閑話 とある公園での一幕
雲一つない快晴の下、缶コーヒー片手にブランコに揺られていた。
平日の真昼間ということもあり、僕のほかには誰もいない。
ブランコが鳴らすキィと甲高い音だけが響いていた。
コーヒーをすすりながらぼんやりと空を見る。
あぁ、美味い。
普段もっと高いコーヒーを飲んでいるが、こういうのは雰囲気が大事なのだ。
カフェで飲むコーヒーも、誰もいない公園で学校をサボって飲む缶コーヒーもどちらも美味しいのだ。
地面を蹴って少しだけブランコに勢いをつける。
片手が埋まっているので、ちょっと揺れる程度に調整する。
水族館に行くのが明日だから、今日一日はやることがないのだ。
白石さんの体調もほぼ良くなったらしく、お見舞いもいらないということで僕は一人ブランコに揺られている。
思い付きでくたびれたサラリーマンごっこがしたくなって公園に来たが、割と満足している。
本当は飲み終わった缶をゴミ箱にシュートするシーンもやりたかったが、ゴミ箱がないので諦める。
今、本当にゴミ箱見なくなったよね。
コンビニも基本的に店内にしかないし、自動販売機の横のゴミ箱もこないだ撤去されていた。
マナーの悪い人がいるから、仕方がないのかもしれない。
ルールを守っている人が被害に遭うんだよなぁ、世知辛いね。
残っていたコーヒーを飲みきった時に、公園の出入り口に誰かが立っていることに気がついた。
どうやら女の子のようだ。目元を何度もこすりながら、うつむいてトボトボと歩いている。
出入り口は一つしかない為、女の子を無視して帰ることはできなさそうだ。
誰もいない公園、泣いてる女の子、不審な男性、事案かな?
本音を言えば関わりたくない。
下手に通報されて問題になったら明日の水族館もお流れになりそうだし、そもそも平日の昼間に学校に行っていない子供の時点でろくでもない案件だろう。
え、僕も同じ条件だって? はは、僕はろくでもない人間だからいいんだよ。
はぁ、気がつかなければよかったなぁ。
関わりたくはない。関わりたくはないが、見捨てて帰るのも良心が痛む。
明日は何の気兼ねなく楽しみたいのだ、寝覚めが悪くなるようなことはできればしたくない。
仕方がない、できる限りは頑張ろう。
公園内の自動販売機でホットココアを買って、泣いてる女の子に差し出す。
たくさん泣いたようで、鼻も目も真っ赤になっている。
「やぁ、可愛いお嬢ちゃん。そんなに泣いてどうしたのかな?」
「ひっぐ、ひっ、えっぐ」
「泣いてないで、お兄さんとお喋りをしよう。そこのベンチでゆっくりと話そうよ」
女の子と視線が合うようにかがむ。
ソバカスが特徴的な、可愛らしい女の子だ。
平均とか知らないから感覚になるけど、小学生の女の子にしては身長も高い気がする。
「......おにいちゃん、だぁれ?」
誰か、難しい質問をするね。
僕も僕が誰か探している最中だよ。
「お兄さんはね、妖怪オシャベリメカクレだよ。心のキレイな女の子に見える妖怪なんだ」
「ようかいなの? わたし、たべられちゃうの?」
「そんな悪い妖怪じゃないよ、お喋りが好きなだけの妖怪だよ。ほら、ベンチで泣いている理由を教えてよ」
「......うん」
唐突に現れた妖怪に驚いたのか、まだ鼻はスンスンと鳴らしているが涙は止まったようだ。
ベンチに座り、あげたココアのプルタブを開けるのに苦戦している。
通報されませんようにと心で念じながら僕も隣に座る。
さっさと泣いてた理由を突き止めて、帰ろう。
「それで、どうして一人で泣いていたのかな? お母さんはいないのかな? 学校はお休みかな?」
お母さん、学校という単語を聞いた女の子の顔が歪む。
おっと、聞き方が露骨だったかな。
でも話してもらわないとどうしようもないからな。
「学校いきたくない。お母さん、きらい」
「ケンカでもしたのかい?」
「......わたしのかおを、男子がきたないって言うの。ブツブツできもちわるいって。だから学校行きたくないっていったのに、行けっておかあさんが言うから、にげてきちゃった」
「ソバカスのことかい? 僕にはチャーミングに見えるけどね。皆見る目がないね」
「ちゃーみんぐ?」
「あぁ、可愛いってことさ。全然汚くないよ」
言葉だけでは信じられないと思い、少女のそばかすを触る。
子供の肌ってもっちもちなんだ、若さってやっぱすごいな。
「でも、そんなこと言うのようかいさんだけだよ。人間と考え方がちがうんだよきっと」
「妖怪も人もそんな好みは変わらないよ」
おっと、親しみやすさのためについた嘘がここで仇になったようだ。
気をつけていてもこの口は、余計な事を話してしまう。
癖ってこわいね。
ただ話すうちにだいぶ落ち着いてきたようだ。
小さい口でココアをちびちびと飲んでいる。
「お嬢ちゃんは、自分のこと嫌い?」
「ううん、だいすきだよ」
「お、いいね。すごい才能だよ」
「ようかいさんは、自分のこときらいなの?」
「最近の自分は好きだよ。昔は嫌いだったけど。他人のことを悪く言う人はね、自分のことが好きじゃないのさ」
「どうして、自分がすきじゃないと人のわるぐちいうの?」
子供の価値観って特殊だからな。
足が速いとモテたり、龍のエプロンが人気だったり、僕の考えが当てはまるかどうかは分からないけど、自分の考えを伝える。
「人間はね、好きなものと嫌いなものがよく目につくんだ。自分のことが嫌いだと、自分の嫌いな部分を人にもあてはめちゃうんだよ」
「うーん、よくわかんない」
「お嬢ちゃんは、好きな色ってあるかい?」
「赤!」
「赤い物って、歩いていてよく目にしない?」
「ポスト! あとしょうぼうしゃ! 赤いぶわっとさく花もよく見るよ!」
「そうだね、いっぱい見つけられるよね。嫌いも一緒なんだよ。好きと嫌いは無意識に探しちゃうんだ」
「それがどうして、わたしのわるぐちになるの?」
「自分が嫌いだとね、人の嫌いなところもいっぱい見つけちゃうんだよ。自分の顔が嫌いなら人の顔に悪口を言っちゃうし、性格が嫌いなら人のイヤな性格を探しちゃうんだ」
「ようかいさんもそうなの?」
「僕? 僕なんか特にそうだよ。自分の性格に自信がないから、人の性格ばっか気にしちゃうんだ。本当に気をつけなきゃいけないのは自分の性格なのにね」
「どうして、自分のことを気にしなきゃいけないの?」
子供は好奇心のかたまりだなぁ。
どうしてどうしてが止まらないね。
……僕もどうしてばっかり考えているような気がしてきた。
今までのしょうもない質問が思い浮かぶ。
結局、どうして大きい鍋で作ったカレーは美味しいんだ?
帰ってから調べよ。
「他人の考えを変えるのはとっても大変なんだ。お嬢ちゃんがもし、ソバカスの悪口を言う人の考え方を変えなきゃいけないって言われたら、どうする?」
「んー、ぼっこぼこにする」
「暴力はダメだよ」
アクティブだなぁ。
なんで泣いてたんだ? 学校では我慢してんのかな。
「じゃあかえられないよ」
「そうだね、じゃあどうしたらいいと思う?」
「......わたしが無視する」
「そう、自分の考え方を変える方が簡単なんだよ。悪口を言ってくる人とは付き合わなければいい。嫌がらせをしてくるなら先生に言えばいい。我慢する必要も、自分のソバカスを嫌いになる必要もないよ」
男子からの悪口なんて大半が照れ隠しだ。
好きな子の気を引こうと、思ってもない悪口を言うのが小学生だからなぁ。
「じゃあ、わたしの悪口を言うたっくんもよっちゃんも気にしなくていいの?」
「気にしなくていいよ。自分のことを大事にすればいい。そしたら、もっと可愛い女の子になれるよ」
「ほんとう? わたし、かわいくなれるかなぁ」
「なれるなれる、良いことを教えてあげるよ」
脳内で一人の少女を思い浮かべる。
本ばっかり読んで、他人と交流しない少女のことを。
「愛嬌があれば、性格が良ければそれだけでとっても可愛く見えるよ。肌なんて大した問題じゃないよ」
愛嬌があればなぁ、クラスで嫌われることもないだろうに。
まぁ、そういう性格だったら僕と出会うことは無かっただろうから、何とも言えないけど。
女の子は安心したようで、缶を思いっきり持ち上げてココアの残りを飲んでいる。
「ようかいさんにお話きいてもらったら、なんかだいじょうぶな気がしてきた!」
「そうそう、人生なんとかなるし、あんまり気にしないほうがいいよ」
どうにもならなかったら死ぬだけだ。
そんな事態になることは、よほどの事がなければないだろう。
僕と白石さんがおかしいだけなのだ。
それに、そんな僕らでも生きていくだけならなんとかなっているし。
「お母さんが心配してるだろうから、帰った方がいいよ」
「うん! お家かえるね!」
「あ、僕のことは内緒でお願いね? 妖怪は人に見つかるとマズいんだ」
「わかった!」
とてとてと足音を立てて出口に向かって走っていく。
ふぅ、ひとまず問題解決かな。
女の子のこれからは、僕の知るところではない。
あとは本人と親の問題だ、頑張ってくれ。
出口でピタッと止まってこちらの方を向く。
まだ何かあるのかな?
「ようかいさんのせいかく、わたしはすきだよー!」
そう叫んでから、ぶんぶんと手を振って走り去ってしまう。
……励ましかな? 自分の性格に自信ないって言っちゃったし。
いい子だなぁ、小学生で他人の気遣いなんてできるんだ。
僕の小学生時代はどうだったかなぁ。
引っ越しばっかりで、他人のことなんて考えられなかったな。
ベンチから立ち上がり、僕も公園を後にする。
過去のことは気にしてもどうしようもない。
家に帰って、明日行く水族館の道のりだけ調べよう。
「あ」
手に持った空き缶を見て、女の子に渡したココアのゴミを回収し忘れたことに気づく。
お金を持っている様子はなかったから、絶対に誰から買ってもらったことに親は気がつくだろう。
女の子は多分約束を守るだろうから、僕のことを話さないだろう。
うーん、不審者の痕跡を残してしまった。
どうも、カッコよくスマートにできないなぁ。
『ようかいさんのせいかく、わたしはすきだよー!』
脳内で、純粋な女の子の声がこだまする。
……カッコ悪さも、僕らしいか。
彼女には頑張って母親を説得してもらおう。
最良の結果ではなかったが、寝覚めは悪くなさそうだ。
弾けるような笑顔で手を振っていた光景を思い出す。
たまにはこんな日があってもいいだろう。
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