来年も
「よいお年をって言うけどさぁ、大みそかに言っても仕方なくない?どう考えても年始の挨拶じゃない? もう数時間しかないのに良いも悪いもないと思うんだけど」
「定型文にかみつく癖はやめた方がいいわよ」
「疑問を抱くことは大事だと思うんだ。何も考えずより生きる人生より、思考する人生の方が楽しいよ」
「じゃあ自分で調べなさいよ」
「それだと君とお喋りできないじゃないか」
「ただ単に私と話したいだけじゃない。思考しなさいよ」
「お喋りしてるうちにいい考えが思いつくかもしれないじゃないか」
「人はそれを考えているとは言わないのよ?」
うーん、よく分かんね。
思考を放棄して窓に視線を向ける。
どうやら今年は例年より雪が降る冬のようで、窓の外は真っ白に染まって一面銀世界となっていた。
電線だけが雪景色に黒く浮いて異物感を醸し出している。
あぁ寒い寒い。
雪が降った日は暖かいとよく言うが、そんなことはないような気がする。
すすったコーヒーの温かさが、冷えた体に染みわたる。
点けたばかりの暖房は、部屋を暖かくするまで時間がかかりそうだ。
白石さんも寒いのか、読書部屋に入ってからもコートを脱がずにいる。
彼女はオシャレより実用性に重きを置くようだ、スカートの下には黒の厚いタイツを履いている。
これが普通か?
生足出してるギャルたちがおかしいのか?
僕の目線に気がついたのか、いつの間にか部屋に置いてあった膝掛けで脚を隠される。
「タイツ、好きなの?」
「暖かい? 僕も股引買おうかなって」
「なんだ、熱心に見てるから変態かと思ったわ」
「タイツ好きって言ったらどうなったの?」
「明日からスカートは履かないわ」
「タイツに深い思い入れが無くて良かった、君のファッションの選択肢を奪うところだった」
そういえば、クラスのオタク君はタイツ信者だったな。
修学旅行での聖地巡礼も、好きなタイツキャラの生まれ育った場所だのうんぬんかんぬん熱く語っていたのを思い出す。
スパッツも良いと断言してたから、服の下から見えるインナーが好きなのかもしれないね。
……ズボン下に履くインナーはタイツって言うけれど、トップスの下に着るインナーって何て言うんだろう。
今までインナーだと思っていたけれど、イブに服を買いに行った時に種類があることを初めて知ったんだよな。
インナーって言いながらTシャツが出てきたからな、ピッチリ肌にくっつくものをインナーと呼ぶものだと思ってたからビックリした。
うーん、知らないことばかりだ。
レギンスとスパッツって何が違うんだ?
「今日はずいぶんと考え事してばかりね」
「朝は弱いんだよ、しっかりとおもてなしできなくてごめんね。それよりも、大みそかも僕の家でいいのかい?」
「私に、他の選択肢があると思うの?」
「そんな自信満々に言うことじゃないよ」
普通の高校生なら友達と出かけるなり、家族と過ごす一日だろう。
僕らには関係ない世界の話だ。
家庭なんてものはとうの昔に壊れ果ててありはしない。
友人がいないのは、まぁ僕らの努力不足だけど。
「前から思ってたんだけどさ、白石さんってどうして友達作らないの? 愛想悪くても話しかけてくれる人とかいたでしょ」
「面倒でしょ。右腕見られたらなんて説明するのよ」
「若気の至りで切っちゃいました、とか事故でした、とかごまかせばいいじゃん」
「微妙な空気になるでしょ。なら最初から作らないほうが楽よ」
「それもそっか」
暖房が効いてきたようだ、白石さんはコート掛けに上着をかける。
いつ買ったんだろう? 僕の家だよな?
首元まで黒いインナーで覆われた白石さんの姿を見ながら考える。
これは何て言うんだろう。
「村瀬君はどうして友達を作らないの? 人付き合いが苦手ってわけでもないでしょうに」
「君の目から見て、僕は上手く人付き合い出来てるように見えるんだ」
「振り回される姿は様になってるわよ」
「それって人付き合いが上手っていうのかなぁ」
頭の中で僕を振り回す人の姿が浮かんでくる。
一ノ瀬さんは言わずもがな、石井君や店長、白石さんの姿が浮かぶ。
あぁ、オタク君もわりと無茶ぶりしてくるな。
『一ノ瀬さんにタイツを着るように言ってくれないか。生足がまぶしすぎる』
こないだのグループワークで言われたセリフだ。
お前タイツ姿見たいだけだろ、とは言わずに笑ってごまかした。
主体性が薄いから、振り回されるのは仕方ないかもしれない。
「僕は友達を作らないわけじゃないよ? 現に白石さんとは仲良くやれてるしね」
「......」
「そこで黙られると自信が無くなるから、無言はやめてくれない?」
じろっと僕の目を乾いた目で見つめてくる白石さんにお願いする。
なんだっけ、昔流行った動物の名前。
チベットスナギツネだっけ、あれみたいな目で見られると心にくるものがある。
「ふざけたこと言わなければいいのに」
「えぇ、結構本心で話してるのに……」
「それで?」
「まぁ、単純に過去の失敗談からだよね。仲良かった子が金目当てだったり、親戚の差し金だったりしてごらんよ。あっという間に人間不信の出来上がりだ。最後に僕のことを預かってくれた人がいなかったらどうなっていたことやら」
「良い人だったのね」
「いや、終わってたね」
人の噂は怖いものだ。
どれだけ転校しようが、僕が遺産持ちってことが広まるんだから。
今思えば、僕を引き取った人がわざと流してたんだろうなぁ。
協力してくれたらお金分けてあげるとかそんな感じで、僕の心を懐柔しようとしてたんだろう。
現に、親戚も誰もいないこの地域で僕の遺産について知っているのは、自分から教えた白石さんだけだ。
そう考えると、オッサンって偉大だったのかもしれない。
自分のポリシーに人の金を頼らなかったからな。
ポリシーが人として終わってたんだけどさぁ。
まぁ、一人で楽しそうに生きているオッサンの姿を見てたから、二回目を実行せずに済んだのだけど。
「正直に言っちゃえば、トラウマだよね。これで石井君が僕の金目当てだったりしてごらんよ。僕は二度と立ち直れないね」
「もし私がお金目当てに心変わりしたらどうするの?」
「......その可能性は考えてなかったなぁ。お金欲しい?」
「あって困ることはないでしょ」
「それはそう」
困ったな、どうしてか白石さんが心変わりする可能性は考えてなかったな。
この心地よいやり取りが出来なくなるのは嫌だなぁ。
「安心していいわよ」
僕が少し考え事していると白石さんが笑って言う。
この笑い方は、僕をからかっていた時の笑い方だ。
「私が村瀬君のお金目当てになることは無いわよ」
「どうして?」
「面倒くさそうだから」
「......ははっ、友達を作らない理由と言い、一貫してるね」
「生活費と本代だけで私は生きていけるから」
あんまりな理由に、思わず笑ってしまう。
まぁ、白石さんはお金に興味を持たないだろうなぁ。
「デザートはいらないの?」
「あなたがタダで作ってくれるじゃない」
「材料費もらうって言ったら?」
「家庭教師代でチャラね」
「うーん、家庭教師代の方が高そうだ」
「それで、今日は何を作ってくれるのかしら?」
「大みそからしく、お餅を使ったチョコのケーキを作ろうと思ってるよ」
「そう、楽しみね。あぁ、お昼は私が作るから、台所借りるわよ」
「お、やったね」
白石さんは本棚の下の段から、分厚いハードカバーを取り出して読み始めた。
お喋りは終わりのようだ。
僕も勉強しようかなぁ、集中してるところに話しかけたくないから暗記科目でもやろう。
あぁ、そうだ。
「よいお年を」
「急になに?」
「いや、今言っとかないとタイミングなさそうだから」
「知ってる? 大みそかに良いお年をって言わないほうがいいらしいわよ。いい年を迎えるために、大みそかまでに準備するっていう意味が含まれてるから」
「そういうのはさぁ、最初の会話の時に教えてよ」
普通に知らなかった。
僕の最初の疑問の答えがあるじゃん。
まるで僕がマヌケみたいじゃないか。
「ふふ、あなたがそういう顔するのを見たかったから」
「それじゃあ何て言うのが正しいのさ」
「今年はお世話になりました、来年もよろしくお願いいたします、とかじゃないの」
「なんか普通だね」
「ただの挨拶になにを期待してるの?」
白石さんは呆れるような顔をしてから、また本に目を落とす。
はぁ、締まらない一年の終わりだ。
まぁ、それも僕らしいか。
紙と紙がこすれる、ページがめくられる音を聞きながらぼんやりと外を見る。
雲の切れ間から覗いた太陽の光を雪が反射して、キラキラと輝いていた。
評価、感想、誤字指摘等していただけると嬉しいです。




