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冗長な僕と淡白な君  作者: アストロコーラ
高校二年一学期
7/74

将来の夢 特になし 

 穏やかな春が過ぎ去り、暑くなり始めた今日この頃。

 教室の窓からしとしとと降る雨を眺めながら一人物思いにふける。

 もうすぐ梅雨がやってくる。

 天気予報も雨一色だ。

 今日みたいに音もたてずに静かに降る雨を小糠雨(こぬかあめ)というらしい。

 雨って地味に種類いっぱいあるよね。

 驟雨(しゅうう)村雨五月雨時雨喜雨春雨、降り方だけじゃなくて季節毎にも名前が変わるらしい。

 昔の人は風流だね、僕なんて最近まで土砂降りか小降りの二択しかなかった。

 それとも、必死だったのかな?

 和歌が堪能じゃないと、出世も恋愛もままならない時代に生きていた人たちの名残かもしれない。

 僕が平安時代に転生したら、何も言えないまま消えていきそうだ。

 なんとかならないかな。

 五月雨に 沈む教室 声も無く

 とかどうだろう? 雰囲気だけならそれっぽくないか?

 そういえば和歌の上手い下手って何を基準に判断されるんだろう?

 読み手の心に響けばいいのかな?

 明確な基準がないものって苦手なんだよなぁ。


「帰らないの?」


 おや、白石さんから声をかけてくるとは珍しい。

 窓から視線を外すと、僕の目の前に白石さんが立っていた。

 今日はてっきり帰ったものかと思っていた。

 僕たちは、友達になったからと言って毎日話しているわけではない。

 白石さんは毎日残って読書をしているわけでもないし、僕が先に帰ることも多い。

 教室で、二人きりになった時に僕から話しかける程度だ。

 時計を見る。考え事をしすぎて、放課後になってから結構な時間が経っていた。


「雨を眺めていたらもうこんな時間じゃないか。せっかく白石さんが残っていたのなら、自分の世界にこもらないでお喋りに興じていればよかったかな?」

「雨が好きなの?」


 今日は本当に珍しい。

 彼女の方から無駄話を振ってくれるらしい。

 雨でも降るのかもしれない。いや、降ってるな。


「難しい質問だね。晴れよりは良いと答えておこうかな。白石さんはどうだい? 雨は好きかい?」

「嫌いね、本が湿気るし髪も痛むもの」


 髪を手櫛で整えながら彼女が答える。

 綺麗なロングヘアーですもんね、お手入れが大変そうだ。

 キューティクルとか僕は気にしたことないから分からない世界だ。

 まぁこれを白石さんに言うと睨まれそうなので口をつぐむ。

 人には触れないほうがいい話題もあるのだ。

 僕の髪に向かってきつい視線が向けられているのも、気のせいということにしよう。


「晴れより雨の方が良いなんて変わってるわね」

「そうかい? 風情があって、静かでゆったりとした気分になれるから嫌いじゃないけどね」


 窓に目をやる。

 雨は先ほどより強く降っている。

 風も吹いてきたようだ。ガラスを叩く雨粒の音が大きくなってきた。


「それにさ、なんだか許されている気分になるんだよね。毎日お天道様に見られていると気が滅入るよ」

「そう思うのはやましい心があるからでしょ」

「辛らつだねぇ」


 やましい心なんてないけどね?

 法を破ったことはないし、道徳と倫理もちゃんと理解している。

 学校で人をいじめたことはないし、暴力も振るったことはない。

 え? 単にそこまでの交友がないだけだって?

 正論は時に人を傷つけるんだよ。

 また自分の思考に沈んでいたら、聞きなれた彼女のため息が聞こえた。

 おっと、今日はここまでかな。

 そう思っていたら、彼女は僕の目の前の席に腰を下ろした。

 どうしたんだろうか、帰らないのかな?


「何か悩み事でもあるんでしょう?」

「どうしてそう思うんだい?」

「いつもより口数が少ないもの、普段もそれぐらい静かならいいのに」

「......白石さんって、意外と人の感情とか分かるんだね」

「帰るわ」

「あぁごめんごめん! 思ったことがポロっと口に出ちゃっただけなんだ。悪気はないよ」

「余計にたちが悪いわ」


 思い返せば、彼女は最初から人の身を案じる人間だったな。

 噂に巻き込まれないように気を遣える、優しい人間だ。

 見た目も良くて気遣いもできる、完璧か?

 天は二物を与えないって絶対に嘘っぱちだよな。

 無愛想じゃなければクラスの中心人物だったんだろうなぁ。

 まぁ、クラスメイトには意図的に距離を置いてそうだけど。


「雨が弱まるまでなら話を聞いてあげてもいいわ」

「いいねぇ、友情を感じ——」

「茶化すなら帰るわよ、小説読みたいもの」


 むぅ、どうやら今回は真面目に話さなきゃいけないみたいだ。

 人に話してどうにかなるようなものではないんだけどなぁ。

 でもせっかく白石さんがここまで言ってくれるのだ。

 お言葉に甘えさせてもらおう。


「あー、別に大した話じゃないんだけどさ」


 僕はカバンから一枚のプリントを取り出す。

 先週ホームルームで配られたものだ。


「進路希望調査票じゃない」

「そうなんだよね、これどうしようかなぁって考えてたら、少しボーっとしちゃってね」

「......なんというか、普通の悩みね」

「そりゃ普通の人間だもの、ちっぽけな悩みぐらいあるさ」


 進路、夢、未来。うーん、特に思いつかない。

 なりたいもの、無いな。

 したいこと、無いな。

 楽しいこと、無いな。

 あれ、何で生きてるんだろう、悲しくなってきたな。


「白石さんはもう提出したかい?」

「出したわ」

「へぇ、なんて書いたんだい?」

「司書」

「あぁ、いつも小説読んでいるもんね。本好きならお似合いの職業か」


 図書館で業務に勤しむ白石さんを想像する。普通に似合うな。


「そっかぁ、ちゃんと将来の目標とかあるんだなぁ。僕とは大違いだ」

「あなたでも将来については悩むのね」

「悩むというより、何も考えていないんだよね。多分、適当に大学行って適当な会社に就職するんだろうけどさぁ、そこまで行く自分を思い描けないんだよね」


 皆が当たり前のように思い浮かべる、未来ってやつが僕には欠如している。

 大きくなったら何をしたい? 何も思い浮かばないな。

 生ける屍ってやつだ。死んでないだけで、生きていない。

 大人になったら中二病だって笑い飛ばせるのかな?

 いや、僕はずっとこのままの感じがするな。

 中学時代からなにか成長したかな? してないかも。

 中学生の時は、小学時代からなにか成長したかな?って考えてたもんな。


「出来るようになりたいこともない、成し遂げたい目標もない、そう考えると、何も書くことないなぁって。どうしようね?」

「別に、それでいいんじゃない?」

「え?」

「高校二年なんてそんなものでしょ。今の時点から将来が決まっている人の方が少ないわ」

「まぁ、そりゃそうだけどさ。流石にもっと中身が充実してるもんじゃない?」

「充実したいの?」

「いや別に」

「じゃあそれがあなたの問題でしょ」


 そういうと彼女は立ち上がる。

 窓を見ると、雨は止み曇天の隙間から陽光がさしている。


「死なないなら、生きたいように生きるしかないわ。もっと自分と向き合うことね」

「生きたいようにねぇ......」

「もっと、簡単に生きたら?」


 去り際に、一言だけ残して彼女は帰ってしまう。

 自分次第ってことかな?

 彼女なりの励ましなのかもしれない。


「自分と向き合うねぇ」


 誰もいなくなった教室で一人呟く。自分って何だろうね?

 過去を振り返る、最近何か楽しかったかなぁ。

 ふと、カフェでの出来事が脳裏をよぎる。

 自分が作ったパンケーキを、白石さんに美味しいって言ってもらった時の事だ。

 あれは、少し楽しかった。

 それぐらいの簡単さでいいのかな?

 白紙の紙と向き合う。

 第一志望の欄に、カフェ店員と書いてみる

 不思議と、しっくりとした気がした。


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