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冗長な僕と淡白な君  作者: アストロコーラ
高校二年三学期

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閑話 周りから見たら

「わざわざ来てもらってすみません......」

「いいよいいよ、アルバイトがある日以外は基本的に暇だからね」


 僕の前でしきりに頭を下げる女子生徒をなだめる。

 スラリとした長身、短くキレイにカットされた黒髪、キッチリとスラックスの制服を着こなすその見た目は、端整な顔立ちもあいまって王子様のようだ。

 そんな人物が何度もこちらに向かって頭を下げるもんだから、どうにも居心地が悪かった。

 今回が初めてではないとはいえ、そう慣れるものではない。


「いつもすみません、村瀬先輩」

「気にしなくていいよ、人と話すのは嫌いじゃないから」


 誰もいない放課後の生徒会室、一年の副生徒会長である結城 凛さんに笑いかける。

 生徒会のボランティアに付き合った時に、初めて話してからたまにこうして二人で会っている。

 もちろん、僕から誘ったわけではなく結城さんからの提案である。

 クラスにいきなり押しかけてきて、僕の名前を声高に呼ぶものだから最初は驚いた。


 ——————————


「村瀬先輩はいるでしょうか!?」


 賑やかなクラス内の雰囲気が一瞬でかき消される。

 よく通るハッキリとした声は、間違いなく僕の名前を呼んでいた。

 ドアの方に視線を向けると、姿勢よく立っている結城さんの姿がある。

 クラスの視線が僕に降り注ぐ。

 あぁ、また変な勘違いされそう。


「あら、厄介ごとね」

「あは~、えいじちゃんはモテるねぇ~」

「村瀬君、結城さんのことを頼んだよ」


 何も知らない僕に好き放題言うクラスメイト達。

 一人目は、まぁいいだろう。

 今回の件に関しては全くの無関係だから、いつものようにSっ気のあるような微笑みをしていてもそれが平常運転だ。

 二人目と三人目は、許さん。

 事前に僕に話を通すなり、仲介役をするのが道理だろう。

 なぜいきなり、任せっきりにするんだ?

 向け続けられる視線が息苦しい、とりあえず違う場所に避難させてもらおう。

 彼女のもとへ移動して、教室のドアを閉めた。


「ボランティア以来だね、僕に何か用かな?」

「はい、その節はお世話になりました! 実は村瀬先輩にお願いしたいことがありまして......もし時間があるようでしたら生徒会室に着いて来ていただけないでしょうか?」

「また、何かのお手伝い?」

「いえ、今回はその、完全に私用でして......生徒会室も誰も使っていないと思います」


 おっと、いきなりよく知らない女子と二人きりは、僕には少しハードルが高いなぁ。

 断ろうとも思ったが、あまりにも真剣な表情なので否定の声を口にすることができなかった。

 どうしたものかと、悩んでいる内に生徒会室にたどり着く。

 話を聞くだけ聞いて、帰るか。

 投げやりに決断する。

 僕にできることは限られているからね、力になれなくても仕方のないことだ。


「それで、僕にお願いって何かな?」

「その、ですね、笑わないで聞いていただけるでしょうか?」

「もちろん」


 イケメンと言っても過言ではない整った顔が、赤く染まる。

 クラスでは男子からも女子からも人気あるんだろうなぁ。


「実は、勉強を教えていただきたくて」

「僕に?」

「はい、村瀬先輩にです」

「生徒会メンバーに聞けばいいじゃない。僕より頭良い人ばっかだよ?」


 生徒会の面々を思い浮かべる。

 学年主席の一ノ瀬さんは言わずもがな、石井君も確か一桁順位のはずだ。

 僕も上位ではあるが、最上位の彼らの方に頼るべきだろう。


「最初に頼ろうとしたんですが、なんというか、地頭が違い過ぎるというか......」

「あぁ、理解した」

「困っていたところ、一ノ瀬さんから村瀬先輩をおススメしてもらいまして」


 曲がりなりにも、自称進学校の最上位に位置する連中だ。

 Q:いい勉強法はありませんか? 

 A:暗記してください

 こんなことを素で言ってくる人間ばっかりだ。

 僕も白石さんに勉強を教わり始めたばかりの頃は苦労した。


『なんでそんな質問をするの?』

『習った範囲で解けるわよ?』

『問題文見ればすぐに分かるじゃない』


 彼女と勉強するうちに一番身についたことは、何が分からなくて何を教えて欲しいか明確に伝える技術だと思う。

 きっと、結城さんもそれで困っているのだろう。

 眉を垂れさがり、不安そうにこちらを見る彼女は子犬のようだった。

 振り回されることはたくさんあったけど、誰かに頼られるってことはあんまりなくて新鮮かもな。


「いいよ、僕にできる範囲なら」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 先ほどまでの暗い顔と打って変わって、ぱぁと効果音が付きそうなほど明るい笑顔を浮かべる。

 人に教えることは自分にとってもプラスになるらしいし、僕の勉強にもなるだろう。

 それに副生徒会長に立候補する人間である。

 どうせ優秀だ、僕の力はさしていらないだろう。

 この時は、そう思っていた。


 ——————————


「どうしてこの数字が出てくるんですか?」

「ここにこうやって補助線を引いて、これに公式を当てはめて計算すると」

「......出ました! ありがとうございます。補助線の引き方がいまいち理解できない時があるんですよね」

「難しいよね、僕も最初は適当に引いてたよ。慣れてくると、ある程度のパターンが分かるようになってくるよ」


 一言で言ってしまえば、結城さんは凡庸だった。

 普通のことにつまづき、分からないことが分からない時もあった。

 記憶力も優れたものではなく、唸りながら教科書とずっとにらみ合っている時間もあった。

 決して、頭が良いと言えるタイプの人間ではなかった。

 だから、教えるのは簡単だった。

 僕がつまづいたことを、そのまま教えてあげればいい。

 僕が分かりやすいと思った考え方を、そのまま伝えてあげればいい。


「村瀬先輩、教えるの上手ですよね。」

「そう? そう言ってもらえると教えてる甲斐があるね」

「もとから勉強は出来るタイプだったんですか?」

「いや、僕も苦労してるよ。頭の良い人に勉強方法を聞くんだけどね、皆暗記としか言わないんだ。暗記するための方法を知りたいのにね」

「あはは、わかります。それが出来たら苦労しないのにってこと、平気で言ってきますよね」


 凡庸同士、悩みも分かりあえるようだ。

 快活に笑う彼女も、だいぶ僕に打ち解けてきたようで、最初の生真面目さも幾分と和らいでいる。


「村瀬先輩にお願いをして良かったです。最初は、気が引けたんですけど、こんなに助けてもらえるとは」

「やっぱり頼りなく見えた?」

「そんな! 逆ですよ! 迷惑じゃないかなぁって、ずっと思ってたんです」


 おや、どうやら最初から高評価だったようだ。

 そんなに、評価されるようなことをしたかな僕?


「ボランティアの際も真面目に活動してくれましたし、テスト順位も高いって石井会長が言ってましたし、なにより......」

「なにより?」

「恋愛強者じゃないですか。私、少女漫画好きなので村瀬先輩みたいな人に憧れてたんですよ。去年の文化祭、痺れましたよ!」

「あぁー、見てたのね」

「見てましたよ! マントをバサッと翻して肩を引き寄せるシーンは今でも思い出せます!」

「思い出さなくていいから」


 人間って切り抜き方でこうも良く見えるんだなぁ。

 真面目で、勉強も出来て、恋愛にも強い。

 うーん、知らない人ですね。

 実際の姿を見たら幻滅するんだろうか。

 ……実際の僕ってなんだろうね。

 貰った日から一応毎日日記はつけているけれど、まだ自分の理解が進むほどの積み重ねは無いしなぁ。


「そういえば、彼女さんとの時間を削ってしまってごめんなさい。」

「あぁ、別にいいよ。そういうの気にするタイプじゃないだろうし」

「おおらかなんですね」

「関心が無いだけじゃないかなぁ。今ごろ僕の部屋で本でも読んでるよきっと」

「村瀬先輩の、部屋で......?」


 あ、やったわ。

 思考が明後日の方向に飛んでいたから、口に出してから失言に気がつく。

 プルプルと真っ赤になっている結城さんは何を想像したのだろうか。

 読んだことないけれど、最近の少女漫画って過激らしいね。


「あの、えっと、その、私、お邪魔ですよね?」

「いや、そんなことないから。気にしないで気にしないで」

「だって、お部屋にいらしてるんですよね? 一緒にいた方がいいんじゃないですか?」

「いつものことだから」

「いつも!? 」


 ガタリと椅子を倒して立ち上がる彼女の顔は、ゆで上がっているタコのように真っ赤になっている。

 あぁ、今回もこの口は、下手をこいたようだ。

 ヒートアップする結城さんの誤解を解こうとしながら、自分の治らない迂闊さを嘆くのであった。


「合鍵を渡すのって、相当進んだ仲ですよ?」

「でも白石さんの合鍵貰っちゃたしなぁ、一方的に持ってるのも申し訳ないし」

「お互いに合鍵の交換!?」

「あー、いや、保護者の方から貰っただけだから」

「親公認ってことですか!?」


 何を喋っても、墓穴を掘るだけであった。


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