背徳感は蜜の味
「家庭科とか体育の筆記試験ってさぁ、将来何の役に立つんだろうね。リレーのルールとか覚えても使わなくない?」
「意味なんか求めても仕方ないでしょ。学習ができてるかどうかのチェックなんだから」
「そうだけどさぁ、筆記でやらなくてもよくない? 実技科目なんて実習でいいでしょ」
「体育の内申点、全部実技でいいの? もやしの私たちにとって数少ないチャンスよ?」
「体育は諦めてるから別にいいよ。普段から運動している人がいい評価をもらうのは当然じゃない?」
「村瀬君って変なところで潔いわね」
「僕はいつだって清廉潔白だよ。嘘なんかついたことないし、深夜の車通りのない信号とかもちゃんと守るよ」
コーヒーをすすりながら他愛もない会話に花を咲かせる。
テスト前の日課となった、カフェでの勉強会。
ある程度集中して勉強したら、僕が作ったお菓子を食べて解散になる。
白石さんは美味しそうにタルトタタンをつついている。
僕のお菓子のレパートリーも増えたものだ。
将来、本気でお菓子を出すカフェでもやろうかな。
幸いお手本になる人は身近にいるし、大学を卒業するまでにやりたいことが見つからなければ、それでもいいかもしれない
店長をお手本にしていいかは、若干怪しいが。
「もうちょっと焦げ目がついてるほうがいいんじゃない?」
「買うリンゴの種類間違えちゃったから、ちょっとレシピ通りにいかなかったんだよね。味はどう?」
「悪くないわ」
リンゴなら何でもいいと思っていたので適当に買ってしまった。
タルトタタンは紅玉が最適らしい。
まぁ、味の文句は無いようなので今回は良しとしよう。
ふと外を見ると、白い何かがふわふわと舞っていた。
雪かぁ、ずいぶんと寒くなったものだ。
「ゆーきやこんこん、あられやこんこん」
積もるほど降る地域ではないからいいけれど、雪国は大変そうだ。
排水溝が雪で隠れるから危ないんだよなぁ。
一年も住んでいなかったが、それでも大変だった記憶が強い。
水気を孕んだ雪は重く、雪かきが重労働となるのだ。
「それ、間違ってるわよ」
僕が懐古にひたっていると、白石さんが指摘してくる。
「あなたの歌っている童謡と、その歌詞は別の曲よ」
「へぇー、もう一個の方があるんだ」
「『雪』と『雪やこんこん』の二曲ね。あなたの歌った『雪』の歌詞は、雪やこんこ霰やこんこ、が正しいわね」
また雑学が一つ増えた。
白石さんは物知りだなぁ。
おっと、感心してる場合ではない。
積もることはないだろうが、万が一電車が止まったら大変だ。
勉強もしたし、お菓子も食べ終わったようだし、今日は解散しなければ。
明日から丸一週間テストかぁ、まぁ乗り越えたら冬休みだし頑張るか。
「テストめんどくさいねぇ」
「半日で帰れるから私は好きよ」
駅までの道、いつもよりこころなしか静かな街を二人で歩く。
真っ白な雪が、ひらりと手のひらに乗っては消えていく。
どうして雪が降っていると、静かに感じるんだろうね。
白石さんに質問しようと思ったが、手のひらに溶けた雪の名残を見つめる彼女は、何かを考えているようだったのでやめた。
雪と美人、消えそうな儚さが絵になるね。
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「納得いかんなぁ」
テストも無事に終わり、結果も悪くはなかった。
いや、高校生活の中で一番良かったと言っていい。
毎日の積み重ねの大事さとか、人に教わることの効率の良さとかを身を持って体験した。
だから、普段は気にしないテスト順位も見てみることにした。
別に一位を目指して勉強したわけではないけれど、単純に自分が学年でどれくらいの順位なのか気になったからだ。
ただ、今になって見なければ良かったなぁと少し後悔している。
自分の順位が低かったわけではない。
三十位、一年のときに勉強をサボっていたことを考えると悪くはない順位だ。
ただ、一位の人物に納得がいかなかったのだ。
「あは~、何が納得いかないの~?」
「なんでギャルなのに勉強できるの?」
「なんでギャルは勉強できないと思うの~?」
「......なんでだろうね、偏見だったかもしれない」
一位 一ノ瀬 陽菜
着崩した制服と明らかに校則に違反した明るい茶髪、冬にも関わらず大胆に露出した生足。
うーん、頭良さそうに見えないんだよなぁ。
偏見とは恐ろしいものだ、自分では持っていないつもりでも、根強く思想にこびりついている。
メガネかけた清楚な女の子の方が、ギャルより頭が良いって考え方はもう古いのかもしれない。
「なにか特別な勉強方法とかあるの?」
「暗記~」
「参考にならないんだよなぁ」
白石さんもそうだけど、僕はどうやって暗記してるか知りたいんだよなぁ。
これが地頭の良さなのか?
「それよりもえいじちゃんに聞きたいことあったんだけどさぁ~」
他の生徒の邪魔にならないように掲示板から離れて会話をする。
「とおるちゃんとエッチでもした?」
「女の子がそんなはしたないこと言うんじゃありません」
「別にこれくらいなら普通だよ~」
とんでもないことぶっこんできたなこの女。
友人とかいないから、普通って言われても猥談分かんないんだよなぁ。
僕が同じことを聞いたらセクハラになるだろうし。
「修学旅行中二人で休んだあたりから怪しいと思ってたんだ〜。お揃いのキーホルダーとかつけてるし~」
「え、僕のキーホルダー見たの?」
基本的に学校でアパートの鍵を取り出すことはないから、誰も白石さんの筆箱についたキーホルダーが僕とお揃いのことは知らないはずなのに。
「あは~、やっぱりお揃いなんだ~」
「......くそ、ハメられた」
一ノ瀬さんの反応を見て、カマをかけられたと気づく。
頭の回転が速すぎるだろ、よくここまでキレイに人をだますことができるな。
「進んでるねぇ~」
「進んでないよ、人前で手をつないだことすらないし」
「人前じゃなければあるの?」
「黙秘で」
「あは~」
これは完全に僕の口が滑った。
いかん、どうも一ノ瀬さん相手は苦手だ。
話を変えよう。
「そういう一ノ瀬さんは相手いないの? 好きな人とかさ」
あんまり浮ついた話を聞かないんだよな。
いっつも誰かしらと居るところは見かけるけど、特定の誰かと仲が良いみたいな話は聞いた事がない。
石井君ぐらいだろうか、まぁ親戚だしそりゃ仲はいいだろうけど。
僕の質問に、一ノ瀬さんは妖艶にほほ笑んだ。
「聞きたい?」
「聞きたくないかも」
「誰にも内緒ね」
力強く右腕を引っ張られ、体勢を崩す。
耳元に一ノ瀬さんの口が近づく、吐息がかかってくすぐったい。
甘ったるい声が脳内に響く。
「しょうちゃんが好きなんだぁ」
「......インモラルだね、親戚でしょ?」
「従兄弟は合法だよ?」
「そうなんだ、知らなかったよ」
うーん、聞きたくなかったなぁ。
一ノ瀬さんの顔はいつも通りの、ニコニコとした陽気な笑顔に戻っていた。
先ほどまで見せていた、妖しい笑みのかけらはどこにもない。
この二面性が、どうにも苦手な原因だ。
「女の子はね~、色んな顔があるんだよ~」
「そういうもんなんだ」
石井君に心の底から応援の念を送る。
怖い女の人に好かれたものだ。
いや、天然の石井君にはこれくらい計算できる人の方がいいのかもしれない。
僕には関係ない話だ、頑張ってくれ石井君。
「応援してね?」
「するする、僕のいないところで頑張って」
「あは~、フリにしか聞こえないよ~?」
勘弁してくれ。
人生経験が薄い僕には話題が重すぎる。
「えいじちゃんもクリスマスイブ頑張ってね~」
そう言い残して一ノ瀬さんは去って行った。
なんでイブに用事があるって分かったんだろうか。
地頭の良さかな。
僕はそう自分を誤魔化して、帰路につくことにした。
明日からクリスマスイブで、冬休みだ。
そういえば、白石さんのお願いは結局なんだろうか。
彼女も一ノ瀬さんみたいに二面性があったりするんだろうか。
ちょっと、怖くなってきちゃったなぁ。
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