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冗長な僕と淡白な君  作者: アストロコーラ
高校三年

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67/74

積み重ねてきた日々に

 昨日から降り続く雪は、一夜明けてもいまだ止むことはなく、街を白一色に染め上げている。

 どうやらお天道様は気を利かせて雲に隠れてくれているらしい。

 今日は、ホワイトクリスマスになりそうだ。

 学校も冬休みに入り、入学手続きも諸々済ませた。

 あとはアパートを決めるぐらいだろうか。

 これは白石さんに一任しているので、僕としてはもう高校生活でやることは特にない。

 気楽でいい、やらなければならないことが全て終わっているという解放感。

 三学期も一度テストを受けたら自由登校期間になるし、あとはウィニングランを残すだけだ。

 思わず鼻歌を口ずさんでしまうのも、仕方のないことと言えるだろう。


「機嫌が良いわね」

「ホワイトクリスマスだよ。否が応でもテンションが上がるってものでしょ、世間一般からしたら」

「そう」

「折角だし、僕らも普通のカップルみたいなクリスマスデートをしようよ。やらなきゃいけない課題も特にないし、急いで決めなきゃいけないこともないんだしさ」

「あんまり乗り気にならないわ」


 珍しく浮かれ切っている僕とは真反対に、白石さんは気だるそうに椅子に深く腰掛けてぼんやりとしている。

 読書をするわけでもなく、勉強をするわけでもなく、ちびちびとコーヒーを飲んでいる。

 白石さんはたまに、こういった様子を見せることがある。

 省エネモードというべきか、何もしないで虚空を見つめるだけの日が月に一回ぐらいのペースにくる。

 甘いものを食べる時ぐらいだろうか、それ以外はずっとぼんやりと座っている。

 たまにぼんやりしてるだけかと思えば、熱がある日もあったりするから注意しないといけないのだけれど、今日は熱はなさそうだ。

 ただただゆっくりしたい、今日がその日のようだ。

 運悪く、クリスマスと被ってしまったらしい。

 街中に繰り出して、手をつなぎながらウィンドウショッピングをして、二人でプレゼントを買い合って、イルミネーションを見て帰る。

 そんな普通の学生カップルがしてそうなことを体験してみたいと思ったが、今日は出来なさそうだ。

 まぁ、いいか。

 別にクリスマスじゃなきゃできないことではないしな。

 冬休みなんだし、別に今日じゃなくてもいい。

 大みそかでも年明けでも、どのタイミングでもいい。

 二人で出かけることが重要なのだ。

 普通のカップルっぽいことがしたいのは、あくまで僕の要望であってそれを白石さんに無理強いするつもりもない。

 そうなると、丸一日空いてしまった時間をどうやって使おうかな。

 手の込んだお菓子でも作ろうかな、ブッシュ・ド・ノエルとかミルフィーユとか。

 僕はあんまり、装飾にこだわるようなお菓子は作らないから、いい機会かもしれない。

 アラザンとかスプレーチョコで飾りつけするようなケーキでも悪くない。

 今から店に行って在庫あるかな?

 そうと決まったなら、早めに動こう。

 寝間着から着替えて、何件か巡ればそれなりには揃うだろう。

 そう思って立ち上がった時、白石さんも同じタイミングで立ち上がった。

 おや、エンジンがかかったのかな?


「決めたわ」

「何を?」

「今日は寝て過ごすわ」

「そうかい。まぁ、たまにはそういう日があってもいいんじゃない。今年は基本的にずっと休まずに勉強ばっかりしてたし、だらける時に思いっきりだらけるのも大事だと思うよ」

「そうね、じゃあ行くわよ」

「......なんで僕の腕を掴んでるの?」

「抱き枕でしょ?」


 そのままズルズルとベッドまで引っ張られていく。

 白石さんって細身の割に力あるよなぁ。

 定期的に運動してるからかな、今度から僕も一緒に運動しようかな

 現実逃避をしていると布団まですぐにたどり着いてしまう。

 仕方がない、彼女が寝るまでいつも通り背中を貸そう。

 寝たら、起こさないように枕でも抱かせて、買い物にでも行こうかな。

 そう思っていると、白石さんは何か思いついたようで、ニヤリとしたあとにこちらに向かって手を広げてくる。


「たまには、抱き合って寝ましょう」

「......背中じゃダメ?」

「それじゃあいつも通りじゃない。クリスマスらしく、特別な事をしたいんでしょ?」

「そういう大人らしい事がしたいわけではないんだよなぁ。学生の範疇でいたいのに」

「ハグだけなら全然学生らしいじゃない。それとも、やましいことでも考えていたのかしら?」


 やはり、口での勝負は勝てそうにない。

 これ以上何か言うと、もっと過激な要求になりそうなので何も言わずに白石さんに抱きつくことにした。

 相も変わらず、柔らかいし良い匂いがする。

 布団の温かさと人肌のぬくもりが相まって、僕も段々と外出する気分が無くなってくる。

 もう、今日は全部適当でいっか。


「はぁ、なんかやる気が一気に無くなってきたなぁ」

「人に抱きつきながら言うセリフじゃないわよ」

「もっとこう、散歩したり公園のベンチでゆっくりしたりそういうことがしたかったんだけどね」

「私と一緒に寝るのはイヤなの?」

「そういうわけじゃないけどさ、なんというか、高校生らしくないよ」

「らしいとか、普通とか、健全とか、村瀬君はつまらない人間だわ」

「無個性で、異常で、不健全よりかははるかに良いと思うんだけど?」

「面白くないって言ってるのよ」


 一緒に寝るようになってからもう四か月以上経つけれど、向かい合って寝るのは初めてかもしれない。

 お互いの吐息がかかる、鼻先が触れ合うような距離感での会話に、鼓動が速くなる。

 いつもと変わらず同じ布団に入っているだけなのに、向かい合うだけでこうも緊張するとは。

 改めて白石さんの顔を見つめなおす。

 毎日丹念に手入れされた黒髪は、カーテンから漏れたわずかな光だけで十二分に輝いており、甘い柑橘系の匂いがする。

 日焼けとは縁遠い白い肌は陶器のように滑らかで、一切の穢れを感じさせない。

 目も口も鼻も、すべてが端正に整っていて、僕が不満に思う点は何ひとつない。

 うーん、僕、結構ベタぼれかもしれない。

 よくもまぁ、あんな出会いからこんな関係になれたものだ。


「もう少ししたら、出会って二年経つって信じられる?」

「別に不思議じゃないでしょ」

「そう? 僕は結構奇跡的だと思うけどね。話しかけた時は割とダメもとで話しかけたし、こんなに長続きする関係になるとは思わなかったよ」

「思い出話でもしたい気分なの?」

「あぁ、それも悪くないね。あんまりそういう話してこなかったし、いい機会なんじゃない?」


 思い返せば、二人で過去を振り返るような話はしてこなかったなぁ。

 お互いの秘密を共有するぐらいで、高校生活での思い出話に花を咲かせるなんてことはしてこなかった。

 たまには、そういう話をするのもいいだろう。


「今思えば、偶然の連発だったなぁ。たまたま僕が白石さんの傷跡を見たり、たまたま白石さんが僕のバイト先に来たり、石井君に変な誤解のされ方が彼氏役のスタートだったり」

「私のミスがなければ、出会わずにいられたのにね」

「僕はそのミスに感謝してるけどね。多分、白石さんと会えなかったら、今もつまらない日常に苦しんでいたと思うよ」

「大げさね」

「大げさじゃないさ。生き方も、楽しいと思えることも、努力することも、全部君からもらったものだから。だから、出会えて良かったよ」


 教室で進路に悩んでいる時に声をかけてくれたのも、お菓子を作る楽しさを実感させてくれたのも、テスト勉強をするようになったのも、全部彼女のおかげだ。

 そう考えると、僕はもらってばかりだな。

 少しでも、白石さんにお返しが出来ているといいんだけど、あまり力になれている実感はない。


「夏祭りも、二人で行ったりしたね。今年は受験勉強で行けなかったから、来年の夏は何かしたいね」

「あれを夏祭りに行ったとカウントしていいのかしら?」

「......まぁ、夏祭りの日に集まって、夏祭りの開催場所にはいたから」

「物は言いようね」


 そう考えると、結局僕らは人がたくさんいる場所には出かけてないのかもしれない。

 二人してインドア派なのだ。そうなるのも仕方がないのかもしれない。


「そういえば、初めて白石さんが僕の家に来たのも夏休みだったね」

「あの時と比べると、生活感がある家になったわね」

「何にもなかったからねぇ。自炊するようになったし家電もある程度揃えたし、物はたくさん増えたかな」

「冷蔵庫の電源すら入ってないことに気がついた時は、少しめまいがしたわ」

「その節はお世話になりました」


 僕が車に轢かれて、バイトを無断欠勤したせいで白石さんが僕の家まで見舞いに来てくれた。

 僕の身の上話をしたのもこの日か。

 白石さんの話も聞けたし、ある意味事故のおかげかもしれない。いや、やっぱりあの運転手は許さない。


「一ノ瀬さんが来たのもこの頃ね」

「彼女の話はやめよう。いい思い出が無いんだ」

「面白い子じゃない」

「白石さんと一ノ瀬さんってそんなに仲良かったけ?」

「こないだ一緒にお昼休みの時間過ごしたわよ」

「えぇ、あんまりイメージがつかないなぁ」

「えっちしたのって聞かれたわ」

「......僕は何も聞いてないから」

「いつ、石井君を襲うと思う? 私は春休み中に何かあると思うわ」

「僕は何も聞いてないから」


 どうやら一ノ瀬さんが石井君狙いのことは知っているようだ。

 法律的に可能とはいえ、親戚同士の結婚はインモラルに感じてしまう。

 まぁ、一ノ瀬さんのことだから、どうせ周りの人間への根回しは済んでいるんだろうけど。

 石井君、頑張ってくれ。応援はしてないけど、いい結果になることを祈っているよ。


「その二人のせいで、文化祭も出ることになったのが懐かしいね」

「いつになったら、村瀬君は私を本気にさせてくれるのかしら?」

「ねぇ僕のファムファタル、結構僕頑張ってる方だと思うんだけど、まだ足りないの?」

「だって、いつも私よりドキドキしてるじゃない。ほら、今も鼓動がうるさいわ」

「これ、白石さんの音だったりしない」

「確かめてみれば?」

「……僕の音だからいいよ」

「いつになったら、村瀬君は男らしくなるのかしら」


 豊満な、とは言えないが決して小さくはない、白石さんの胸が僕の体に押し付けられる。

 僕の高鳴る鼓動は、寝間着だけでは大して遮られずに彼女に伝わってしまっているようだ。

 くすりと、彼女の唇が楽しそうに釣り上がり、僕を見る目が愉快そうに熱を帯びる。

 僕が、白石さんを一方的にドキドキさせられる日は来るのだろうか?

 来ない気がするなぁ、ファーストキスで舌入れてくる相手に勝つのは無理だと思うんだ。

 一生、尻に敷かれ続けるんだろうなぁ。

 それがイヤじゃないから、僕はもう手遅れなんだろう。


「水族館にもまた行きたいね。知ってる? あの水族館近くに観覧車あるんだって」

「観覧車って面白いの?」

「さぁ、僕も乗ったことないから分からない。でも、確かめるために乗ってみるのも悪くないんじゃない?」

「......それもそうね」

「水族館自体も、初めて行って思ったよりも楽しめたから、二人なら何でも楽しめるんじゃないかな」


 そういえば、修学旅行サボって行ったんだ。

 白石さんが風邪を引いて、見舞いに行ったのもその時か。

 合鍵の交換も、同じ布団で寝たことも、ずいぶんと昔のように感じる。

 僕が感慨に耽っていると、白石さんの頭が僕の首元に寄せられる。

 どうやら、眠くなってきたようだ。

 いつもなら布団に入ってすぐに寝るから、今回は長く持った方だろう。


「お昼ごはんはどうする?」

「……起きてから考える」

「そっか、甘いものは?」

「......ショートケーキ」


 それだけ答えると、すぅすぅと穏やかな寝息が聞こえてくる。

 まだ、話したいことばかりだけれど、また今度話せばいいか。

 少しだけ色あせてしまった黒のエプロンも、一年分埋まった日記帳も、彼女から貰った物への感謝を伝えたいしなぁ。

 向かい合う形だと、背を向けている時よりも寝息がしっかりと聞こえるような気がする。

 小気味のいいリズムで刻まれるその呼吸に、僕もつられて眠くなってくる。

 もう、今日はなんでもいいか。

 最初に考えていた手の込んだお菓子作りの気持ちを投げ捨てて、白石さんを抱きしめる腕に少しだけ力を込める。

 僕も寝ちゃおう。

 起きてから、二人でどうするか考えればいい。

 なんでもいい。

 なんでも、二人なら楽しめるさ。

 気持ちのいいまどろみの中に、意識が沈んでいった。


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