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冗長な僕と淡白な君  作者: アストロコーラ
高校三年

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欠けた車輪で寄り添って

「なんかさぁ、普通ってもっとこう、段階を踏んでいくもんじゃないかなぁ」


 パチリパチリと弾けて、空に舞う火の粉を見ながら僕は言う。

 時代の影響だろうか、去年より質素になったキャンプファイヤーを図書館から僕らは眺めている。

 今は文化祭二日目、後夜祭の真っ最中だ。

 受験生である僕らに参加義務はないので、とりあえず出欠だけ取ってずっと図書館で勉強していた。

 最初は後夜祭の時間だけ、去年と同じように白石さんと二人でゆっくりしようと考えてた。

 ただ、後夜祭の時間に空き教室で二人っきりで過ごすことが今年のカップルのトレンドらしい。

 長続きするジンクスがあるとかどうだとか。

 なんでも、去年のベストカップルが二人で踊っているところを見た人が広めたらしい。

 ……人の目ってどこにでもあるなぁ。

 仕方がないので帰ろうと思ったら、白石さんが今年は図書館の戸締りをする必要があるらしく、二人で遅くまで残っていた。

 図書館の先生が急用が出来たため、鍵を預かっているらしく、今は二人だけの貸し切りだ。

 揺らめく炎の明かりに照らされる白石さんの顔は、どことなく楽しげだ。


「段階って、どんなふうに?」

「普通に友人として付き合って、お互いに意識しあって、告白から両想いになって、手をつないだり買い食いしたりとか」

「全部したじゃない」

「いや、そうだけどさぁ。なんか、順番がぐっちゃぐっちゃすぎない?」


 結局、夏休みからずっと白石さんは僕の家に住み着いている。

 生活音とかプライバシーとかもっと気になるかなと思ったけど、別に問題は起きずに日常を過ごしている。

 たまに学校の帰り道とかに手をつないでみたりするけれど、僕がからかわれて終わるだけだ。

 僕から大きなアクションを起こすことはしていない。

 去年は耳たぶを噛まれ、今年は舌を入れられて。

 僕から行動すると、特大のカウンターを決められると学習したので受け身の姿勢だ。

 だから、今も触られている自分の首のことは気にしないことにしている。

 何が面白いか分からないけれど、白石さんが楽しいならそれでいいよ。


「もっと、普通の高校生の恋愛がしたいんだよ。甘酸っぱい恋ってやつを。首絞めたり、いきなりベッドで添い寝したりとかは段階を飛ばし過ぎたと思うんだよ」

「そこまで言うなら、村瀬君がリードしなさいよ」

「......普通の恋愛って、何からするのが正解なの? 僕、今まで恋愛してきたことないから分からないや」

「あなたから言い出したことなのに」

「いや、正解は分からないけど、今が間違ってるってことは分かるんだよ。さすがに倒錯的すぎるよ。もっと、少年誌の恋愛みたいな展開がいいんだ」


 歓声が上がるキャンプファイヤーの方に目をやると、男女たちがぎこちなく手をつなぎ踊っている。

 ああいう、初々しさが普通の高校生らしいんじゃないだろうか。

 決して、僕らのように同棲したり首絞めたりする仲ではないはずだ。

 僕の首を触る手の先に、少しだけ力が込められる。

 指の温もりが、圧迫感に変わる。

 ちょっとだけ苦しい。

 白石さんの顔を見ると、蠱惑的な笑顔を浮かべて僕の顔を見ている。

 良くない癖がついてしまったような気がする。

 彼女も、それが嫌いじゃない僕も。


「村瀬君って、普通とか健全とかにこだわるのはなぜ?」

「え?」

「よくあなた言うじゃない、『健全な男子高校生』とか『普通なら』とか」

「あぁ、確かに。僕はよく言うかもしれないね」

「そんなものに、今更何の価値があるというの?」


 その声には純粋な疑問と、わずかな苛立ちを感じる。

 僕が普通を求めるたびに、普通ではない僕らの関係の否定を感じているのだろうか。

 それとも、煮え切らない僕の性格か。

 どちらにせよ、グダグダとする僕に対する怒りが少しはあるようだ。

 表情は変わらずに、ずっとほほ笑んでいる。

 それが逆に、プレッシャーに感じる。


「僕が、普通じゃないからかな」

「私も、普通じゃないわよ?」

「それはそうだけどさ、世界は僕らだけで完結するわけじゃないでしょ? 生きていくうえで、絶対に人と関わるんだ。その大多数の人は普通の人生を送って、普通の感性で生きていくんだよ。知っておいた方が、後々楽になりそうじゃない?」

「本当に、そう思ってる?」


 指先だけが触れていた首に、手のひらがべったりとくっついて圧迫感を増す。

 彼女の唇が、僕の耳元で呟く。


「あなたなら、私となら二人だけで生きていけると思わない?」

「それは、どうして?」

「だってそうでしょう、お金もある、好意もある、理解もある。お互いの世界だけで、完結して生きていけるわ。私たちは」


 甘い囁きが、脳をかき乱す。

 ほぼ抱き合っているような体勢だから、表情は確認できない。

 ただ、声色が楽しそうだから、これも僕をからかっているのだろう。

 それが分かるくらいに、もう僕は白石さんのことを知っている。


「それはただの依存でしょ。白石さんとは一緒に生きていきたいけど、お互いに健全な生き方が僕はしたいよ」

「もう、お互いにつまずいてしまったのに?」

「つまずいたからだよ。起き上がっちゃいけないなんてルールはないでしょ」


 僕らはもう、一度レールから外れてしまった身だ。

 僕の正常な道は両親と共に消え失せてしまった。

 雪山で絶望し、ただただ生きるだけの木偶となっていた頃を思い出す。

 ずいぶんと、ずいぶんと僕は変わったようだ。

 普通に生きたいと、思えるようになるほどに。


「それで、満足した? だいぶ恥ずかしいんだけど」

「えぇ、十分に満足したわ。からかい甲斐があるわね」

「真面目に答えたつもりだけどね。そもそも、白石さんが僕と二人きりの世界とかイヤでしょ」

「あら、ちゃんと村瀬君のことは好きよ」

「じゃあ、僕に依存してくれるかい?」

「依存するだけの魅力はないわよ」


 体が離れて、ようやく見えた彼女の顔は愉快に笑っている。

 昔は、といっても去年の話だが、笑った姿は貴重だったのに、今では表情豊かになったものだ。

 僕をからかうときの表情は特にそうだ。

 ふと、明かりが消えて室内は暗闇になる。

 どうやら、キャンプファイヤーは終わりのようだ。

 僕らも、家に帰るタイミングだろう。

 白石さんに声を掛けようとしたその時に。

 頬が温かな手のひらに覆われて、唇に何かが触れる。

 あまりにも唐突で、一瞬だったために何が起きたか理解するのに時間がかかった。

 くすくすと、僕を笑う声が図書館にこだまする。


「どう? お望みの普通の高校生らしいでしょ?」

「......心臓に悪いから、事前に声掛けしてくれると嬉しいね」

「今からキスしますって? それも普通じゃないでしょ」

「もう普通とかどうでもよくない?」

「あなたから言い出したことでしょ。ふふ、今真っ赤でしょ。顔、熱いわよ」


 僕の顔を触る彼女の指が、くすぐったくて仕方がない。

 何か言い返してやろうと思ったが、どうにもいい言葉が思いつかなかったのでされるがままにされている。

 瞬間、暗闇に光が走って白石さんの顔が見える。

 遅れてドンッ、っと大きな音が弾けて、夜空を彩り始めた。

 どうやら、今年は花火が上がるようだ。

 色鮮やかな光で暗闇を染め上げている。

 刹那に見えた、彼女の表情が花火のせいではないとしたならば。


「白石さんも照れるんだね。顔、赤かったよ」

「......花火の色でしょ」

「いやぁ、照れた顔見れてよかったなぁ。安心したよ、僕に魅力を感じていただけるようで」

「すぐ調子に乗る癖は、直した方がいいわよ」


 顔を触っていた指がそのまま首にスライドして降りてくる。

 照れ隠しだろうか、いつもより首を握る指に力が入っている。

 おやおや、可愛らしいことをするものだ。

 花火の明かりで僕の悦に入った表情が見えたのだろうか、一層力が込められる。


「白石さん、それ以上はしゃれにならない。照れ隠しにしては力が強いよ。知ってる? 今時暴力系ヒロインって流行らないらしいよ?」

「うるさいわね、照れてないわよ」

「あぁ! 分かった! 分かったから! 本当に苦しくなってきたって!」


 ぼんやりとし始めた視界に映る、赤い彼女の表情はとてもキレイだった。

 ……ディープキスのときより恥ずかしがってない?

 案外、少女チックなことに抵抗があるのかもしれない。

 今度攻めるなら、その方向性で攻めてみようか。

 ギリギリと絞まる首に、今度はあるかどうかは分からないけれど。

 抵抗するように撫でた彼女の右腕は、僕に負けず劣らず熱がこもっていた。

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