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冗長な僕と淡白な君  作者: アストロコーラ
高校三年

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二人の軌跡

最後まで読んでくれてありがとうございました。


「いやはや、良い式だったね白石さん」

「去年も同じセリフを聞いた気がするけれど」

「あれ、そうだっけ。まぁ気にしない気にしない。白石さんも良い式だったと思うでしょ?」

「別にあんなものでしょ」

「最後になっても冷めてるねぇ」

「親も後輩もいないのに感動もなにもないわよ」

「まぁ、それはそうだ」


 二人しかいない教室で、いつもと変わらないようにお喋りをする。

 クラスメイト達は校門や昇降口の前で各々別れを惜しんでいる。

 僕はもう個別に小宅君や結城さんとは話をしたので、別れを告げる相手はいない。

 ……生徒会室に笑顔の一ノ瀬さんに連行されていった石井君がチラリと頭に浮かんだが、見なかったことにした。

 僕らはいつも通り、皆がいなくなるまで教室で時間を潰すのだ。

 今日がこの時間の最後だと思うと、少し感慨深い。

 思い返せば、色々あったものだ。


「二年間、あっという間だったね。白石さんに無視されていた日が昨日のように思い出せるよ」

「面白くもない話を振ってくる方が悪いでしょ。『どうして野球の球って白いんだろうね?』とか急に言われても反応に困るわ」

「くだらない話をするからいいんじゃないか。毎日毎日頭を使った会話をしていたら疲れちゃうよ。日常のどうでもいいことを考えるのが楽しいのさ」

「それを人に押し付けるのが良くないと思うわ」

「押し付けたつもりはないけどなぁ。ずっと僕が喋り続けただけで、君の返答を強制したことはないだろう?」

「一方的に喋るのを会話とは言わないわよ」

「だって返事してくれなかったじゃん」

「普通は察して帰ってくれるのだけど?」

「当時の僕は、どうしても君とお喋りしたかったんだよ。初めて見つけた同類だと思ってたからね」


 もし、白石さんから拒絶されていたら僕はどうなっていたんだろう。

 進路もなく、勉強する気もなく、趣味もない、何もない人間になっていた気がする。

 そう考えると、運命の人だったのかもしれないなぁ。

 白石さんから見た僕はどう写っているかは知らないけど。

 なにせ、初手から脅迫まがいのことしたからなぁ。


「それよりも、明日からの準備は大丈夫なの?」

「大丈夫だよ、多分」

「不安な返事ね......」

「なんとかなるでしょ」


 明日から、僕らは引っ越しに取り掛かる。

 本当はもっと卒業の余韻を楽しんでからにしたかったが、新天地に慣れるためにも早め早めの行動をすることにした。

 引っ越し業者の手配とか、引っ越し先への連絡とかは僕がやったから、ミスがあるんじゃないかと心配されている。

 何分、初めての経験ばかりなので何をし忘れているとかの実感がない。

 もし、引っ越し先の連絡が上手くいってなくて部屋の鍵が貰えないなら、僕たちは大量の荷物を抱えて野宿だ。

 そりゃ心配される。

 こういう経験の繰り返しで、大人になっていくんだろうなぁ。


「そういう白石さんは荷造り大丈夫なの? 僕より荷物多そうだけど」

「私は引っ越し初めてじゃないもの、ちゃんと準備出来てるわ」

「それならいいけど。大学生活、上手くいくかな?」

「いかないんじゃない」

「夢も希望もないね......」

「友達作るノウハウのない人間が、いきなり大学で上手くいくと思うの?」

「大学で覚醒するかもしれないじゃん?」

「そんな都合のいいスペックしてないでしょ」

「逆に、白石さんは大学生活上手くいかなくてもいいの?」

「あら、村瀬君が楽しませてくれるんでしょう?」

「......まぁ、僕なりに頑張らせてもらうけども」

「ふふ、頼りないわね」


 黒髪を揺らして、白石さんは楽しそうに笑っている。

 彼女も、よく笑うようになった。

 出会った時はクールビューティだと思っていたが、今は可愛い系と言った方がいいかもしれない。

 うーん、相変わらず顔が良い。

 僕、実は面食いなのかな?


「そんなに見つめてどうしたの?」

「いや、相変わらず顔が良いなぁって。笑うと特にそう思うよ」

「そう」

「褒めてるのに、少しも照れないね」

「事実だもの、照れる要素がないわ」

「そんなこと言ってると本当に友達できないよ。僕みたいに謙虚に生きないと」

「村瀬君も友達いないじゃない」

「......この話はやめよう、お互いに傷つけあうだけだ。それに、僕には友達いるから。少ないだけだから」

「そういうことにしてあげるわ」


 校門の方からひと際大きく、歓声が上がる。

 どうやら、石井君と一ノ瀬さんが昇降口から出てきたようだ。

 ……石井君がゲッソリしていて、一ノ瀬さんがツヤツヤしているのは僕の見間違いだろう。

 白石さんが小声で『あら、やったのね』なんて呟いてるけど、それも気のせいだろう。


「ねぇ、ずっと聞こうと思ってたのだけれど」

「ん? 僕が答えられることならいくらでも答えるよ」

「いつ手を出してくれるのかしら?」

「......ちょっとよく分からないなぁ」

「はぁ、ヘタレのままね」

「いや、そういうわけじゃないよ。ちゃんと責任をね、取れるまで待ってほしかったんだよね」

「こないだも聞いたわ」

「あー、んー、そうだなぁ。本当はもっとちゃんとしたかったんだけどなぁ」


 学校で何の話をしてるんだろうかと思いながらも、カバンに入れておいた小包を取り出す。

 本当は、学校帰りに人が通らないベンチとかムードのあるところで渡したかったが、しょうがない。

 僕らの始まりの場所だから、まぁ悪くはないか。


「白石 透さん。僕と結婚してくれませんか?」


 何の飾りつけもない、シンプルな銀色の指輪を差し出す。

 白石さんとの付き合いも、今更になってちゃんと口で形にした事がないような気がする。

 そのことに気がついた時、たまたまバイト帰りに目に入ったペアの指輪を衝動買いしていた。

 笑われるかもしれないけど、最期まで一緒に居たいと思ったのだ。

 色々すっとばした僕の告白に、白石さんは少しだけフリーズしたあとに嬉しそうに笑い出した。


「ふふ! いくらなんでも急すぎるわよ」

「僕もそう思う。ただ、ちゃんと言葉と形にしたかったから。責任を取るって意思表示でもあるかな」

「あら、それじゃあ今夜は期待していいのかしら?」

「......頑張るよ」

「頼りないわねぇ」

「とりあえず、返事を聞きたいんだけど? もう腕が疲れてきたんだ」

「返事何か決まってるじゃない」


 僕が差し出した指輪を取ると、何の抵抗もなく左手の薬指につける。

 僕がはめたかったんだけど、嬉しそうに指を眺めている彼女の姿に何も言えなくなる。


「詠耳君、最期まで私に付き合ってくれるかしら?」

「もちろん、喜んで付き合うさ。イヤって言っても付きまとうね」


 僕も自分の分の指輪を左手薬指につける。

 軽いはずの指輪は、とてつもなく重く、それでいて輝いているように感じた。


「はぁ、緊張したー」

「締まらないわね」

「僕ららしくて良いと思わない?」

「たまにはカッコいい詠耳君が見たいけど?」

「おや、僕も透さんって呼んだ方がいい?」

「少し気持ち悪いわね」

「結婚相手にヒドイ言い草だね透さん」


 出会った時から、ずっと変わらないくだらないやり取りを繰り返す。

 きっと、これからも変わらないのだろう。


「ねぇ、甘いものが食べたいわ」

「チーズケーキでいい?」

「パンケーキがいいわ、初めて作ってくれたパンケーキ」

「ドミシリオで作ったやつ? レシピまだあるかなぁ」


 外から聞こえる歓声が少し静かになってきた。

 そろそろ帰るには、いいタイミングだろう。

 僕が立ち上がると、彼女は無言で右手を差し出してくる。

 僕も何も言わずに、左手を差し出してしっかりと握る。

 いつもの温もりと、慣れない指輪の感触が、僕らの間に確かに存在している。


「帰ろっか」

「ええ、いいわよ」


 穏やかな風が吹き抜ける。

 春になる。新しい生活の始まりだ。

 透さんの方を向くと、柔らかい笑顔を浮かべている。

 僕もそれにつられて笑ってしまう。

 あぁ、悪くない。

 彼女となら、二人なら、何でも楽しめるさ。


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