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冗長な僕と淡白な君  作者: アストロコーラ
高校三年

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もしも、君がいないのなら

多分あと2話3話ぐらいで終わります。

 まどろみの中、夢を見た。

 それは、温かい光が差すような、優しい夢だった。

 僕は今とは違うデザインの制服を着て、教室の隅っこで男子のグループに混じって談笑している。

 手には携帯ゲーム機だろうか、人がプレイしてる様子を笑顔で眺めている僕がいた。

 髪型も今よりはるかに短く、らんらんと輝く目がやけに印象に残った。

 ゲーム機を弄っては、ころころと変わる表情がやけに幼く見えた。

 チャイムが鳴ると、それぞれが帰り道につく。

 家の方角が同じ友人と、漫画について語りながら帰る僕はとても楽しそうだった。

 友人に手を振って、見慣れない一軒家に入って行く僕を、笑顔で出迎える大人がいる。

 顔はぼやけてしっかりと分からないが、おそらく両親だろう。

 三人で食卓を囲む光景は、どこかで見たことがあるような気がする。

 ふと、夢のなかの僕と目が合った気がした。

 ニッコリとほほ笑む僕に対し、僕は何もせずに背を向けた。

 幸せな世界なんだろうな。

 友人がいて、趣味があって、両親が生きていて。

 それでも、僕の望む人がいないから、この世界には惹かれないけれど。


 ——————————


 学校に鳴り響くチャイムの音で目が覚める。

 時計を見ると、放課後に入ってすぐになる部活動開始のチャイムのようだ。

 自習の時間に寝てしまったようだ、もうクラスメイトたちのほとんどがいない。

 共通テストが終わり、学校のテストも終わった。

 明日からは自由登校期間だ。

 二次試験がある人間にとっては忙しい二月になるだろう。

 僕らは、この期間に何をしようかなぁ。

 帰ろうと思って席を立ち、白石さんの方を見る。

 おや、珍しい。白石さんも寝てしまっているようだ。

 彼女の席の前に移動して、音を立てないように座る。

 左腕を枕にして、右腕で丸めたひざ掛けを抱いて寝ている。

 居眠りをする白石さんの姿は貴重な光景だ。

 ふと、夢のことを思い出す。

 今とは全く違う世界の僕。

 何事もなく生きることができた世界の僕の姿だろう。

 僕にも、あんな生き方があったのだろうか。

 人生で一度だけ、『もしも』を叶えてもらえるのならば、僕は世界に何を望むのだろうか。

 もしも、雪にまみれ絶望するしかなかったあの日を無かったことにできるなら。

 もしも、両親が交通事故にならず三人でまだ暮らせていたのなら。

 少しだけ考えて、バカらしくなって辞めた。

 人生にifはないのだ。

 そもそも、両親の顔すらまともに覚えていない、墓参りすらろくにしていない親不孝者の僕がそんな想像をするのは罰当たりだろう。

 それに、その世界では僕は白石さんに出会えないだろう。

 きっと、普通の人を好きになって、普通の恋をして、普通に生きていくのだろう。

 それを悪いことだとは思わないが、今の僕には物足りないのだろう。

 つまるところ、僕は最良の選択を引き続けているのだ。

 両親はいないが、気にかけてくれる大人たちはいた。

 友人は少ないが、孤独を感じることも特にない。

 趣味は新しくできたし、悪くない人生だろう。

 一人で納得した僕は、白石さんが起きるまではやることがないので彼女の髪を触って時間を潰す。

 きめ細やかな黒髪は、一瞬たりとも引っかかることなく僕の指先で梳くことができる。

 彼女が家に来てから、お風呂場によく分からないボトルがいっぱい置かれたから、その効果であろう。

 髪を撫でながら別のことを思う。

 僕のもしもの世界で、白石さんは何をしているんだろうか。

 僕の代わりがいるのだろうか、一人で寂しい生活を送っているのだろうか、あのぼろいアパートにまだ暮らしているのだろうか。

 意味のないことを考えていると、机の上に出しっぱなしになっている筆箱が目に入る。

 何の特徴もない無地の筆箱に、青いクラゲのキーホルダーがついている。

 少しだけ傷がついて色がくすんでいるのは、普段から使ってくれている証拠だろう。

 自分が贈ったものが、しっかりと使ってくれているという事実に胸が温かくなる。

 ありもしない世界について考えるのはもうやめるかな。

 僕らはもう出会ってしまった。それでいい。

 少しだけ感傷的な気分になっていたのは、それだけ学校に思い入れができたのかもしれない。

 もう、ほとんど登校することはないからな。

 三年か、白石さんと出会ってからの二年間はあっという間だったなぁ。

 大学生活はどうなるんだろうか、あっという間に終わるのかな?


「いつまで人の髪を触り続けるの?」

「おや、おはよう。たまには白石さんの真似をしてみようと思ってね。割と楽しいね」

「私は楽しさ目的で村瀬君の髪を触っているわけではないけれど」

「じゃあ、何のために触るの?」

「恨み」

「えぇ、僕の髪の何が気に入らないのさ」

「全て」


 ジト目で僕の髪を触る白石さんは、本気で言っているようだった。

 なんでなんだろう、別に僕の髪質はそんなに悪くないと思うんだけどなぁ。

 ひとしきり触って満足したのか、白石さんは帰り支度を始めた。

 僕も自分の机から、カバンとコートを持ってくる。


「明日から自由登校だってさ。空いてる時間、何しようか?」

「本を読むわ」

「それはいつもと変わらないじゃん。どうせなら、どこかに出かけようよ」

「村瀬君がエスコートしてくれるなら考えてもいいわ」


 昇降口を出る。

 冬の寒さにも負けず、野球部がグラウンドを走り回っている。

 早く暖かくならないかなぁと思う気持ちと、もう少し寒いままでいてほしいという相反する気持ちが自分の中にある。

 僕の左手に、温かいものが絡みつく。

 いつの間にか、一緒に帰るときは手をつなぐのが当たり前になってしまった。

 寒いから、なんて白石さんは言っていたけれど、夏になったらつないでくれないのかな?

 それなら、ずっと冬でいいのに。


「そうだなぁ、定番を片っ端から試そうよ。僕ら、あんまりそういうことしてこなかったじゃない?」

「例えば?」

「ファミレスで駄弁ったりとか、ウィンドウショッピングしたりとか」

「部屋でいいじゃない」

「部屋だとデートにならないでしょ」

「お家デートって言葉はあるわ」

「それ、同棲してる人には当てはまらなくない? もっと特別な事をしようよ」

「私は特別じゃなくても、村瀬君がいればそれでいいけど?」

「......それはちょっとズルいな」

「ふふ、赤くなった」


 からかいと分かっていても、恥ずかしく感じるものは仕方がない。

 いつか、赤くならないで済む日が来るのかな?

 ……来ないだろうなぁ。


「白石さんは、どうしたら僕に対してときめいてくれる?」

「それを探すのが彼氏の役目でしょ」

「だってさぁ、彼氏らしい事するともっと過激な事してくるじゃん。僕はただ、恥ずかしがってる姿を見たいだけなのに」

「村瀬君が過激な事をすれば恥ずかしがるかもしれないわよ?」


 白石さんはちろりと舌をだして僕を挑発してくる。

 僕が、彼女より過激な事をする......何をすればいいんだろうか?

 正直、もう一線を越えるしか残ってないんじゃないだろうか。


「とりあえず、それは保留にしておこう。今はデートの話をしようよ」

「逃げたわね」

「行ったことないところに行けば、白石さんがときめいてくれるかもよ?」

「場所で変わるものかしら?」

「変わるんじゃない? ストックホルムシンドロームだっけ?」

「多分つり橋効果と勘違いしてるわよ」


 他愛のない、なんてことのないお喋りをしながら自分の家に帰る。

 そうだ、世界に『もしも』を望んでもいいのなら、僕の希望は一つ思い浮かんだ。

 もしも、この関係に終わりがないのなら。

 その果てに、僕は何を見れるのだろうか。

 人生にifはないけれど、それを考えるのは楽しかった。


「白石さんがしたいこととかないの?」

「私はもう、今の生活に満足してるから」

「それは、僕もそうだけど」

「もっと満足させてくれる?」

「僕のできる範囲なら」

「そこは彼氏らしく、もっと強気でいてほしかったわね」

「僕の人生を懸けて、君を満足させて見せるよ?」

「何で疑問形なのよ、締まらないわね」


 ずっと、ずっとこの日々が続けばいい。

 終わりゆく学校生活に、叶いもしないことを心から願ってしまった。


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