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冗長な僕と淡白な君  作者: アストロコーラ
高校二年二学期

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30/74

熱に浮かされて

 文化祭、中間テスト、保護者面談と怒涛のイベントラッシュが過ぎ去った。

 高校生にとってご褒美の、修学旅行がもう目前に迫っていた。

 秋に詰め込み過ぎだろ、もっとイベント散らせよ。

 小学生の時はもっと夏に行事とかあった気がするんだよな。

 今の小学生って運動会は夏にやらないんでしょ?

 時代だなぁ。

 教室の片隅で、体を縮こまらせてぼんやりと空を眺める。

 もうすぐ十一月になる。

 放課後になったばかりの時間だというのに、太陽はもうずいぶんと傾いている。

 寒い地域では初雪を観測したらしい。

 夏は風が心地よかった窓際の席が、冬は地獄と化す。

 窓から入り込むすきま風は身を切るように冷たく、教室の石油ストーブは古すぎて部屋全体を温めるだけの力がない。

 やっぱり四季っていらなくないか?


「帰らないの?」

「この世の不条理を嘆いてたところだよ。あれ、顔赤いけど大丈夫かい?」

「寒いと赤くなっちゃうのよ」


 鼻や頬を赤く染めてる白石さんは、ちょっと可愛いな。

 肌が白い分余計に赤く感じる。


「季節の変わり目だし、風邪かと思ったよ。今週末の修学旅行に行けなくなっちゃうよ?」

「それはどうでもいいわ」

「言っておいてなんだけど、正直僕もどうでもいい」


 まぁ、そうだよね。

 僕らは行かなくていいなら行きたくない派だもんね。

 わざわざバスで何時間もかけて移動をしたくない。

 修学旅行の行き先は京都だ。

 僕は学校行事などの班で行動しなければいけない時は、クラスのオタク君達のグループに入ることが多い。

 そのオタク君たちは修学旅行に対してすごい熱意を持っていた。

 なんでも、聖地巡礼するんだとか。

 行動時間は限られているから、どこの聖地を優先するかでずっと言い争っていた。

 多分、この学校で一番修学旅行を楽しんでいるグループだろう。


「いやぁ、オタクってすごいね」

「皮肉?」

「本心だよ。彼らのように何かに熱狂的になれることってないからさ、単純にすごいなぁって。よくあれだけのモチベーションが湧いて出くるよね」


 これは嘘偽りない本音である。

 羨ましさすら感じる。

 最近になってようやくお菓子作りという趣味らしいものはできたが、知識も腕前もまだまだ浅い。

 彼らのように、特定のジャンルに対して膨大な知識とか熱意があるわけではない。

 多分、これからも僕がそういった状態になることはない。

 何かにハマれるほどの何かがある、それが羨ましいのだ。


「オタクの熱狂は趣味とは別じゃないかしら」

「僕からしたら一緒だよ、自分の時間を何かに注ぎ込んで楽しんでいるんだからね。僕にはどうしてそういうものがないんだろうね?」

「探す努力をしなさいよ」

「ハマるものってこう、ビビッと心にきてハマるんじゃないの?」

「そういう人は少数派だと思うわよ」

「へぇ、そうなんだ。白石さんの読書もそうなのかい?」

「私の読書もそうよ」


 努力ねぇ、何もかもその言葉で片付いてしまいそうだ。


「楽しむことにも努力は必要なのかい?」

「逆に聞くけど、何も行動しなくて楽しいの?」

「……楽しくないかもなぁ」

「自分からアクションすることは何でも大事よ」

「そういうものか、なるほど。理解したよ」


 そう考えると、今僕は楽しくなるための途中にいるのかもしれないな。

 お菓子作りもコーヒーも楽しむための努力の最中と考えればいいか。

 楽しくならないなら、その時に違うものを探せばいい。

 ちょっと気が楽になったな。


「いやはや、白石さんからは教わってばっかりだね」

「あなたも読書したら? 色んな考え方に触れられるわよ」

「それじゃあ、今度おすすめの本とか教えてくれるかい?」

「いいわよ」

「お?」

「何よ」

「いや、いつもなら断られるかなって」


 そういえば、今日の白石さんは珍しく会話に積極的だな。

 いつもならもっとバッサリ切って帰りそうなのに。

『趣味? やりたいことすればいいじゃない』とか言って終わりそう。


「じゃあお望み通り断りましょうか?」

「あぁなんでもないよ? いつも優しくて美人でクールで頼りになるなぁって思ってるから、教えてくれると嬉しいな」

「最初から素直になりなさいよ......私は帰るけど」

「ん? さようなら?」

「あらそう」


 なんか不満がありそうだな。

 ……あ、一緒に帰ろうってこと?

 可愛らしいとこ急に見せてくるじゃん、ちょっとドキッとしちゃうね。

 ツンデレってあんまり良さが理解できなかったけど、今ならちょっと分かるかも。

 今度オタク君に聞いてみるか。


「やっぱり僕も帰ろうかな、駅までご一緒させていただいても?」

「いいわよ、いつもみたいにくだらないことを話してよ」

「いいよ、靴下の話でもしようか? 靴下ってさ、よく親指が破れるシーンあるじゃん。僕親指よりかかとの方が先に破れるんだけど、この差ってなんなんだろうね?」

「ふふ、くだらなすぎるわよ」


 ごめんやっぱ嘘。

 なんか別人みたいで怖いわ。

 これがデレ期ってやつなの? 教えてオタク君。

 駅まで歩く帰り道、いつもより白石さんは楽しそうだった。


 ——————————


「白石さんから何か連絡がある人はいますか?」


 次の日、ホームルームの時間に先生が言う。

 どうやら無断欠席のようだ。

 昨日の様子を見るに熱でもあったのだろう。

 なんか素直すぎたもんな、好きなお笑い芸人とか普通に教えてくれたし。

 イメージと反して一発芸人が好きらしい、緩急が面白いんだってさ。

 いつもよりよく喋る姿は新鮮で良かった。

 おっと、今は心配をしなければいけないタイミングか。

 明後日からの修学旅行、大丈夫なんだろうか。

 あ、良いこと思いついた。

 日直の号令が終わってから先生に話しかける。


「先生、僕が学校が終わってから白石さんの家に行って様子を見てきますよ」

「本当ですか? 先生としてはとても助かりますが、村瀬君が大変ですよ?」

「大丈夫ですよ、特に放課後用事があるわけじゃありませんし」

「そうですか、先生が家に行くより、彼氏の村瀬君が家に行った方がいいかもしれませんね。お願いしてもいいですか?」

「はい、お見舞いが済んだら先生に連絡しますね」


 そう言って先生と別れる。

 少し先生がニヤニヤしているような気がする。なんでだろう。

 まぁいいか、大義名分ゲットだぜ。

 先生からのお願いで白石さんの家に行くのだ、決してよこしまな気持ちで行くわけではない。

 秘密を交換し合う仲なのに、僕の家だけ知っていて彼女の家を知らないのは不公平、とかそういう子供っぽい心からではない。

 ワンチャン昨日の素直な白石さんが見れるかも、とかでは断じてない。

 スマホをポケットから取り出して、人気のないところまで歩く。

 連絡先から、こないだ教わったばかりの番号を選択する。

 三回コール音がしてから、目的の相手が電話に出る。


「すみませんお仕事中に、村瀬です。今お時間大丈夫ですか?」

「やぁ村瀬君、大丈夫だよ。君から電話がかかってくるとは思ってなかったよ。何か透にあったかな?」


 白石さんの叔父さんが気さくな声で話しかける。

 電話の声って、限りなく本人の声に似せて作られた声って聞くけど本当だろうか?

 おっと、今はそれどころじゃない。


「学校を無断欠席してまして。僕がお見舞いに行くことになったんですけど、住所を教えて貰いたくて」

「あぁ、なるほど。透はそういうポカをするからなぁ。いいよ、君になら喜んで教えよう。ただ、覚悟はあるかね?」

「覚悟ですか?」

「カップルの、男が、一人暮らしの女性の家に上がるって覚悟さ」


 ……これ、なんて答えるのが正解だ?

 全くそういう風に考えてなかった。

 ちょっと様子見てゼリーでも置いて帰ろうぐらいだった。

 そうか、世間一般から見たらそうなるのか。

 先生がニヤニヤしてたのも、そういう理由かもしれない。

 それでいいのか、指導者としてとめるのが大人ってものじゃないのか先生。

 なんて叔父さんに返事をしようか。

 とぼけようかなぁ、でも不誠実だよなぁ。

 ちょっとだけ考えて、決断をする。

 真面目にいこう。


「無理矢理家に上がったり彼女の嫌がるようなことはしませんよ。一人の人間として正しい行いをします」

「......よし、君の発言を信じよう、メモの準備はいいかい?住所は——」


 読み上げられた住所をメモする。

 あまり行ったことのない方角だが、アパート名を調べればまぁたどり着くことはできるだろう。


「ありがとうございます。お見舞いの後、透さんの様子はご連絡しましょうか?」

「いや、私にはしなくていいよ。大人の力が必要なほど重症だったら教えてくれればいい」

「分かりました」

「ただ、気をつけるといい」


 先ほどよりも一層真剣な声色で叔父さんが喋る。

 まだ何かあるんだろうか。


「風邪を引いた時の透は可愛いぞ、甘えん坊さんだ」

「すみません授業始まりそうなんで切りますね」


 親馬鹿だった。

 スマホをしまい、教室に戻る。

 甘えん坊になった白石さんねぇ、想像つかないなぁ。

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