事故
快晴の空の下、運動部の掛け声が響き渡る。
梅雨が明け始め、初夏の匂いが風に乗って漂う。
嘘だ、そんな風情のあるものではない。
前日にできた水たまりが日光で蒸発して蒸し暑い。
梅雨明けか、衣替えのせいか心なしか学園全体の雰囲気が明るい。
夏の到来を楽しみにしている生徒も多いのだろう。
四季って美しいか?
僕は夏と冬のアンチだ。
ずっと春と秋でいいのに。
長袖に一枚羽織る程度の温度感で生きていたい。
冷静に考えて、2か月足らずで気温が20℃近く変わるのって異常じゃないか?
急激に変わる気温に、僕の自律神経はボロボロだ。
「ねぇ友人。君もそう思わないかい?」
「そうね」
いつにもまして素っ気ない反応だ。
彼女も蒸し暑さは苦手なのかもしれない。
シャツの下に着ている黒インナーが蒸すのかな?
肩まで伸びた髪を束ね、うなじを露出させている。
髪形一つで雰囲気は変わるものだなぁ。
肌の露出が増えると健康的に見えるのはなんでなんだろうね? 偏見か。
パタンと本が閉じる音と、いつものため息が聞こえる。
彼女のため息を何回も聞くたびに、二つのパターンがあることに気がついた。
一つは、単純に僕に絡まれている時に出るため息。これは嫌そうな雰囲気がある。
もう一つは、嫌な事があった時。苛立ちかな、自分ではどうにもならない感じがする。
今回は後者かな? 僕が話しかけるまえからあんまり小説に集中できてなさそうだったし。
「どうしたのさ、嫌な事でもあったかい? いつもよりピリピリしてるね。」
「村瀬君はいつも通り。適当に生きているわね」
「そんなことはないさ。君に進路相談をしたあの日から毎日自分とは何かと考える日々さ。アイデンティティなんて子供の頃は馬鹿にしてたがね、自分が考える立場になると難しいもんだね」
自分らしく生きろと言われたところで、その自分がいないから困るんだよなぁ。
人として軸がぶれているんだ。
チェックボックスとかデイリーミッションがほしいよね。
☑人と話した
☑他人のために善行を積んだ
☑運動をした
こういうのがあれば頑張って生きれそうなのに。
おっと話がそれた、今は白石さんの機嫌を取らねば。
「こないだ話を聞いてもらったお礼ということで、愚痴なら聞くけど? あぁ口の堅さなら保証しよう。なぜなら話す相手がいないからね。どこにも漏れることはないから安心してお喋りしよう」
「あなたに話す意味はあるの?」
「意味はないかもね。ただ、自分の思いを口にするのは大事なんじゃない? 言葉にすることで考えがまとまったり、落ち着いたりするらしいよ」
知らんけど。
僕は基本的に自分の感情を言葉にすることがないので、この知識を実感したことはない。
話す相手がいないだけ? 考えないようにしよう。
「......はぁ、茶化さないでよ?」
「うーん、善処する」
「帰るわ」
「うそうそ! 絶対に茶化しません!」
僕は睨む白石さんに向けて、大げさにリアクションをとる。
彼女からお悩み相談されるのだ、こんな珍しいことを逃すわけにはいかない。
喉元を叩いて気を引き締める。
「......石井くんから告白されたの」
「石井君......あぁ、同じクラスのイケメンか」
球技大会で頑張っていたイケメンだ。
容姿良し、運動神経良し、学力良し、性格良しと欠点を上げる方が難しい完璧超人だ。
スクールカーストの頂点に立ちながら、それを鼻にかけるわけでもない。
真のイケメンは心までイケメンなのだ。
誰に対しても優しい彼は、男女問わず人気のクラスメイトだ。
そんなイケメンからの告白なんて、ご褒美じゃないか。
普通の人間ならそう思うんだろう。
「あなたはどう思う?」
「僕が白石さんの立場じゃなくて良かったって心の底から思っているよ」
「代わってくれない?」
クラスの人気者からの告白、それは僕らのような人間にとって心躍るようなイベントではない。
石井君はきっと振られても次の恋に向かって生きていけるだろう。
問題はイケメンに好意を寄せている女子連中の感情だろう。
ただでさえカーストから外れて、悪感情を向けられている白井さんだ。
こんなイベントが起きてしまえば面倒事は避けられないだろう。
可哀そうに、美形に生まれただけなのにね。
他人事のように同情していると、彼女はくすくすとこちらを見て笑っている。
おや、白石さんが笑うのは珍しいな。
基本的に、小説を読んでいる時か、甘いものを食べている時以外は仏頂面なのに。
「他人事だと思ったでしょ」
「そりゃまぁ。僕が関係する余地がないでしょ。石井君が振られて、白石さんが嫉妬の対象になって終わり! 僕は無関係のクラスメイトAだ」
「石井君はね、私とあなたが付き合っていると勘違いしてるわよ」
「は?」
「ふふ、間抜けな顔」
「その思い違いの訂正は?」
「してないわ。振って、勝手にあっちが勘違いして終わり」
何してくれてんねん。
あー、今日女子から値踏みされるようにジロジロ見られていたのはそういうことか。
男の趣味悪いなぁとか考えてそう。
石井君も少し心が少年すぎないか?
男女が一緒にいるだけで付き合ってると思うなんて、小学生で卒業してほしい。
「うわぁ、僕も嫌な気持ちになってきた」
「同じ気持ちになれて嬉しいわ友人」
見たこともない満面の笑みだ。そうやって笑うと可愛い系に見えるね。
僕の関係ないことなら、その笑顔も何も考えず受け入れられるのに。
「あぁ、思ったより話したらスッキリしたわ」
「そりゃ良かったよ。聞いた甲斐があったってもんだ。お礼に僕の話も聞いてくれないかい?」
「今日はもう帰ろうかしら」
ずるい、一人でスッキリしやがって。
僕は何も悪いことしてないのに、すごい面倒事に巻き込まれた気分だ。
「僕が彼氏役でもいいのかい? せっかくの美人の相手が僕じゃ忍びないなぁ」
帰ろうとする白石さんに問いかける。
巻き込まれたことに対する嫌味だ。
扉まで歩いていた彼女は、急にきびすを返し僕の目の前に来た。
座っている僕の肩に手をかけ、吐息を感じるほど顔を近づけてくる。
おっと急にそんな、僕にも心の準備ってやつが欲しいんだけどね。
間近で見るとやっぱ綺麗だな。ちょっとドキドキするかもね。
「パパ活扱いよりマシだわ」
僕の耳元でとんでもないことを囁く。
放課後の誰もいない教室で言われることがこれか。
そっかぁ、パパ活よりマシ程度かぁ。
光栄、なのか?
ひらひらと手を振って去っていく白石さんを目で追っかけると、扉に別の人影を見つけた。
石井君が目を手で覆うふりをして、顔を真っ赤にして突っ立っている。
あぁ、角度的にキスしてるように見えるわ。
誤解を解かねば。
「石井君、これは——」
「ごめん! 見るつもりはなかったんだ! ごめん!」
そう言って走っていってしまった。
あー、どうしようね。
店長、今日が詰んでしまった時の将来ってどうなりますかね?
評価、感想、誤字指摘等していただけると嬉しいです。