僕の世界
心身ともに健康であることを祈るべきである
健全な精神は、健全な肉体に宿ると言った人間を僕は許せない。
なんだい、体が強くないと真っ当な精神性は育たないのかい?
それを教育する側が言うのは、怠慢なんじゃないか?
その使い方は誤用って知ってるけどさ。
現在僕はレクリエーションという名のバスケットボールに駆り出されている。
なんで球技でクラスメイト間の仲が縮まるなんて考えるんだ?
なんでレクリエーションなのに大会形式にしちゃうんだ?
運動部と文化部の溝が深まるだけな気がするんだけど。
そもそも、レクリエーションなんて関係なしに、クラスに馴染める奴は馴染めるし、ぼっちはぼっちだ。
コートの真ん中で突っ立って、ボールが跳ねる様子をただ眺めている。
僕の役割は、流れてきたボールを誰かにパスするだけの簡単なお仕事だ。
クラスメイトのイケメンが中心に声を出して、汗を流している。
女子の黄色い声がイケメン君に向けられる。アイドルみたいだ、すごいね。
スコアボードをちらりと見る。
点差はなし、時間も残りわずかの白熱した試合らしい。
バスケって同点の場合どうなるのかね、延長戦するのかな? 面倒くさいねぇ。
イケメンがシュートを放つ。力まず、しなやかに、正確なフォーム、に見える。素人に違いは分からん。
放物線を描いたボールは惜しくもリングに当たる。
「リバウンド!時間ないぞ!」
浮いたボールをぶつかり合いながら取り合う。
僕が混ざったらぺしゃんこになるだろうなぁ。
相手のチームが先に強くボールを叩く。
バウンドしながら僕の元に転がってくる。
「打て!」
嫌だなぁ、こういう試合を左右するタイミングに限ってボールが回ってくるんだから。
敵も味方も一斉に僕に見る。勘弁してくれ。
まぁ外しても負けじゃないし、適当に投げるか。
力一杯にボールを投げる。フォームなんか皆と比べてぐちゃぐちゃだ、恥ずかしいね。
僕の手もとからボールが離れた瞬間、試合終了を告げるブザーが鳴る。
ひょろひょろと進むボールが、リングに吸い込まれるようにネットを揺らした。
おや、ブザービートってやつかい? まぐれってのはあるもんだ。
ドッと味方から歓声が沸く、イケメンが僕の肩に手を回しながら喜びを表現する。
「村瀬君、やるなぁ! 良く決めた、お前のおかげで勝ちだよ!」
「たまたまだよ」
真のイケメンは心までイケメンらしい。
どう考えたって、試合中ずっと走り回っていた君のおかげだと思うよ。
もっと自分の活躍を誇ればいいのに。ほら周りの女子も君の名前ばっかり叫んでるよ。
集まるクラスメイトからこっそり離れる。
今日の僕の出番はこれで終わり、はぁ疲れた疲れた。
体育館の端に座る白石さんを見つけたので、近寄る。
体操着の下に黒いインナーを着ている、5月なのに長袖にインナーは暑くないのかな?
まぁ、着ない選択肢は彼女にはないだろうけど。
「あー疲れた疲れた、慣れない運動はするもんじゃないね。明日は筋肉痛だね」
「汗一つかいてないじゃない、もっと動いたほうがいいわよ」
「汗かきにくい体質なんだよ。それより、見ていてくれたんだ。試合を決めた僕のブザービートはどうだった? カッコよかったかい? 人生で一度あるかないかの機会を君に見せれてよかったよ。たまにはいい姿も見せないとね」
「たまたまじゃない。あなたの力でボールがゴールに届いたことに感動したわ」
「たまたまをここ一番で持ってこれるのが素晴らしいんじゃないか。ほら、“持ってる”ってやつ」
「まぐれ当たりをよくそこまで解釈できるわね」
彼女の言葉を聞き流し、横に座る。
ひんやりとした床の冷たさが心地よい。
「なんで私の横に座るのよ」
「他に居場所がないからね。あのクラスメイトの輪に今から混ざれると思う? 僕は無理だなぁ」
「その為のレクリエーションじゃない。クラスに馴染むための時間でしょ」
「今ぼっちの白石さんがそれを言うのかい? その理論なら君もあの場に居なきゃいけないと思うけど」
「私は嫌われてるからいいのよ。あなたは空気なだけでしょう?」
反応に困るね、その返しは。
白石さんの噂は、ぼっちの僕にも耳に入るぐらいだ。
本人が自覚できるとは、相当嫌われているらしい。それよりも僕って空気扱いなのか。
「そんなに嫌われるほどなにしたのさ。白石さんは不愛想なだけで、別に性格は悪くないのに。不愛想でつれないだけで」
「私みたいな美人は、不愛想でいるだけで嫌われるもの。女子のカーストって、愛嬌がなきゃ徹底的にはじかれるものよ」
「はー、女子は怖いね。ドロドロとした女子の世界って創作だけだと思っていたよ。あれかな、グループ間の争いとかもあったりするのかな?」
「あるんじゃない? 私には関係ない世界だけど。それよりも、いいの?」
白石さんが僕に問いかける。彼女からの問いかけは珍しい。
え、なんだろう。
当てたいけど、本当に何の話か分からない。
「私と話してると、あなたまでターゲットになるかもしれないわよ?」
あぁ、そういう。
怖いねぇ、人はどうして好き嫌いで判断するんだろう。
無関心でいるって選択肢がもっとあっていいと思うのになぁ。
「校舎裏に連れていかれてリンチとかされる?」
「陰口叩かれたり、悪評が広まるぐらいよ。ヤンキー校じゃないんだから」
「それぐらいなら別にいいよ。仲良くなりたい人が学校にいるわけでもないし、白石さんと話す機会が無くなる方が嫌だね。あぁ、今いいタイミングか。ずっと保留にしていた返事を聞きたいね」
「返事?」
「ほら、お友達になりたいなって。白石さんからの返事はまだ聞いてないからね」
初めて会った日は流されてしまったけれども、今なら答えてもらえそうだ。
「......あなた、やっぱり変わっているわ」
「お互い様でしょ。普通の人は自分のことを美人なんて言わないよ」
「でも、あなた私の顔に100点くれたじゃない」
あげたなそういえば。
実際美人だしな、学年どころか学校で上から数えた方が速い。
まぁ美醜の判断は人それぞれだけども。
「それで、答えはいただけるかな?」
はぁ、とため息が聞こえる。
このため息も聞きなれたもんだ。
「嫌といっても付きまとうんでしょ?......いいわよ、村瀬君。あなたと友達になってあげる」
「お、やったね。これからもよろしくね、白石さん。あ、透って呼んでもいい?詠耳って呼んでいいからさ」
「馴れ馴れしくしないで」
おっと、初日と答えが変わっていない。
友達になったというのに。
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