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冗長な僕と淡白な君  作者: アストロコーラ
高校三年

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普通ってなんだろうね

 健全な男子高校生とは、一般的な男子高校生とはなんだろうか。

 椅子に深く腰をかけ、意味もなく回転しながら考える。

 勉強自体はいつも通り問題なくはかどった。

 二人で黙々と勉強して、たまに休憩がてらコーヒーを淹れて、夕方になったら白石さんがご飯を作ってくれる。

 食後の休憩を取ったらまた勉強して、終電の時間に白石さんが帰る。

 それがいつもの流れなのだが今日は違う。

 問題は、これからだ。

 廊下につながる扉の向こうから、かすかに水の流れる音がする。

 今、白石さんがシャワーを浴びている。

 同級生の美人が、一糸まとわぬ姿で、手の届く範囲にいる。

 これは、人生において滅多に遭遇することのできない機会であろう。

 僕個人の感情としては別に覗いてみたいとか、そういうやましい気持ちはない。

 自分で言うのもアレだが、幼少期からまっとうな育ち方をしていないので性欲が著しく欠けているからだ。

 白石さんも僕のそういった面を理解してるからこその距離感だろう。

 そうでなければ、一緒に寝るというふざけた提案はしないだろう。

 だから、別に問題はなにも無いのだが。

 普段から自分のことを健全な男子高校生と自称するならば、それに沿った行動をしなければいけないのではないだろうか。

『狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり』

 徒然草の一節であるこの文が脳内によぎる。

 狂人の真似をして狂った行動をするならば、傍から見たらそれはもう狂人である。

 つまり、健全な男子高校生の真似をして行動したならば、それは健全な男子高校生に見えるということだ。

 僕もその理論に従って行動しようとして、あることに疑問を持った。

 健全な男子高校生は、はたして覗きをするのか?

 漫画や小説では、男子のグループが仲間内でワァワァやりながら覗きに行って、失敗して怒られるまでが青春の一ページのように描かれることがある。

 女湯の覗きでなくても、先生の目を盗んで女子部屋に行ったり、宿を抜け出して逢引きしたり、そういったものが男子らしい姿であろう。

 だが、現実に置きかえて考えた時に、一つの問題点が発生する。

 覗きって犯罪じゃないか?

 いくら親しい仲だとはいえ、越えてはいけないラインがあると思う。

 ここで僕が事故を装って白石さんの裸を見に行ったとして、その結末はろくでもないことになるだろう。

 それは、男子高校生以前に人として健全ではない。

 風呂場に突撃しに行くという選択肢はここで消える。

 しかし、仮にも恋人役であり、一応ながらお互いに両想いという形の二人が、お泊りイベントでなにも発生しないというのも、不健全ではないか?

 学生なら誰しもが夢に見る展開に、ただただ勉強して終わりというのは一般的ではないのではないか?

 いつしか回転することをやめ、うんうんと唸りながら天井を眺めていた。

 普通とは、健全とは、一体何なんだろうか。

 一介の男子高校生として、取るべき正しい行動とは一体何なんだろうか。

 その答えは僕の頭の中にはないようだ。

 ……僕は、健全な男子高校生ではない?


「あほ面してなにしてるのよ。ドライヤーってこの家ある?」


 僕が思考の海に耽っていると、白石さんの声が聞こえてくる。

 振り向くと、風呂上りで少し上気した彼女が立っていた。

 下着は持ってこれたらしいが、寝間着までは持ってこれなかったらしく僕の体操着を着ている。

 珍しい半袖姿では、右腕の傷跡が隠れることなく見えている。


「あぁ、洗面台の下に入れっぱなしかも。使っていいよ」

「あと、リンスインシャンプー以外ってないの?」

「ないよ、それだけじゃダメなの?」

「......あなた、入れっぱなしってことは普段ドライヤーもしてないの?」

「そうだね、もっぱら自然乾燥だよ。何か変わるの?」


 白石さんは真顔で、謎の圧を出しながら僕に近づいてくる。

 普段から僕が使っているシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。

 本当に同じものなのだろうか、はるかに良い匂いに感じるのは何故だろうか。

 そう思っていると彼女の両腕が僕の頭を掴んでもみくちゃにする。

 頭がぐわんぐわんと揺れ目が回る。


「ブラシは? ヘアオイルは? リンスとトリートメントとコンディショナーの違いは?」

「何もしてないけど」

「......人生って不公平ね」


 僕の頭を回し飽きたのか、今度は僕の髪を弄っている。

 人に手櫛をされるのって地味に気持ちいいな。

 白石さんの細い指に絡まることなく僕の髪が流れていく。


「はぁ、髪痛む前に乾かしてくるわ」

「あ、洗濯機も勝手に使っていいから」

「分かったわ」


 洗面台に消えていく白石さんの背中を見送ってから僕も立ち上がる。

 寝床作らなきゃなぁ、あとベッドの消臭しとこ。

 白石さんから、匂いについて指摘されたことはないけれど、臭かったらイヤだし。

 適当にリビングに消臭スプレーをばらまいて、換気も兼ねて窓を全開にする。

 エアコンの冷気が外に向かって流れていって、外の蒸したじっとりとした空気が入り込んでくる。

 静寂に包まれた夜の街を見て、一つ疑問に思う。

 どうしてセミって夜は鳴かないんだろうな?

 日中が騒がしかった分、夜は静かに感じる。

 佇んでいると、髪を乾かし終わったのか白石さんがリビングに入ってきた。


「あら、ベッドの準備なんてして、そんなに私と一緒に寝たいのかしら?」


 からかってくる白石さんを見て、ふと思い立った。

 健全な男子高校生なら、このお誘いは断らないんじゃないか?

 それに、からかわれ続けるのも癪だし、たまには反撃させてもらおうか。


「一緒に寝たいのは白石さんの方じゃないの? 何かに抱き着かないと落ち着いて寝れないんでしょ? 僕でよければ全然抱き枕になってあげてもいいよ」


 大げさに手を広げて挑発する。

 お見舞いに行った時も、朝僕のベッドで寝てた時も、彼女は寝る時に何かに常に抱きついていた。

 勉強中に仮眠を取るときも、机に突っ伏すのではなくカバンを抱きかかえるようにして寝るのだ。

 寝る時は、何かしらに抱きつくのが癖になっているのだろう。

 さて、どんな反応が返ってくることやら。


「そう、ありがとう」

「え?」

「抱き枕になってくれるんでしょう? 柔らかさが足りないけれど、我慢してあげるわ」

「えぇ……」

「何してるの? 早く風呂に入ってきなさいよ。汗臭い体を抱きしめるのはイヤよ。じゃあ読書部屋で待ってるから」


 勝ち誇るように笑ってそのまま彼女は移動してしまった。

 どうしよう、肯定されるとは思っていなかった。

 こう、白石さんが恥ずかしがって僕が茶化して終わり、みたいな流れを考えていたのに。

 え、これ僕一緒に寝るの?

 混乱する頭でそのまま風呂場に向かう。

 香るシャンプーの匂いが、思考を乱したまま落ち着かせることはなかった。


 ——————————


「上がったけど」

「そう、じゃあ今日はもう寝ましょうか」


 読んでいた小説を本棚に戻しながら白石さんが言う。

 風呂場で頭を冷やした僕は、さっきまでの会話は冗談だったということで流すことに決めていた。


「じゃあ、僕はこの部屋で寝るからリビングは適当に使っていいよ」

「一緒に寝るんじゃないの?」

「......僕も一応男なんだけど?」

「でも手を出すほどの勇気も性欲もないでしょうに」

「まぁ、それはそうだけどさ。万が一があるかもしれないじゃん?」

「その時は責任取ってもらうまでよ、ほら、寝るわよ」


 聞き分けのない子供を諭すように、優しい声色で僕の手首をベッドまで引っ張っていく。

 さらりととんでもないこと言わなかったか?

 ボケっとする僕をベッドに押し倒してから、白石さんは僕の背中側に回って抱きついてくる。

 看病の時は制服だったからあまり分からなかったが、薄い寝間着の今なら彼女の体の柔らかさが僕の背中に伝わってくる。


「ねぇ、暑いしやっぱりやめない?」


 夏の気温では、人肌が密着するとやはり暑い。

 僕の前は特に何もないからいいけれど、背中にいる白石さんは僕の汗の臭いがきついだろう。

 そう思って話しかけるけども、一向に返事は返ってこない。

 ただ、穏やかな寝息が返ってくるだけであった。

 寝つき滅茶苦茶いいな、白石さん。

 そういえば、一睡もせずうちに来て、朝に少し寝ただけであったから今日一日はずっと眠かったのかもしれない。

 そう考えると、この抱き枕の提案も寝不足からくる変なテンションによる提案だったかもしれない。

 風邪だとか寝不足だとか、体調不良になった時の白石さんはポンコツ気味になるのかも。

 すぅすぅと聞こえる彼女の吐息だけが、暗闇の部屋に満ちていた。

 ......今日は暑いなぁ、全部、夏の気温のせいだろう。

 ぼんやりと、彼女の寝息を聞いていたら、段々と僕の意識も暗闇に溶けていった。


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