カップにアイスコーヒーを注いで手渡す。
「カフェ・オフショアの看板娘の笑顔を拝めたから、今日も一日頑張れそうだよ」
「ありがとうございます。いってらっしゃい」
「んにゃあ」
看板娘2人の声が揃った。笑い声は3人分だった。