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冗長な僕と淡白な君  作者: アストロコーラ
高校二年三学期

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43/74

悪意

「ねぇ、私の噂って知ってる?」

「白石さんの噂? パパ活以外でなんか広がったの?」


 ウレタン生地の椅子に深く腰をかけ、この部屋の持ち主である村瀬君に話しかける。

 始業式明けに彼の家に来たので、まだ制服を着ている。

 春に会ったときよりも、袖口から見える肌の面積が大きくなっている気がする。

 まだまだ成長期のようだ、うらやましい。

 私の身長は結局、160㎝にも届かない程度で止まってしまった。

 去年丸一年間変わらなかったから、もう伸びることはないだろう。

 もう少し背が高ければ、書店の本棚も楽々取れるのに。


「それともまた何かやったの? 愛想悪いんだから、問題ごとを起こしたとき誰もかばってくれないよ?」

「またって何よ。一回もないわよ」

「でも教室で怒られてたじゃん」

「あれは石井君の問題でしょ」


 村瀬君が淹れてくれたコーヒーに口をつけながら言い返す。

 相手が勝手に勘違いして、勝手に怒ってきたのだ。

 私の問題にされても困る。

 ……初めて淹れてくれたコーヒーと比べると、ずいぶんと飲みやすくなったものだ。

 夏祭りの時だったか、思ったよりも長い時間が経ったようだ。

 愛想の悪い私によくもまぁ一年間付き合ったものだ。

 返事もせずに帰った日などざらにあるというのに、やはり彼は変わり者のようだ。

 ふふ、と笑って彼を見ると困惑した顔でこちらを見ている。


「え? 何、もしかして僕に関係する噂? 言っておくけど、また修羅場に巻き込まれるのはごめんだからね。人の言い争ってるところって怖いんだから」

「村瀬君に関係するかしないかで言えば、するわね」


 人というのは不思議なもので、嫌いならば関わらなければいいのに、何故か目を向けてしまうものらしい。

 私を嫌いなグループがいることは知っている。

 嫉妬から始まった噂話も、私に聞こえるようにわざと教室で話しているのも知っている。

 石井君や一ノ瀬さんのような陰口を嫌う人がいない時だけするという徹底ぶりで、少し感心する。

 その情熱を、嫌いな私ではなく好きな何かに向ければいいのに。

 クラスの端っこに集まって、いつも朗らかに話しているオタク集団を見習えばいい。

 公序良俗に反しなければ、彼らのように趣味に興じるのが正しい生き方だ。

 あまり大声で好きな性癖の話などをするのはいただけないが。


「私、本格的にパパ活始めたらしいわよ」

「へぇ、そうなんだ。僕の関係しないところでやってよ。先生にバレたら内申点終わりそうだし」

「ふうん、内申点なんて気にするのね」

「優秀な家庭教師のおかげで、大学受験も頑張ろうって気分になってきたからね。僕二学期の期末テスト三十位だったからね」

「私は二位だけど?」

「順位で優劣をつけるのは良くないと思うんだけど、どう思う?」

「逆に学生の優劣をテストの点数以外でどう決めるのよ」

「普段の学校生活とか、生徒会とか部活動とか?」

「じゃあ私たちは揃って落第者ね」

「……元の話題に戻ろうか。パパ活だったね、本格的ってことは、何か物的証拠でも握られたのかな?」


 そう言うと彼は目線を窓の方に向けてしまう。

 外の景色をすぐに見ようとするのは彼の癖だ。

 放課後によく、頬杖をついてグラウンドに向かって黄昏ている。

 きっと、ろくでもないことでも考えているのだろう。


「高そうなマンションに入り浸っている姿が目撃されたそうよ」

「へぇ、カフェに行ったり僕の家に行ったり、マンションに行ったり案外白石さんってアクティブなんだね」

「学生にしては高そうな家具を、男に会計させてたらしいわ。私より長身で、痩せて高そうなコートを着ている男だって」

「......すごい偶然があるもんだ、まるで相手が僕みたいだ」

「私が男物のエプロンを買っているところも見られてらしいわ」

「ねぇ、これってまた僕巻き込まれるパターンじゃない? 僕の家をパパの家って認識してない? 高そうなマンションって僕のアパートのことだよね?」

「大変ねぇ。あなた、噂だとビッチに振り回されてる陰キャらしいわよ。相手が遊んでる事にも気付かないマヌケな彼氏だって」

「白石さん、明日から滅茶苦茶愛想よく生きよう。陰口叩いてる連中をスクールカーストの底辺に叩き込んでくれないか」

「うふふ」


 頭を抱えて呻く彼を見て笑みがこぼれる。

 表情がコロコロ変わって面白い。

 私に愛想が悪いというが、彼も私の事を言えないだろう。

 作り笑いばっかり浮かべて、当たり障りのないことしか言わないのだから。


「笑い事じゃないんだよなぁ。また石井君に出動してもらおうかなぁ」

「やめときなさい。生徒会長様にしょうもないことを頼むのは」

「僕にとっては、しょうもなくないんだけど? 家まで特定されてるんだけど?」


 三学期になったことで、委員会は二年生に全て引き継がれることになった。

 石井君は生徒会長になって、今日の始業式でも壇上に立ってスピーチをしていた。

 もともとの頼られやすさもあって、今日も忙しそうにしていた。

 そんな彼に頼るほどのことではないだろう。


「名乗り出ればいいじゃない。そのマンションに住んでるのは僕ですって。そしたら純愛カップルに様変わりよ?」

「陰口叩くような人に名乗り出たくないよ......」

「ご愁傷様ね」

「なんでそんな白石さんは他人事でいれるの?」

「一年から嫌われてるもの、これくらいじゃなんともないわよ」

「イヤな慣れ方してるなぁ」

「逆に村瀬君が慣れなすぎでしょ」

「僕、人に嫌われたこととかないからなぁ。皆、お金目当てで仲良くしようとしてくるからさ。媚びとかゴマすりとかしてくる人の方が慣れてるかも」

「私にとってはそっちの方がイヤだけど」


 お互いに、違う負の感情に強いようだ。

 冷めてしまったコーヒーを飲みきる。

 こないだまでは紙コップだったが、どうやら食器類を新調したようだ。

 黒単色の無地のマグカップが私の手元に、白単色のものが村瀬君の手元にある。

 模様も何もないのが彼らしいセンスだと思った。


「まぁ、頑張りましょうね」

「なんで僕が励まされてるの? 白石さんが何とかしなきゃいけないことじゃないの?」

「出会った時に村瀬君、何て言ったか覚えてないの?」

「......噂なんてくだらないって言いました」

「それから?」

「......噂話に踊らされる人を馬鹿と見下してるって言いました」

「じゃあ、この話は終わりでいいかしら?」

「話振ってきたの白石さんなのに、理不尽だなぁ」

「たまには私からお喋りしてあげようって気遣いよ?」

「もっと中身のあるお喋りが良かったなぁ」

「いつも中身なんてないでしょ。それよりも、甘いものの気分だわ」

「納得いかないなぁ。陰キャはいいけどマヌケは納得がいかない」


 首をかしげながら、変なこだわりを見せる彼の後ろにマグカップを持って立つ。

 キッチンまで一緒についていく。


「あれ、僕が洗うけど?」

「これぐらいはするわよ。それに、お菓子作っているところ見たいわ」

「今日も見るの? そんなに人の作ってるところって面白い?」

「私も料理するもの、人の作ってる姿は参考にはなるわよ」

「へぇ、そういうものなんだ。僕も料理動画とか見ようかなぁ、今までレシピ以外全部我流だったし」

「お菓子作りだけはセンスあるわよ。自信をもっていいわ」

「だけって言葉いらなくない?」


 キレイに手入れされているエプロンを身につけながら彼が反論してくる。

 どうやら、クリスマスプレゼントは丁寧に扱ってもらっているようだ。


「調子に乗るでしょ?」

「人間調子に乗っているぐらいがちょうどいいよ」

「また適当に喋ってる」


 腕まくりをし、エプロンを身に着けた彼はいつもと同じように軽口を言う。

 もっと静かなら、格好もつくだろうに。

 手慣れたように卵を割る姿を見ながら、寡黙な村瀬君を想像する。

 ……ただの暗い人が脳内に生まれるだけだった。


「ふふ」

「え、何かおかしいところあった?」

「別に、ふふ」


 困惑する村瀬君を見て、また少し笑う。

 砂糖と牛乳の甘い匂いがキッチンに漂っている。

 あぁ、今日も美味しいものが食べられそうだ。

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