日常
「教養が欲しいよなぁ。教養って何だと思う?」
「バカの質問やめてよ」
放課後、僕らは特別指導室にいた。
修学旅行は授業の一環なので、欠席すると埋め合わせのために課題をする必要がある。
普段の教室より少し狭い部屋には、僕と白石さん以外に誰もいない。
つまり、僕らしか休まなかったわけだ。
「水族館の展示を見てさ、色んなことを知ってちょっと感動したんだよね。自分の知らないことっていっぱいあるんだなぁって」
「それで?」
「いや、そういう知識がいっぱいあればこのお喋りも楽しくなりそうだなぁって。ほら、クラゲに心はあるか、みたいな話とかももっと深い話ができそうじゃない?」
「それって雑学じゃない」
「雑学と教養って違うの?」
隣り合わせの机で、いつものようにお喋りをする。
課題のプリント自体は難しいものではなかったのでとっくに終わっている。
あとは、決められた時間まで指導室にいればいい。
僕はもうペンを投げ出してだらけているが、白石さんのペンはまだカリカリと忙しそうに動いている。
どうやら英単語カードを作っているようだ。
話しながら作業を進めている。
「知識によって養われた、品位とか心の豊かさの意味だったはずよ」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ雑学でも品位が身につけば教養って言っていいのかい?」
「村瀬君の場合、ただのお喋り野郎になるだけじゃない?」
「僕に品位が無いって言いたいのかい? 心外だなぁ、僕はモラルも倫理も道徳も全部理解できる人間だよ?」
「理解してるだけでしょ。実行に移さないと意味がないのよ。あとモラルと道徳同じ意味でしょ」
「泣いている子供を助けたこともあるよ?」
「どうせ助けないと自分が通報されそうとかそんな理由からでしょ?」
やっぱり白石さんってエスパーだよな。
図星を突かれて僕は黙る。
教養は諦めようかな。
心の豊かさとか言われても分からないしな。
窓に視線を向けると、もう夕日は沈みかけている。
だいぶ暗くなるのが早くなったなぁ。
18時を告げるチャイムが鳴る。
これで僕らの特別課題は終了だ。
伸びをしながら椅子から立つ。
その時、白石さんの筆箱のジッパーについた青いクラゲが目に入った。
気に入ってもらえるか不安だったけど、こうして普段使いしてくれているなら安心だ
視線に気がついたのか、白石さんは文房具をカバンにしまいながら話しかけてくる。
「なに?」
「もう外が暗いからね、家まで送ろうかなって。一人の品位のある人間としての提案だよ」
「品位ってそうやってアピールするものじゃないわ」
「どうやってアピールするの?」
「にじみ出るものでしょ」
「そんな出汁みたいなものなんだ品位って」
「もうその発言が品位ないでしょ」
駅まででいいわ、と言いながら、白石さんは立ち上がって歩き出す。
僕も続いて歩き出す。
扉を開けて、うやうやしく頭を下げる。
「はい、レディーファースト」
「減点」
「レディーファーストはお気に召さない?」
「口にするのがダメ」
「言わないと気がつかないかなぁって」
「気遣いをアピールする時点で終わってるでしょ」
それはそう。
まぁ、白石さん相手だからできることではある。
一種のプロレスだ。
僕がふざけて、白石さんが突っ込む。
だいぶ彼女とは打ち解けたものだ。
下駄箱で靴を履き替え、校門を出る。
ずいぶんと気温も下がってきたなぁ、新しいアウターでも買おうかな。
中学時代から同じコートを使っているが、背が伸びてサイズも少し小さいし買い替え時か。
ついでにオシャレな服でも買うか。
なにがセンスいい服とか分からないけど、また二人で出かける時に服だけでも見劣りしないようにしなければ。
「車道側歩いたりとかは無意識にできてるのに......」
ぼんやりと考え事をしていると、白石さんがぼそりと呟く。
考え事のせいでしっかりと聞き取れなかった。
「なんて言った?」
「何を言ったと思う?」
「靴下って何で靴中って言わないか」
「村瀬君じゃあるまいし、私が言うわけないじゃない」
「ごめん、本当に話聞いてなかったから適当に喋った」
「ちなみに、靴下の下って内側って意味よ」
「へぇー、物知りだね」
「下着の下も同じ意味よ。靴の内側に履く下着で靴下」
「白石さんって教養あるよね」
「この会話に教養を感じられても嬉しくないわね」
会話をしているうちに駅に着く。
いつもより帰る時間が遅いため、社会人の退勤ラッシュと被って人が多い。
あれ、結局なんて言ったんだろう。
「それじゃあ、また明日」
「あ、また明日ー」
聞き返す前に白石さんは人ごみに消えていった。
まぁいいか、独り言っぽかったし。
僕も寒いし早く帰ろ。
ポケットに両手を突っ込む。
チャリンと澄んだ音がする。
ポケットの中で、アパートの鍵につけたクラゲのキーホルダーが当たった音だろう。
そういえば、僕の部屋に読書部屋を作るって発言は本気だったんだろうか。
十一月が終わったら、期末テストの勉強期間になる。
本人は覚えているかどうか知らないけど、時間に余裕があるときに掃除しとくか。
……テスト前の方が、掃除がはかどる現象に名前ってあるんだろうか。
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