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冗長な僕と淡白な君  作者: アストロコーラ
高校二年二学期

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32/74

また明日

「それじゃあ、私は帰るよ。透にもよろしく言っておいてくれ」

「はい......」


 女子高生が寝ているベッドで男二人がコソコソと話す。

 本当は起き上がって説明したかったが、白石さんの腕ががっちり僕をホールドしていてできなかった。

 寝ている時に何かに抱き着くのは昔からの癖のようで、そのおかげで僕の無実は証明されたのだが。

 本当に何もしていないことを説明している時は、生きた心地がしなかった。

 鍵が偶然開いていて、看病してるうちに気がついたらベッドインしてたんですよ。あ、手は出してないですよ?

 ……うーん、有罪かな。

 白石さんはぐっすりと寝ていて、僕の助けにはならなかった。

 今回は、巻き込まれた側を主張しても許されるよな?


「あぁ、君にこれを渡しておくよ」


 未だベッドに横たわる僕の手に、おじさんが懐から取り出した物を渡される。

 ひんやりと金属の冷たさが伝わる。

 部屋の明かりは白石さんが起きないように配慮して点けていないため、目視で確認できない。

 なんだろう、ギザギザしてて、板状の形かな?


「この部屋の合鍵だよ」


 それ本人の意思無しで渡していいんですか?

 握った物体の正体を知った途端に、少し重くなった感じがした。

 ちょっと、僕が持つには重くないか。


「こんな大事なもの受け取れませんよ」

「ぜひ受け取ってほしい。私はあまりこっちに来られないからね。信頼できる人間に頼みたいんだ」

「いや、本人に確認なしはちょっと」

「じゃあ、起きたら本人に確認してくれ。透も返せとは言わないだろう」


 ダメだ、取り付く島もない。

 叔父さんは立ち上がった。

 どうやら僕を見捨てて帰るようだ。


「透はね、1と0が極端な子供だったんだ」

「はぁ」


 急によく分からないことを言い出した。

 あれかな、好きと嫌いが激しいってことかな?


「最近は0しかなかったけど、君は1のようだから」

「1もありますかね」

「そうでもない人間は部屋に入れんだろう」


 そうですかね。娘さん、思ったよりアクティブな人間ですよ。

 まぁ、白石さんが極端な人間というのは少し納得する。

 怒られている時に小説を読み始めるのは、相手に一切の興味がなかったのだろう。

 学校に居る時は小説が0と1の境界線かな?

 興味が小説より上回ったら話してくれるし、下回ったら無視する。

 僕もくだらないお喋りは無視されるし、このラインはありそうだな。


「それじゃあ」


 そう言って叔父さんは本当に帰ってしまった。

 部屋は白石さんの静かな寝息しか聞こえない静寂に満ちている。

 早く起きてくれないかなぁ、そろそろ一度くらい起きてもいい気がするけど。

 ずっと同じ向きで寝てるのって結構辛い。

 寝返りって大事なんだな。

 白石さんは時折、後ろでもぞもぞしているから腕以外は姿勢変えてるんだろうな。

 背中の温もりが、秋の夜にちょうどよい温かさで眠気を誘う。

 これで寝たら、本当に朝までいることになりそうだ。

 さすがにそれはマズいだろう。

 あんまり面白くないことでも考えるか。

 オッサンはなにしてるだろうか。

 オッサンは僕が首吊り未遂をした後に一年間だけお世話になった人だ。

 名前を教えてくれなかったので、オッサンと呼んでいる。

 中学三年の時にだけ居候して、そのあと追い出されてから一切会っていない。


『十五歳なんてもう一人前だろ、ガキがいると女呼びづらくて仕方ねぇから契約してやったアパート行ってこい』


 今思い返すと、ろくでもない人間だったなぁ。

 ギャンブルに酒、風俗と、ろくでもない大人の見本市だった。

 僕の遺産に興味なかった理由もヒドイものだった。


『他人の金で遊んだって楽しくねぇだろうが。使っちゃいけねぇ自分の金を賭けるから燃えるんだろうが』

『金の心配をしないで飲む酒なんか美味くねぇよ。アルコールの暴力で脳みそを溶かすのがたまらねぇんだ』


 ……両親とどんな関係があったんだろうか、オッサン。

 最近まで人間関係なんてどうでもよかったから、考えたこともなかったな。

 今度お礼しに行こうかなぁ、でも連絡先も住所も覚えてねぇんだよなぁ。


「うぅ」


 面白くもない過去を振り返っていると、後ろからうめき声が聞こえる。

 そろそろ目が覚めたかな?


「起きた?」

「......喉渇いた」

「スポドリあるけど飲む? あ、叔父さんが来てリンゴ持ってきてくれてたよ、剥こうか?」

「......なんで布団に村瀬君が入ってるの?」

「なんでだろうね、それは僕も聞きたいよ」

「けだものね」

「僕を抱きしめてる腕を離してもらってから言っておくれ。僕が病人に手を出す人間だと思われているのは不本意だね」

「......寒い」

「風邪だからね、しょうがないよ」


 あまり体調は良くなってないようだ。

 それとも、風邪を引いた時は人肌恋しいっていうやつが白石さんにもあるのかな?

 仕方がない、もう少しだけこの辛い姿勢のままお喋りしようか。

 慣れとは怖いもので、姿勢の辛さも、布団のいい匂いも、白石さんの温もりも、あまり動じなくなってきた。

 あれほど激しかった鼓動も、今は平静だ。


「お医者さんにはなんて言われたの?」

「ただの風邪よ。ただ、三日は熱があるかもって」

「三日かぁ、修学旅行は行けそうにないね」

「そうね」

「別にダメージはなさそうだね」

「あまり興味ないもの」

「それじゃあさ、僕とどこか行こうよ。デートってやつ。体調がきつかったらお家デートでもいいよ」


 僕が居眠りする前に思いついた、一つのプラン。

 二人で修学旅行をサボるのだ。

 僕がいないほうがオタク君たちは気兼ねなく楽しめるだろう。

 僕も気を遣わなくていいから、win-winの関係だ。


「あなた、サボるの?」

「まさか、ちゃんと病欠だよ。風邪を引いた人と室内で長時間一緒にいたからね。僕も風邪がうつっているかもしれないし、大事をとって休むだけさ」

「サボりじゃない」

「配慮といってもらいたいね」


 最近は感染症とか怖いからね、インフルエンザも出始めてきているらしいし、先生も無理に参加しろとは言うまい。

 ちなみに、先生にはもう欠席のメッセージを送ってしまった。

 白石さんに断られたら、もう家で寝るしかない。

 僕も本買って時間潰してみようかな。

 白石さん的に電子書籍ってどういう判定なんだろう。


「あなた、バカね」

「そう? 僕としてはいい提案だと思ったんだけど」

「人生で一度きりのイベントよ?」

「別にいいでしょ。イベントにこだわる理由はないよ。京都に行きたくなったら、行きたい人とまた行けばいいのさ。二度と旅行できなくなるわけじゃないし」


 クラスの皆と行って楽しいのは、クラスで馴染もうと努力した人間の結果だ。

 僕はその努力をしてこなかったので、修学旅行に思い入れはない。

 白石さんの言う、楽しむための努力をしていないからね。


「クラスで行く京都より、白石さんと行く近場の方が楽しいよ」

「告白かしら?」

「受け取り方は任せるよ。白石さんは、僕と遊びに行くのは嫌かい?」

「前に言わなかったかしら」


 白石さんの腕に力が込められる。

 背中に、強く彼女の存在を感じる。


「あなたのこと、嫌いじゃないわよ」

「それじゃあ、決まりだ。いいね、僕学校行事をサボるのは初めてだよ。ちょっとワクワクしてきた」

「結局サボりじゃない」

「言葉のあやってやつだよ。白石さんも共犯なんだから細かいことは気にしないでよ」

「私はちゃんと風邪だけど?」

「僕も風邪予備軍みたいなものだから」

「また適当に喋ってるでしょ」

「僕はいつも真剣だけど?」

「それが適当じゃない」


 ふっと笑う息と共に抱きついていた腕が離れる。

 布団から出て伸びをする、うーん寒い。

 部屋の明かりをつけると、新品のエアコンの電源は点いていないようだ。

 そりゃ寒い。勝手に暖房をつけさせてもらう。

 白石さんも上半身を起こしている、まだ顔が赤いから体調は良くなさそうだ。

 買ってきたスポドリとゼリーを渡す。


「カップラーメンとかもあるけどどうする?」

「リンゴの方が食べたい」

「オッケー、包丁借りるね。皮は食べる?」

「食べる」


 いつもより素直な白石さんとやり取りをする。

 子供みたいだ。

 適当に芯だけ取り除いて、食べやすいように小さめに切る。

 一個まるごと食べるだけの元気はなさそうだから、僕も少しいただこう。

 皿にのせてベッドまで運ぶ。


「そういえば、叔父さんからもらったものがあるんだけどさ」

「何もらったの?」

「この部屋の合鍵」

「は?」

「いやまぁ、そういう反応だよね。僕も白石さんの立場なら同じ反応をするよ。どうする? 叔父さんに返そうか?」


 ポケットから鍵を取り出して見せる。

 白石さんはまじまじと鍵を確認してから、ため息をつく。


「返さなくていいわ、叔父さんなりの理由があるだろうし」

「そう? じゃあ僕が持ってるよ」

「ただ条件があるわ」


 別に僕がどうしても持ちたいわけではないんだけどなぁ。

 まぁ人に任されたものだから、責任は持つつもりだけど。


「あなたの合鍵をちょうだい」

「......僕の合鍵欲しい?」

「別に。ただ、あなたが私のを持っているなら、私も持っていないとフェアじゃないでしょ?」

「白石さんがいいならいいけどさぁ、使う機会無くない?」


 カバンから自分の家の合鍵を取り出す。

 鍵を落とした時のために常に持ち歩いている。

 いつか鍵をなくしたら、どうやって家に帰ろうか。

 白石さんの手に渡っていく自分の合鍵を見つめながら思う。


「あなたの家の間取りは?」

「2LDKだけど」

「こないだの様子を見た限り、使ってない部屋あるでしょ」

「まぁリビングぐらいしか使ってないよ、そんなに物持ってないし」

「空いた部屋を私が使うわ」


 とんでもないこと言い出したな。


「読書専用の部屋が欲しかったのよね」

「わざわざ僕の家まで来るの?」

「駅からも学校からも近いじゃない」

「まぁ、そうだけど」

「あなたのお喋りに付き合ってもいいわ。それに、あなたにおすすめの本も置いてあげる」


 どうやら熱で頭が回っていないようだ。

 普段からは想像できない発言ばかりだ。


「白石さんそろそろ寝ようか。その話は今度にしようか」

「あら、意気地なしね」

「風邪治ったらね。風邪を引いた人とお酒を飲んだ人の話は真に受けないって決めてるんだ。とりあえず、また明日様子見に来るよ」

「そう」


 白石さんはつまらなそうに一言だけ発して寝転んでしまった。

 どこまで本気で言っていたんだろうか。

 うーん、一応部屋の掃除しとこ。

 やましいものとかは無いし、掃除機をかけるぐらいでいいか。

 部屋の明かりを消す。

 真っ暗な部屋に背を向ける。


「ありがと、また明日」


 小さい声で、白石さんが呟いたのが聞こえた。

 振り返ってみても、布団に覆いかぶさった姿があるだけだ。

 あまりにも小さい声だったから、聞き間違いかもしれない。

 まぁ、いいか。


「また明日、おやすみ」


 静かにそっとドアを閉める。

 また明日、ね。

 両親が死んでから、初めて言ったかもな。

 秋の夜空は澄んでいて寒かったけれど、足取りは軽かった。

 学校をサボって、二人で何しようか。

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