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冗長な僕と淡白な君  作者: アストロコーラ
高校三年

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閑話 赤と黒の少女

ごく普通の、ありふれた家族であったと思う。

優しく、物腰柔らかで、本を読むことが好きであったパパ。

感情豊かで、スキンシップが多く、家族のことが誰よりも好きだったママ。

そんな両親の間に生まれたから、私も伸び伸びと過ごすことができた。

幼稚園の時、親とケンカしたと叫ぶ男の子が理解できなかった。

私の両親は、ちゃんと私の話を聞いてくれるから。

優しい目をして、私のわがままを笑わないで聞いてくれるから、私の癇癪はすぐに収まった。

小学生の時、親が嫌いと陰口を叩く女の子が気持ち悪かった。

私の両親は、私を愛してくれていると感じていたから。

抱き上げるパパの手の暖かさや、語りかける母の柔らかな声に、私に対する想いを感じ取っていた。

だから、私は普通の女の子だったと思う。

パパの真似をして、本を読むようになった。

ママの姿を見て、恋に恋する少女になった。

いつかカッコいい王子様を見つけて、その人と最期まで添い遂げることが私の憧れだった。

両親の姿から、愛は、人を想う気持ちは大切なものなんだと思っていた。

私もパパとママみたいな、幸せな夫婦になりたいと、夢を見ていた。

それが、当たり前だと思っていた。

子供らしい、バカみたいな理想だった。


「わたし、大きくなったらパパとママみたいになりたいな!」

「あら、パパみたいな男は大変よ? 奥手すぎて全然話が進まないんだから」

「君が強引なだけだよ。ママみたいになっちゃだめだよ、相手の気持ちも考えなきゃ」

「私が嫌い?」

「そうは言ってないよ。ただ、もっと僕の気持ちを考えてほしかったんだよ」

「拒否しないあなたが悪いわ。ほら、抱きついても抵抗も何もしないじゃない。透もこっちにおいで」

「わーい!」

「重いなぁ」

「愛の重さよ、存分に感じるといいわ」

「パパ好きー! ママも好きー!」


ずっと、陽だまりのような日々が続くと、本気で思っていた。


——————————


「イヤぁ! そんなはずない! イヤああぁあぁ!!!!」


黒、黒、黒。

見渡す限りの黒の群れ。

壇上には笑顔の父の写真が見たこともない花々で飾られて、まるで豪華な誕生日のようだった。

どうして、そんな日に、皆は真っ黒の服を着て、浮かない顔を浮かべているのだろう?

どうして、ママは箱にしがみついて泣き叫んでいるのだろう。

どうして、パパは、ずっと家に帰ってこないのだろう?

箱の隙間から見えた、静かに眠るパパの姿に、何故だか分からないけれど、涙が止まらなかった。

髪を振り乱し、見たこともない表情で叫ぶママの横で、じっと、じっと立ち尽くすことしかできなかった。


「交通事故だってよ......まだ娘さんも若いってのに」

「家族思いのいいやつだったのになぁ......」

「奥さん、すごいやつれているけど、大丈夫なのか?」


誰かが、パパの話をしている。

誰かが、ママの心配をしている。

その全てが、耳を通り抜けて、何も分からなかった。

ママは最期まで箱に張り付いて、叔父さんが引きはがすまでずっと、ずっと泣き叫んでいた。

枯れ果てた喉でパパの名前を叫ぶママの声が、耳にこびりついて離れない。

燃えて灰になったパパはどこに行くのだろう。

こないだ読んだ本には、魂は天国に行くと書いてあったけれど、それならばここにある灰には何の意味があるのだろう。

何も、分からない。何も、考えたくない。

私の理想は、半分真っ黒に染まってひどく歪なものになってしまった。


——————————


パパのいない家は、ひどく静かで、荒れ果てたものになってしまった。

ママはずっとパパの写真の前で静かに泣いて、思い出したかのように物に当たってはまた崩れて泣いてしまう。

パパがいない今、ママを助けられるのは自分しかいないと思い、出来ることは全てしようと思った。

掃除洗濯を覚えた、料理を覚えた、人付き合いを断ってすぐに家に帰ることを覚えた。

いつか、ママが立ち直った時に、また笑い合える時に力になれるように、たくさん頑張った。

様子を見に来る叔父さんは、そんなわたしを見て少しだけ悲しそうな顔をしてから、わたしのことをたくさん褒めてくれた。

それから、どれだけ経っただろう。

小学校でわたしの友達がいなくなったころ、ママの様子が少しずつ変わり始めた。

泣かなくなった、物に当たらなくなった、ただただ、わたしを観察するようになった。

やつれて、くぼんだ生気のない顔で、瞳だけがわたしを見つめている。

昔のママと違う人に見えて、とても怖かったけれど、大好きなママに戻ってほしくてたくさん頑張った。

料理も、二人が好きだったシチューだってなんだって作れるように努力したんだよ。

だから、そんな目で見ないで、ママ。

前みたいに、笑い合おうよ。


「透は、悲しくないの?」

「え?」

「パパに、会えなくて悲しくないの!?」


そこには、もう私が知っているママはいなかった。

潰れてしゃがれた声は、愛を囁いていたママの声じゃない。

ギラギラと私を睨む目は、パパを恋する少女のように見ていたママの目じゃない。

包丁をわたしに突きつける顔は、わたしを強く抱きしめてくれたママの顔じゃない。

もう、何もかもが手遅れだったことに、気がついた。


「そうだ、また三人で暮らしましょう。パパのいるところに行きましょう」

「ママ......」

「透もその方がいいよね。パパに会いたいもんね。三人でやり直しましょう。こんな悪い夢から早く覚めて、また皆でおでかけしようね」

「ママ!」


叫ぶわたしの声はもう届かないようだ。

鈍色に輝く刃がわたしに振り下ろされる。

ねぇ、ママ。

わたしだけじゃ、ダメだったのかな。

愛って、そんなに大事なのかな。

焼けるような痛みが右腕に走って、どくりどくりと血が流れていく。

体の熱が、全て右腕に集まって行くように体の芯は段々と冷えていく。


「ごめんね、透。私もすぐ行くから。そうしたら、三人で会えるよ」


倒れたわたしにかけられた声は、少しだけ昔のママみたいに優しい声だった。

ねぇ、ママ。

わたしって、パパがいないと意味がなかったのかな。

残った半分の理想が、真っ赤に沈んで消えていく。


——————————


「おはよう、今日は珍しく僕よりねぼすけさんだ」


目を覚ます。

昔の夢を見ていたらしい。

右腕を見る。

寝間着がめくれて露わになった肌に、今も消えない傷が一筋走っている。

意味もなくぼんやりと眺めていると、部屋の主が心配そうに声をかけてくる。


「本当に寝ぼけてるね。悪い夢でも見たかい? 二度寝でもするかい? いい夢を見れるように添い寝でもしてあげようか?」


いつものように良く回る口を聞き流す。

これが、私の王子様?

どうしようもなく、頼りのない王子様だ。

人付き合いを避けるようになった私にまとわりついてきた変わり者。

私を脅してきたかと思えば、自分から勝手に秘密を教えてきた変わり者。

どれだけ冷たい態度を取っても、ずっと私に話しかけてきた、私のことを好きな人。

あぁ、理想は赤黒く変色してしまったが、私に流れる血はどうやら変わってはいないようだ。

パパ、パパの真似で始めた読書はもう、生活の一部になったよ。

ママ、パパに対する想いが今なら少しは分かるよ。

私は彼がいなくなっても壊れたりはしないけど、この生活がなくなったら寂しいと思う。

心配そうにこちらを見つめる彼に、どうしようもなくいたずらしたい心が抑えられない。


「ねぇ、冷蔵庫のイチゴ取ってちょうだい」

「ショートケーキ用のイチゴだったんだけどなぁ、まぁいいか」


ヘタを取って、小粒のイチゴを持って彼が戻ってくる。

真っ赤に熟れたイチゴはとても美味しそうだ。

イチゴを受け取って、そのまま食べずに彼に指示をする。


「私の横に座って」

「おやおや、注文が多いね。よほど怖い夢だったんだねぇ。僕にできることならなんでもしようじゃないか」


軽口を叩きながら私の横に座る彼は、いつも余計な一言が多い。

実行するかどうか少し悩んでいた心が、彼の言質によって決心がつく。

ベッドから体を起こし彼の体に近づく。

キョトンとしている間の抜けた口に、持っていたイチゴを押し入れる。

びくりとした彼の首を握ってベッドに押し倒して馬乗りになる。

そのまま唇を合わせて、彼の口からイチゴを奪うように舌を入れる。

歯で傷ついたのか、舌で押しつぶされたのか、甘い甘いイチゴの果汁が口に広がる。

思ったより、舌で物を動かすのは難しい。

少しだけ悪戦苦闘して顔を離すと、顔を真っ赤に染めた村瀬君の顔が見える。

何をされたか、分かってテンパっているようだ。


「えっ? えっ?」

「ごちそうさま、二度寝するから、ちゃんと抱き枕になってよ」

「説明がほしいんだけど、なんで僕襲われたの?」

「なんでもするって言ったじゃない」


まだ何か喋っている彼を無視して、彼に抱き着いて目を閉じる。

高鳴る鼓動が、熱く体を巡る血が心地よかった。

どうやら、恋に恋する少女の性根は、簡単に変わってくれるものではなかったようだ。

これが恋と言っていいかは分からないけれど、ここにある熱だけは本物だ。

今回は、悪い夢は見なかった。


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