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砂に沈む町

私は今日も歩き続ける。

誰にも呼ばれず、誰にも待たれず、ただこの世界のどこかへ。

短剣と弓だけを携え、魔法もなく、心を風に晒しながら。


陽光が焼きつくような荒野を、私は越えた。

砂の海。

何も生きないように見えるが、よく目を凝らせば、遠くに影があった。

ぼんやりと、沈みかけた町の跡が見える。


私は迷わない。

進むべき道がある限り、私は進む。


町に着いたとき、私は違和感を覚えた。

音がない。

砂に沈みかけた建物。

風すら止まっている。

だが、生命の気配だけは、わずかにあった。


町の中心に、わずかに残った井戸があった。

その縁に、男が一人座っていた。

年老いている。

肌はひび割れ、瞳は乾いている。


私に気づいても、男は何も言わなかった。

私は無言で近づいた。


「旅の者か」


乾いた声で、男が言った。


「ああ」

私は答えた。


「珍しいな。……もうここには、誰も来ないのに」


私は井戸を覗いた。

中は空だった。

水など、とうに尽きている。


男はぼそぼそと話し始めた。

この町は、かつて栄えた。

しかし砂嵐が頻発するようになり、人々は次々と去った。

残ったのは、移動できない者、移動を拒んだ者たちだけだった。


「ここで、終わりを待つ」

男は、まるでそれが当然であるかのように言った。


私は何も答えなかった。


町を歩く。

ほとんどの家は、砂に飲まれている。

だがわずかに、人影が見えた。

女が、壁に寄りかかって座っていた。

子供が、空の壺を抱えていた。

彼らもまた、生きてはいた。

ただ、生きているだけだった。


私は短剣を抜くことも、弓に手をかけることもしなかった。

敵意も、脅威も、何もなかったからだ。


町を一周し、私は元の井戸に戻った。

男はまだそこにいた。

動いていなかった。


「お前も……ここで終わるのか」


男が問うた。

私は首を横に振った。


「違う」

私は歩き続ける。

それだけだ。


男はうなずいた。

それ以上、何も言わなかった。


私は振り返らず、町を後にした。

振り返ったところで、何も変わらない。

私はこの町に、何も遺さず、何も持ち帰らない。


風が吹き始めた。

砂を巻き上げ、視界を霞ませた。

町は、徐々にその輪郭を失っていった。


遠ざかる中、私はようやく、町の名を思い出した。


──サエラ。


かつてこの地の言葉で、「希望」という意味だった。


私は口の中で小さく笑った。

乾いた風に、その音はすぐに消えた。


希望。

終わりを待つだけの町に、かつてそんな名があったとは。


だが、どうでもいいことだ。

希望も、絶望も、私には意味を持たない。


私はただ歩く。

この先に何があろうと、誰と出会おうと、何も変わらない。


私は一人で、また旅を続ける。

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