イブは前日って意味じゃないらしいよ
「クリスマスってさ、イエスキリストの誕生日なんでしょ? キリスト教じゃない国ってどうしてるんだろうね。日本みたいにお祝いするのかな」
「別にクリスマスってキリストの誕生日じゃないわよ」
「え、そうなの? ずっと誕生日だと思ってた」
昼休み、屋上へとつながる階段の踊り場で、僕は白石さんと話していた。
あまり昼に白石さんと話すことは無いが、今回は相談したいことがあったのでお邪魔している。
本題を切り出す前に、お喋りをしているところだ。
「じゃあクリスマスってなんなの?」
「キリストが生まれてきたことをお祝いする日」
「それが誕生日じゃないの?」
「生まれた日じゃないわよ。キリストの誕生した日は特定されていないから、降誕祭としてその日にお祝いしましょうってことよ」
「へぇー、そうなんだ。じゃあ別に十二月じゃなくてもよくない?」
「昔の冬至がクリスマスの始まりって説があるわね。太陽をキリストと結んで、段々と長くなる太陽のことをキリストの復活として見立てているらしいわ」
「博識だねぇ」
「こないだ歴史の時間で先生が言ってたわよ?」
そうなんだ、多分寝てたな。
歴史の授業って眠くなっちゃうんだよね。
何年に誰々がどこに行きました、どこで何をしましたみたいな話ばっかりで退屈なんだ。
資料集を見ているのは面白いんだけどね、教科書ベースで授業が進むから面白くないんだよなぁ。
テスト対策も暗記するだけでいいし、あんまり好きな科目ではない。
「それで、用件はそれだけかしら?」
「おっと、お喋りに夢中で本題を忘れるところだったよ。白石さんってさ、『賢者の贈り物』ってお話知っているかい?」
「本題もお喋りじゃない......まぁ知っているわ。この話もクリスマス関連ね」
「そうそう、知っているなら話は早いや」
貧しい夫婦がクリスマスにプレゼントを贈り合う話。
妻は夫の時計に合うチェーンを買うために自慢の長い髪を売った。
夫は妻の髪に似合う櫛を買うために大切な時計を売った。
お互いに想い合う結果、どちらのプレゼントも役に立たないものになってしまう。
ただ、自らを犠牲にしながらも贈り物をし合う二人が、この世で最も賢いものだ。
彼らこそが最高の賢者なのだ、というお話が賢者の贈り物だ。
まぁ、言わんとしてることは分かるけども、あんまり僕にはピンとこなかった。
「クリスマスプレゼントって何が欲しいの? あ、僕は服選びに付き合ってほしいな」
「賢者の贈り物のくだり必要だったかしら?」
だから、教訓もなにもかも無視して直接聞く。
想い合う気持ちが大事?
必要なものをもらうのが一番嬉しいだろう。
ギブアンドテイクの関係でいこう。
「そもそも、村瀬君とクリスマスを過ごすなんて一言も言ってないわよ?」
「でも他に用事ないでしょ?」
「一夜を共にする相手がいるって言ったら?」
「白石さんと仲良くできる秘訣を知りたいから、そのお友達を僕にも紹介してくれ」
一緒に過ごす家族がいないのだ。
どうせならお互いに孤独を埋め合う方が生産的だ。
まぁ、今更孤独が辛いような精神性を持ち合わせるわけでもないが。
「別にクリスマスにどこか出かけようってわけじゃないよ。人混み大変そうだしね。ただ、イベント毎にかこつけて僕の頼みを聞いてほしいだけなんだ。そのお礼にクリスマスプレゼントをあげるってだけで」
「その頼みが服選び?」
「コートがボロボロになってきたし、ちょうどいいから私服一新しようかなって。僕、ファッションセンスとかないから人に選んでもらうのが一番いいと思ってさ」
「一ノ瀬さんに頼んだら?」
「いやぁ、一ノ瀬さんはちょっと......」
彼女は確かに僕らよりファッションに明るいだろう。ギャルだし。
ただ、彼女に借りを作るのは気が引ける。
今でさえ何かと振り回され気味なのだ。
服を選んで、なんて頼んだ日にはマネキン人形にされるのが目に見えている。
別にバッチリモデルのようにカッコつけたいつもりではない。
強いこだわりなんてないから、変じゃなければそれでいいのだ。
「テスト勉強を見てもらうついでってことで、一つどう?」
「勉強を見るのは決まっているのね」
「新しいレシピ覚えたよ。ミルクレープとか」
「いくらでも見てあげるわ」
……普通にクリスマスケーキとかあげれば良い気がしてきた。
洋菓子ばっかり練習してるけど、彼女の反応を見るに正解だったな。
「じゃあ、来週からのテスト勉強はそれでよろしく。店長の許可は取ったから、場所も問題ないし」
「最近混んでるけど、私たちでテーブル占用していいの?」
「僕らでテーブル埋まった方が楽だって言ってたからいいんじゃない」
「......なんであの人カフェ経営してるのかしら」
「それは僕も知りたい」
道楽って言ってたけど、それにしてはコーヒーはちゃんと美味いんだよなぁ。
バリスタの資格も持っているらしいし、能力はすごいんだよな。
おっと、また話がズレてしまった。
「それで、どう? クリスマスは混んでそうで嫌だから、イブに駅前の店で適当に服選んでよ。お返しにできる範囲でプレゼントするからさ」
そう言うと、白石さんはあごに手をあてて考える素振りを見せる。
これは、望み薄かな?
「できる範囲って、どこまで?」
「どこまでって言われると困るな。そうだな、切腹しろとかは無理だけど、常識の範疇かつ僕のアルバイト代でなんとかなる範囲なら、なんでもいいよ」
「なんで急に切腹させるのよ、見たくないわよ。それより、なんでもって言葉に嘘はないわね?」
「武士に二言はないよ」
「武士じゃないでしょあなた」
なんか急に乗り気になられると、それはそれで怖いな。
うーん、白石さんならさすがに、変な無茶ぶりはしないか?
不安だけど、まぁいいか。
「それで何が欲しいの?」
「当日のお楽しみにしましょうか」
「えぇ、ずるくない?」
「その軽い口を呪うことね」
昼休み終了を告げるチャイムが鳴る。
白石さんは楽しそうに階段から立ち上がる。
ちょっと嫌な予感がしてきたなぁ。
僕の不安そうな顔を見て、彼女は愉快そうに笑う。
「大丈夫よ、村瀬君にもメリットあるわ」
「そう、それならいいけど」
「それより、新しいレシピってミルクレープ以外になにがあるの?」
「甘いもの本当に好きだねぇ。ザッハトルテとかは作れるかな」
「センスいいじゃない、いい生徒を持ったわ」
「先生、何かいいテスト勉強方法ってありますか?」
「暗記」
僕は悪い先生を持ったようだ。
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