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冗長な僕と淡白な君  作者: アストロコーラ
高校二年三学期

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51/74

ギャップ

「いらっしゃいませ、おや白石さんじゃないか。今日はお客さん来なそうだし、カウンターでだべろうよ」

「店長さんはいないの?」

「奥さんとお花見に行ってるよ。最近の桜は咲くのが早いね。四月前だっていうのに、満開のところもあるらしいよ」


 パラパラと暇つぶしに読んでいたレシピから机に置き、カウンター席に白石さんを案内する。

 さっきまでいた店長の奥さんの新作レシピだ。

 今回は和スイーツを中心に考えてくれたらしい。

 僕もあんまり和風なものは作って来なかったので、機会があれば作ってみようかな。

 僕の提案を無視して、テーブル席に行こうとした白石さんに声をかける。


「あぁ、ごめん。今テーブル席封鎖してるんだ、僕一人しかいないからね」

「村瀬君一人で、お店回せるの?」

「なんだかんだ二年近く働いてるからね、接客とレジなら完璧だよ」

「コーヒーは?」

「まぁ、悪くないんじゃない?」

「なんでカフェに来て自信のないコーヒー飲まなきゃいけないのよ」

「店長からのお墨付きはもらったから。それに、店のドアに張り紙はしてあるから、お客さんの自己責任だよ」


 今は春休みなので、僕らはこうして平日でも他愛のない会話に花を咲かせることができるが、社会人はそうではない。

 平日の昼過ぎ、ピークが過ぎ去った時間帯はあまりにも客が来なくて暇なのである。

 だいたいは、店長にコーヒーの淹れ方を教えてもらったり、裏でお菓子を作って時間を潰している。

 ただ、今日は珍しく奥さんの仕事が休みだったらしい。

 カフェのカウンターで疲れたように突っ伏している姿を見て、夫婦水入らずで出かけてきてはどうですか? と僕が提案して今に至る。

 その際に、コーヒーの味だけテストしてもらって、合格が出たので今は一人で店番をしている。

 何かの間違いで、たくさんお客さんが来ると僕では対処できないのでテーブル席は封鎖させてもらっているが、カウンターだけなら大丈夫だ。

 最悪の場合は店を閉めてもいいらしいので、気楽にやらせてもらっている。


「それで、ご注文は?」

「いつもの」

「どっちの?」

「店の」

「はーい」

「デザートはあるのかしら」

「今日は無しかなぁ、店長たちが帰ってくるまで居てくれるなら、その後に準備出来るけど」

「今日はそんなに長居しないわ」

「そういえば、普段見ない服装だね」


 白石さんはあまり体のラインが出る服装はしないが、今日は上下ともにぴっちりとした服装をしている。

 長い髪を後ろで束ねてポニーテールにし、学校指定とは違う、シュッとしたデザインのジャージに身を包んでいる。

 身長は高くはないが、それを感じさせないほどスタイルがいい。

 同じ痩せ型でも、僕はひょろがりで白石さんはスマートに感じるこの差は何なんだろうなぁ。


「運動でもしてきたの?」

「家から歩いて来たの」

「おや、結構歩いてるね。何かあるのかい?」

「別に、なにも無いわよ」


 表情は変わらないが、声が少し不機嫌を帯びて尖る。

 今回は失言をした記憶はないが、まぁ知らない間に地雷を踏むのはもう慣れた。

 何事もなかったかのように違う話題にでもいこう。

 とりあえず、一旦媚びるか。


「話は変わるけど、白石さんってスタイルいいよね。僕もシュッとした人間になりたいよ」

「変わってないけど、嫌味?」

「何でそうなるかなぁ」


 今度は明らかに表情が変わった。

 僕を、というよりも僕の腹を見る目が険しいものになる。

 何か僕の腹にあるかな?

 ……ないな、カフェ用のエプロンぐらいだ。


「村瀬君は、運動しないの?」

「あんまりしないかな。学校の体育ぐらいじゃない? 運動しなきゃって気分にならないんだよね」

「チッ」

「舌打ちは聞こえないようにしてほしいね」

「聞こえるようにしなきゃ意味ないでしょ」

「それ、他の人にしてないよね?」

「安心しなさい、村瀬君だけよ」

「喜ばしい、って言っていいのかなそれは」

「特別ってことよ」


 会話をしつつも手は流れるようにコーヒーを淹れ続けている。

 家で練習している甲斐もあり、僕もだいぶ上達したものだ。

 そういえば、店で白石さんにちゃんとしたコーヒーを振舞うのは夏祭り以来かもしれない。

 練習用の古い豆は何回かあるが、今回は夏祭り同様いい豆を挽いている。

 温めておいたカップにコーヒーを注ぐ。


「ずいぶん、様になってきたわね」

「努力の味と褒めてもらったからね、夏祭りからだいぶ上手になったと思うよ」

「思わず立ち上がって叫びたくなるようなコーヒーを期待していいのかしら?」

「ちょっとその境地にはまだ至ってないかなぁ」


 コーヒーを差し出しながら、かつてした会話をまた二人で繰り返す。

 現実世界に、料理漫画みたいなリアクションをする人間がいたら不審者だろうな。

 僕が知らないだけで、料理コンテストの採点者は皆大げさにリアクションするのかな?

 それとも、今の白石さんみたいに静かに味わうのかな?

 コーヒーカップに口をつける姿をぼんやりと見つめる。

 髪を後ろで束ねるだけで、ずいぶん雰囲気が変わるものだ。


「そんなに熱心に見つめられると、飲みづらいのだけれど?」

「あぁ、ごめんごめん。普段と違う髪形だから、つい」

「あら、こういう髪形が好きなの?」

「……」


 からかうようにほほ笑んでくる白石さんを見て考える。

 僕、好きな髪形とか考えたことないな。

 髪、服、爪、アクセサリー、ファッションなんて自己表現の一種なんだから、当人がしたいものをすればいい。

 そう考えていたから、自分の好みのファッションとか分からないな。

 ジッと白石さんを見つめる。

 普段の黒髪ロングも、今のポニーテールも似合っていると思う。

 これが一ノ瀬さんみたいに茶髪になってウェーブがかかっても、結城さんみたいにショートカットになっても、多分似合うだろう。

 頭の中で、勝手に白石さんを様々な髪型に変える。

 どれも、似合うような気がする。

 結局の話、顔が良いから何してもよさそうなんだよなぁ。


「いつもの髪型がいいな、見慣れてるから」

「散々悩んだあげく、情けない理由に落ち着いたわね」

「いや、顔が良いから、どんな髪型でも変わらなそうだし」

「髪型の話をして、顔が良いって返す男は嫌われるわよ?」

「大丈夫、白石さんにしか言わないから」

「何が大丈夫なのかしら......」

「まぁ、いつもの白石さんが好きってことで」


 空になったコーヒーカップを回収する。

 すぐに帰るって言ってたし、おかわりもいらないだろう。


「......普段好きとか言わないくせに」


 ボソッと白石さんが何か呟いたような気がするが、聞き返しても答えてもらえると思わないから聞き流す。

 会計も済まして、帰ろうとした白石さんのうなじに桜の花びらがついていることに気がついた。

 風流だなぁと思いながらも、周りの人から恥ずかしい目で見られるのは可哀そうだから取ってあげることにした。

 僕の手が、彼女の首に触れたとき。


「ひゃっ」


 聞いたことのない、可愛らしい声がした。

 どうやら、首は弱いようだ。

 触られたことにか、情けない声を上げたことにか、いつもと違い露わになった耳が真っ赤に染まる。

 まぁ、何も言わずに後ろから触った僕がどう考えても悪いな。

 一応、桜の花びらを見せてはみたが、振り下ろされる手のひらを止めるだけの効果はなかった。

 春だというのに、僕の頬にはモミジが咲くことになった。


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