雪の降ったあの日から
「これは、ちょっと大変だなぁ」
玄関を埋めるほど届いた段ボールの山を見て呟く。
昨日買った家具だ。
エレベーターがあるとはいえ、最上階の角部屋までたくさん往復させられた配達員に同情する。
サインを求める声に若干の殺意が混じっていたが、仕方のないことだろう。
クリスマス、しかも日曜日だっていうのにドライバーは大変だなぁ、ありがたやありがたや。
眺めていても仕方がないので、とりあえず部屋に持って行って開封しよう。
玄関からすぐ隣の部屋が空いているので、そこを読書部屋にすればいいか。
本棚や机などの重たいものは、廊下に傷がつかないように引きずって運ぶ。
組み立ては、白石さんが来てからでいいか。
カッターで段ボールを開封していく。
机、カーペット、クッションも買ったんだ。
うーん、椅子以外は白石さんが買ったものだけど、僕の部屋に置くならやっぱり少しお金出した方が良かったかな?
部屋は僕からの提供だから、それでトントンにした方が後腐れがないか?
……まぁ、いいか。
僕から場所代を請求しないし、白石さんから家具代を請求されたら払おう。
お互いの納得感が大事なのだ。
白石さんが不満に思っていないならそれでいい。
椅子の段ボールを開けた時、中から組み立ての説明書が落ちてくる。
拾い上げてから、自分がしくじったことに気がつく。
家具の組み立てってドライバー必要なの? うちにそんなもの無いよ。
僕家具買った経験少ないからなあ、ベッドと机ぐらいか?
それも安物だったから、同封されてた六角レンチだけで組み立て済んだし。
念のために本棚と机の説明書も確認する。
うわぁ、両方ともドライバー必要だ、しかもサイズ違うし。
コンビニに売ってるかなぁ、いや、見たことないし売ってないだろうなぁ。
なんか面倒くさくなってきたな、フローリングの床にゴロンと寝ころぶ。
「何してるのよ」
「おや、いらっしゃい。勝手に入ってくるなんてハレンチだね」
「チャイムも鳴らしたしノックもしたわよ」
寝ころんだまま声のする方に顔を向けると、普段見ないリュックサック姿の白石さんがいた。
「大荷物だね」
「本とか小物が入ってるから。それより、いつまで寝てるの」
「やる気が無くなっちゃって」
「やる気があるときの方がないでしょ」
「白石さんはいつも通り辛辣だね。ダメもとで聞くけどさぁ、ドライバーある? 来てもらってすぐで悪いけど、ホームセンターまで行くことになるかも」
「あるわよ」
そう言うと、彼女はリュックからバリカンサイズぐらいの電動ドライバーを取り出して見せる。
キュィンと甲高い音を立てて先端が回っている。
「準備いいね」
「本棚とか組み立てるのにあると便利よ。家具買うならあなたも買うといいわよ」
「家具買う機会ってあんまりないんだよなぁ」
「好きなものとか、こだわりとか見つけると家具探しは楽しいわよ」
「白石さんの今回の家具のこだわりは?」
「黒」
「好きな色なだけじゃない?」
「好きな色でそろえるのがこだわりでしょ」
そういえばお見舞いに行った時、全体的に部屋は黒色のものが多かったなぁ。
今回買った家具も黒色ばっかだな。
今更になって、好きな色を知ったよ。
「僕が買った椅子黒色じゃないけど、それでも良かった?」
「絶対に黒にしたいってわけじゃないからいいわ。村瀬君が時間かけて選んだんでしょう?」
「まぁ、僕なりに頑張って選んだね」
「選ぶのは楽しかった?」
「楽しかったかどうかは分からないけど、機能はしっかり見たね」
「そのうち自分に合ったものを選ぶ楽しさが、分かるようになるわよ」
「そういうものかねぇ」
「あなたは、もう少し娯楽ってものを理解した方がいいわ」
「理解してるつもりだけどなぁ」
「村瀬君の口から好きって単語を、一度しか聞いたことないけれど?」
「......好きってなんだろう?」
「私に聞かれても知らないわよ」
確かに、僕あんまり好きって考えることないかもな。
人も、物も、行動も、何が自分は好きなんだろうな。
あ、一つあるな。
「君のためにお菓子を作るのは結構好きだよ?」
「それを前に聞いたのよ」
「あれ、そうだっけ。じゃあ君と居る時間は好きだよ」
「嫌いな人間とわざわざ休日に合わないでしょ」
「それはそう」
「バカなこと言ってないでさっさと組み立てるわよ」
「はーい」
白石さんはリュックから軍手を取り出す。
僕にも前もって教えてくれたら準備したのになぁ。
——————————
白石さんの指揮の元、なにも無かった部屋は生まれ変わった。
薄手のカーペットが部屋に隙間なく敷かれ、二人用のダイニングテーブルが中央に置かれている。
僕が選んだ椅子はベージュだったので、色としては少し浮いているがアクセントが効いていると言えなくもない。
本棚には、白石さんが持ってきた本が上段の一部にだけ収納されている。
本をあまり読まない僕でも読みやすいように、簡単な本から持ってきてくれたらしい。
組み立てたばかりの椅子に深く腰掛ける。
良い値段しただけはある、腰のおさまりが学校の椅子と比べると格段にいい、気がする。
「疲れたねぇ」
「そうね。少し休憩したら、課題でもしましょうか」
「えぇ......元気だねぇ」
「早めに終わらせておいて困ることはないわ」
「そうだけどさぁ、こう、僕の体力はターン式なんだよね」
「何それ」
「一日これと決めた行動したらもう僕のターンは終了するんだ。だいたいは学校に行くことで消費されるし、アルバイトでも消費される。今日は読書部屋作ったから、もう僕の動けるターンは今日分は消費したんだ」
「午前中にターンを消費したらどうなるの?」
「その日はもう終わり、元気があるときだけ0.5ターンぐらいの行動ができる」
「ダメ人間じゃない」
「僕がダメなんじゃなくて、他の人がしっかりしてるんだよ。学校も行って部活もしてコミュニケーションも取って、立派だよ」
「それが普通じゃないの?」
「普通のことを普通にできる人間は偉いでしょ」
「まぁ、それはそうね」
「でしょ?」
「じゃあ村瀬君も普通になりましょうか」
「なろうと思ってなれるものではないと思うよ?」
「なろうと行動しなければ一生できないわよ」
「うーん、それはそう」
どうやらこのお喋りは、休憩扱いだったようだ。
白石さんは、リュックからプリントを取り出している。
ストイックだなぁ、仕方がないから僕も取ってくるか。
僕だけリビングでぐうたらする選択もあるが、多分落ち着かないだろうし、面倒見てくれる人がいる時に頑張るか。
リビングから文房具一式とプリントを持ってくる。
白石さんはもう集中しているようで、部屋に出入りする僕のことを気に留めてはいない。
僕も頑張るか、冬休みの課題って長さの割に量多いしな。
カリカリと、シャー芯が紙に擦れる音だけが部屋を満たしていた。
あれ、読書部屋って言ってたのに結局勉強してないか?
……今日は勉強の気分だったんだろうな。そういうことにしとこう。
——————————
「お腹空いたわね」
白石さんが呟いた。
どれくらいの時間が経ったんだろうか、外はもう夜のとばりが落ちている。
そういえば、時計買ってないな。
あった方がいいんだろうか、ない方が集中できるんだろうか。
僕的にはない方が集中できるな、あるとチラチラ見ちゃうし。
スマホの画面を点ける。
もう18時か、三時間ぐらい勉強したな。
「どっか食べに行く? どこも混んでるだろうけど。あ、ケーキだけは買ってあるよ」
「ケーキ食べましょうか」
「食いつきが速いね......コーヒーは飲む? 豆じゃなくて粉からになっちゃうけど」
「いただこうかしら。家でも練習してるの?」
「夏祭りの時からお菓子作りとコーヒー淹れるのは習慣になったよ」
「長続きしてるわね」
「美味しそうに食べてくれる人がいるからね」
「その人に感謝した方がいいわよ」
「でもその人、死ぬほど愛想が悪いんだ。どうしたらいいと思う?」
「愛想って大事?」
「あった方がいいんじゃない?」
「速くケーキ持って来なさいよ」
「ほら可愛くない」
睨みつけてくる白石さんから逃げるようにキッチンに向かう。
コンビニで買ったケーキを食べやすいようにカットし、コーヒーを淹れる。
豆から挽くわけではないから、そこまで時間はかからない。
うーん、食器類どうしようか。
白石さんがどの程度うちに来るかだな。あとで相談しよ。
紙コップに出来上がったコーヒーを淹れ、紙皿とプラスチックのフォークを取り出す。
たまにならこのチープな感じもレジャーっぽくていいけど、やっぱちゃんとした食器のがいいよなぁ。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
買ったばかりの黒いテーブルに、真っ白なショートケーキを置く。
これ、汚れ目立ちそうだな。
ゴミ箱とかウェットティッシュとか細々したものは買わないとなぁ。
ケーキをつつきながら考える。
あぁ、でも部屋の主は白石さんっぽいから、勝手に物を増やさないほうがいいのか?
「白石さんってさ、どのぐらいの頻度でこの部屋来る予定?」
「そうね、気が向いたらかしら」
「答えになってなくない?」
「読書したい時、家で勉強する気分じゃない時、甘いものが食べたくなった時」
「それならもうカフェ行きなよ」
「他人がいると気が散るじゃない」
「僕はいいんだ?」
「村瀬君を無視することは慣れてるから」
「理由が悲しいよ」
結局、どれくらい来るんだろうか。
とりあえず食器類は買って、それ以外の日用品は彼女の判断に任せよう。
僕の倍の速度で消えていくケーキを見つめながら、何を買うべきか考える。
「ねぇ」
不意に白石さんから声をかけられる。
顔は少し、不満げに眉間にしわが寄っている。
甘味を食べてる時はいつも嬉しそうなのにな、珍しい。
「村瀬君が作った、ケーキのほうが美味しいわ」
「おや、嬉しいこと言ってくれるね。練習している甲斐があるよ」
「......言いたいこと、分かる?」
「あー、パンケーキでいい?」
「いいわ、とっびきり甘くしてちょうだい」
なるほど、僕におねだりするのが恥ずかしかったと。
パンケーキという単語を聞いたとたんに、しわが消えて嬉しそうな顔になる。
こういう、年相応のわがままを急に見せてくるのはズルいよなぁ。
可愛いと思ってしまう。
僕ってチョロいのかな。
「そうだ、村瀬君にクリスマスプレゼント買ってきてあるの」
「本当に? 僕もなんか買っておけば良かったな、昨日の買い物で終わりだと思ってたよ」
白石さんがリュックサックから包みを取り出す。
あまり、サイズは大きくないようだ。
「今開けていい?」
「むしろ、今開けてほしいわ」
なんだろう、今じゃなきゃいけない物なんだろうか。
包装を恐る恐る開ける。
中身は、黒いリネン生地のエプロンだった。
このタイミング、この中身、白石さんがこれをプレゼントした意図が見えるな。
「......嬉しいけどさ、僕にたくさんお菓子作らせるつもりでしょこれ」
「あら、そんなことないわよ。ちゃんと村瀬君のことを考えて買い物したわ」
「素直に喜べないなぁ。まぁ作るけどさぁ」
「ちなみに、ちゃんとしたブランドで買ったから良い値段したわ」
「普通プレゼント贈る相手に値段の話する?」
「八千円ね」
「たっか!」
思わず大声を出してしまう。
エプロンの相場とか知らないけど、多分相当高い。
手に持ったエプロンが、途端にずっしりと重く感じる。
なんか、高い物って普段使いしにくいよなぁ。
「それじゃあ、パンケーキよろしくね」
にっこりと笑う白石さんに、はぁとため息をつく。
目の前でエプロンを首からかけて、おおげさに頭を下げる。
「かしこまりました、女王様」
「似合ってるわよ」
「うーん、嬉しくない」
「珍しく褒めてるのに」
「これがイルミネーション輝く街中とかだったら感動してたよ」
「美人からの真心込めたプレゼントよ?」
「渡し方の問題でしょ。値段とか言っちゃダメだよ」
「村瀬君は、値段教えた方が意識してくれるでしょ」
「僕のことを深く理解しているようで嬉しいよ、泣けてくるね」
黒い、さらさらとした触り心地のエプロンをなでる。
僕の体格にフィットしており、不快感なく動くことができる。
まぁ、良いものを貰ったと思おう。
どうせ、作らないという選択肢はないのだ。
作るのも好きだし、美味しそうに食べるところを見るのも好きだから。
「ねぇ、調理するところ見ててもいいかしら」
「いいけど、面白いものじゃないよ」
「クリスマスっぽく作ってよ」
「そういう技術は難しいんだよ」
「難しいから、練習するんじゃないの?」
「正論は人のやる気をなくしちゃうよ」
話しながらキッチンに向かう。
メープルシロップでクリスマスツリーでも書けばいいか。
「ふふ」
冷蔵庫から材料を取り出していると、白石さんの笑い声が聞こえる。
「久しぶりに、楽しいクリスマスだったわ」
「......僕もだよ」
「パンケーキ、失敗しないでよ。台無しになっちゃうから」
「プレッシャーかけてくるねぇ。まぁ任せてよ、何回君に作ったと思ってるのさ」
ふと、キッチンから見える窓を覗くと、雪が降っている。
今まで、雪と言えば首を括ったあの日を思い出すから、僕にとってはいいものでなかった。
ただ、今首にかかっているものは、ロープではなくエプロンだ。
傷跡も何も残っていない首元をさする。
気がつけば、あの日の光景はもう鮮明には思い出せない。
あぁ、今日は、今年は本当に楽しかった。
「どうかしたの?」
「いや、人生何があるか分からないなぁって」
「なによそれ」
「僕も成長したってことだよ」
「私が指導してるもの、当然よ」
「はいはい、来年もお願いしますよ」
「パンケーキの出来次第ね」
「もしマズかったら?」
「今日でさようならね」
「今日読書部屋作ったばっかなのに」
そんな軽口を二人でずっと言い合っていた。
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