パレイドリア
夏祭り、文化祭、クリスマス、バレンタイン。
人並より少ない頻度かもしれないが、イベントに参加するようになった僕らだが、一切関わらないイベントというものも存在する。
たとえば、ハロウィン。
僕も白石さんも仮装なんてしないし、人だかりのできる街に出かけることもしない。
甘いものはちゃんと要求されたが、ハロウィン関係なくいつものことなのでノーカウントだろう。
……いつもトリートもしてるしトリックをされているのは何故だろうね?
まぁ、それはさておき。
今日も一年に一度の、それもちゃんとした行事で世間は賑わっているけれど、僕らは関係なしに部屋で駄弁っていた。
大みそかやお正月は僕らにはない文化なのだ。
ただの、冬休みの一幕に過ぎない。
僕には帰省する実家も無いし、集まるような家族もいないし、ただ年が変わるだけの日だ。
白石さんはさっき叔父さんと電話をしていたけれど、彼女もそれ以外はいつもと変わらない日々を過ごしている。
「ねぇ、なんで言葉ってたくさんあるんだろうね?」
「それは言語の話?」
「いや、普通の日本語の話だよ。例えばさ、太陽って単語一つにも、お天道様とか日輪とか呼び方がいっぱいあるじゃない? ややこしくないかなって」
「あぁ、いつものくだらない話ね」
くだらないと一蹴されても、僕はお構いなしに話し続ける。
白石さんも本を読むのはやめて、僕の話に耳を傾けてくれている。
出会った頃はガン無視で本を読まれることも多かったが、今はもう無視されることは滅多にない。
無視されるときは、お気に入りの作者の新作を読んでいる時ぐらいだろうか。
そう考えると、白石さんも丸くなったものだ。
「固有名詞ならなんとなく分かるんだよ。人それぞれ呼びたい名前とか名づけとかあるしね。大判焼きとか今川焼きとかベイクドモチョチョとかさ」
「最後の一つはおかしくないかしら?」
「でも、感情とかはもっと言葉の数を絞ってもいいような気がするんだよね。よく言われる愛と恋の違いとかさ、変に言葉がたくさんあるせいで、皆こんがらがっていると思うんだよ。もっと、シンプルになればいいのに」
好きだの愛してるだの惹かれているだの月が綺麗ですねだの、言葉が多すぎる。
世界がもっとシンプルになればいいのに。
そうなったら、僕みたいな人間でも生きやすい。
「感情の機微ってものがあるでしょ。それを表現するために言葉が生まれたと思うわよ」
「そんな細かいことなんて、とても好きとか、それなりに好きとかでいいじゃん。お慕いしてますとかつい目を奪われてしまうとか言われてもどの程度の感情か伝わらなくない?」
「風情がないわよ」
「人間関係に風情を求めるから難しくなるんだよ。好き、嫌い、普通ぐらいの雑なカテゴリだけだったら良いと思わない? 」
外からひときわ大きく、鐘のつく音が聞こえてきた。
除夜の鐘の音だろう。
時計を見ると、どうやら年を越したようだ。
あけましておめでとうございます......年が明けることってそんなにおめでたいことか?
まぁ、めでたいんだろうな。無事一年を乗り越えられた的な感じで。
白石さんは特に年越しの瞬間を気にすることもなく、本を棚に戻している。
十二時になったら寝るのがいつもの習慣だから、今日も変わらずに寝るのだろう。
僕も寝ようかなぁ、特にやることないし。
そう考えていると、白石さんは椅子を僕の横まで移動させて隣に座る。
口元が楽しそうに笑っているから、多分からかわれるんだろうな。
向かい合い、膝と膝がぶつかる距離まで近づいてくる。
「つまり、村瀬君は恋と愛の違いが分からなくて苦しんでいるってことでいいのかしら?」
「そうは言ってないよ。それに、それぐらいなら僕にも分かるよ」
「へぇ、どう違うの?」
「恋は盲目的で、愛は献身的だよ。自分本位か、相手本位の違いかな」
「普通の答えね」
「そういうもんでしょ。僕に面白い回答を期待しているほうが間違いだよ」
「それで、村瀬君から私に向けられる感情はどっちなのかしら?」
「......どっちだろうね」
言葉を濁し、妖しく輝く白石さんの瞳から目をそらす。
僕が言葉なんて少なければいいのにと思っていた理由が、今の状況に出てしまっている。
僕は白石さんに、恋しているのだろうか? 愛しているのだろうか?
きっかけはささいな事だった。
なんとなく今まで書き連ねてきた日記をぼんやりと振り返っていた時に、ふと考えてしまったのだ。
僕は、白石さんのことをどう思っているのだろう?
シンプルに言ってしまえば、好きではある。
わざわざ同じ家に住み、同じ大学を目指すぐらいだ。大好きと言っても過言ではない。
ただ、それが愛だの恋だのと言われると自分が分からなくなるのだ。
別に特別な事を求めているわけではない、彼女の横に居られればそれでいい。
この気持ちに名前を付けるのは難しかった。
自分の欲求を押し付けるわけではないから相手本位でもあるし、隣に居させてほしいという自分本位の気持ちでもある。
今まで自分の感情と向き合うことを怠ってきた僕は、結局言葉がたくさんあるから変に迷うのだと逃げることを選んだのになぁ。
それを見透かすかのように、白石さんは僕の首を撫でながら嬉しそうに質問してくる。
「逃げるなんて男らしくないわよ。ちゃんと二択で答えてほしいわ」
「ちなみに、白石さんは僕に対してどっちなの?」
「村瀬君が答えたら教えてあげる」
「......好きだよ、透」
「二択じゃないから却下ね。恥ずかしがるなら無理に名前呼びなんてしなければいいのに」
逃げるように別の選択肢を取ってみたが、あえなく却下されてしまった。
初めて名前呼びまでしたのに、僕が照れて終わるだけだった。
呼び方を変えるのはむず痒いものだと、今初めて知った。
「どうせ、愛と恋の違いが分からないから、言葉なんてなければいいとか思ったんでしょ?」
「僕も白石さんみたいにエスパーになりたいんだけど、どこで学べばエスパーになれる?」
「村瀬君は一生なれないから諦めなさい」
僕だけ毎回心を読まれるのは不公平だと思う。
ただ、こればっかりは向き不向きの問題だろうなぁ。
はあ、諦めて真面目に自分と向き合うかぁ。
首を触ることに飽きたのか、細い指先が僕の鎖骨を撫でて少しくすぐったい。
例えば、僕が白石さんと同じように体に触りたいという欲求があった場合、それはどちらに分類されるのだろうか?
自身の欲求からくるから、恋になるのだろうか?
それならば、彼女のこの行為は恋心に行われるスキンシップなのだろうか?
うーん、あまりしっくりはこない。
それならば、これは愛なのだろうか?
世間一般では、体を重ねることを愛を確かめる行為だと言うが、ボディタッチもその範囲に収まるのだろうか。
試しに僕も白石さんの右腕を触る。
白い肌に走る赤い傷跡は、指先ではほとんど感触の違いが分からない。
なめらかな肌に、人肌の熱が感じられて心地よい。
この感情は、彼女から得られる安心感は愛なのだろうか?
もし、体に触れて何も感じられないのなら、愛が無いということになるのだろうか。
それは、あまりにも独りよがりの考え方ではないか。
......どれだけ頭をひねったところで、経験も思慮も足りない僕の頭には答えが出てこないようだ。
仕方がないので、そのまま伝えることにした。
「分かんない」
「......分からないの?」
「大好きって事じゃダメ?」
「そんな小学生みたいなこと言わないでよ」
「たくさん考えたんだけどさぁ、何が愛で何が恋とか分かんなくない? 一時的な好意もあるし、ずっと続くと思う好意もあるからさ」
「例えば?」
「肌が触れ合うのは好きだよ、ずっと触られるのはイヤだけど、たまにこうやってお互いの肌を撫で合う時間は好きかな。あとは、何もなくてもいいから同じ場所にいるのはずっと変わらずに好きだと思う」
「私にベタぼれじゃない」
「だから大好きって言ってるんじゃん。でも、愛か恋かは分からないんだ。その違いって、そんなに大事なことなのかな?」
違いが分からないというよりも、多分どっちもあるんだろう。
僕は君に盲目的だ。君から向けられる感情が、僕を中心であってほしいと思う。
僕は君に献身的だ。君が望むなら、何回でもこの首を差し出そう。
僕は自分本位だ。ずっと僕のお喋りを聞いてほしいし、くだらない話で笑ってほしい。
僕は相手本位だ。ずっと君からお菓子の要望を出して欲しいし、美味しいものを作ってあげたい。
どっちの僕も、本当の僕だ。
だから、この気持ちが愛なのか恋なのかは言葉にすることが出来ないのだ。
愛だの恋だの、言葉が無ければもっとシンプルに気持ちが伝わっただろうに。
そう思っていると、白石さんは腹を抱えて笑い出した。
滅多に見ない大笑いだ。
目を閉じて、口を大きく開けて、黒い長い髪を揺らして、子供のように笑っている。
あぁ、キレイだな。
「うふふ、私のこと、そんなに好きなんだ」
「そんなに笑うこと? 結構真面目に思いを伝えたんだけどなぁ」
「だって、見たこともない真剣な顔で、すごい恥ずかしいこというんだもの」
今更になって、自分がとんでもないことを伝えていると気がついて顔が赤くなる。
冬だというのに、背中には少し汗をかいてきた。
変な話を振るんじゃなかったなぁ。
そう反省していると、白石さんは無邪気な顔で立ち上がり、僕の方に体を寄せてくる。
また過激な事でもされんじゃないかと、少しだけ体が強張った。
ただ、彼女の唇が僕の首に軽く触れるだけで、それ以上は何も起こらなかった。
「ふふ、何緊張してるのよ」
「いや、また舌でも入れられるのかと」
「痴女みたいな扱いはやめて」
「大丈夫? 痕とかついてない?」
「つくほど強くしてないわよ。それとも、痕をつけてほしいの?」
「だいぶ痴女よりの発言じゃない?」
「くだらないこと言ってないで、そろそろ寝るわよ」
そう言うと、僕の手を引いてベッドに向かって彼女は歩き出す。
年が変わっても、僕は変わらず抱き枕のようだ。
ただ、今日は趣向が違うらしい。
クリスマスの時は抱き合って寝たが、今回は僕が下敷きになる形のようだ。
明かりが消えた部屋では、腹のあたりに馬乗りになった白石さんの表情を確認することはできない。
彼女の手が僕の首や体をペタペタと触っている。
僕も下から白石さんの体を触ってやろうかと思ったが、何かよくないことに発展しそうな気がしたのでなにもせずにされるがままにされている。
「結局、白石さんは僕に対してどっちなの?」
「二択で答えてないじゃない」
「でも頑張って答えたんだからさ、教えてくれてもいいじゃん」
「......言わないと分からないの?」
「僕はエスパーじゃないからね。言葉にしてくれると嬉しいんだけど」
「......はぁ、白けたわ。寝ましょうか」
そう言うと彼女は馬乗りをやめて僕の横に寝転がる。
僕の問いには、答えてくれないようだ。
クリスマスの時のように向かい合う。
いつもなら体に伸びる手が、僕の首に添えられている。
温かい。第一感想がこれの時点で、僕はもうだいぶ毒されている。
「あぁそうだ、あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「あけましておめでとう。今年は、村瀬君の頑張り次第ね」
「何を頑張ればいい?」
「それを考えて実行してちょうだい」
「うーん、難しいね。してほしいことを教えてくれるととても助かるんだけど」
「村瀬君は、少し女心を学ぶべきね」
難しいことを言う。
僕は男なんだから、女心を理解できる日はこないだろう。
せいぜい、知った気になれる程度だ。
でも、その知る努力をして欲しいんだろうなぁ。
頑張るか、時間はたくさんあるしな。
何から手をつければいいかな。
考えている内にまぶたが段々と重くなる。
僕も白石さんに似て、寝つきが良くなってきた気がする。
そのまますぐに、意識を手放した。
「......私も、大好きよ」
だから、最後にかすかに聞こえた呟きが、夢か現実かは僕には分からなかった。
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