女心と秋の空
文化祭を通して、僕らの関係は劇的に進歩した。
……なんてことはなく、いつも通りの学校生活に戻った。
多少、僕に話しかけてくる人がいたぐらいか?
それも文化祭後の中間テストが始まると無くなったから、本当に何も変わっていない。
いやー、お祭りの雰囲気って怖いね。
今同じことをしろって言われても無理だね。
人前で白石さんを抱きしめる? そんな大胆な事ができる人がいるんだね、すごいや。
白石さんも文化祭前後で特に変わった様子はない。
いつも通りに一人で読書をしていて、テスト前にはカフェにきて勉強をしながら甘味を堪能していた。
彼女も、お祭りで浮かれるような人間なのかもしれない。
そう考えると、白石さんって割と普通の人間だよな。
面倒見が悪いわけでもなく、性格が悪いわけでもなく、コミュニケーションができないわけでもない。
ただ単に、人との距離を置いているだけで、それ以外は普通の女の子なのかもしれない。
まぁ、何が普通の女の子とか僕は知らないけど。
どういう経緯で、今の彼女が作られたのかな?
テストの空き時間、頬杖をつきながら空を見る。
雲一つない晴れた空だけど、どこか肌寒さを感じる。
秋だなぁ。ちょっと前までは30℃超えとかが当たり前だったのに、冷え込むのは一瞬だ。
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テストは大した苦戦もなく乗り切ることができた。
普段の積み重ねって偉大なんだなぁ、今までで一番簡単に感じたかもしれない。
中間テストだからってのもあるかも。
期末になると科目が増えるし、もう今から期末のことを考えた方がいいかも。
……すごい真面目君みたいな思考だ、そういうキャラじゃなかったんだけどな。
「村瀬君、先生の話を聞いてますか?」
「えぇ、ちゃんと聞いてますよ」
おっと、少しうわの空になっていた。
若い女教師がぷりぷりと怒っている。僕の担任だ。
今は三者面談の時間だ、僕は両親も親戚も頼れる大人もいないから二者面談だけど、ワハハ。
そういえば、白石さんも両親いないって言ってたけどどうするんだろうな。
「村瀬君、去年と比べてとても成績が良くなりましたね」
「夏休み前から、短時間でも机に一回は必ず向かうようにしてます」
「いい習慣づけですね。やる気が無い時でも、手を動かすことは大事ですよ。作業興奮といって、一度取りかかると段々とやる気が湧いてきますからね」
「へぇー。言われてみれば、適当に問題を解いていても、気がついたら長い時間勉強してる時とかありますね」
「それが結果にも出ていますよ。今回のテスト順位、今までと比べて相当上がっていますね」
「あ、そうなんですか?」
「......張り出されてる順位表、見てないんですか?」
「あんまり順位とか気にしてないんで、見てないです」
「うーん、もうちょっと競争意識は持った方がいいかもしれないですね。来年から受験生ですから」
先生が複数のプリントを見ながら話しかけてくる。
学校の先生って、クラス全員に同じことするの大変だろうなぁ。
僕の場合は僕しかいないけど、普通の人は保護者にも説明しなきゃいけないし、大変な職業だ。
「村瀬君の進路希望は......カフェの店員ですか、大学はどうしますか?」
「まぁ、行けるなら行こうかなと。特に志望校とかないですけど、大丈夫ですかね?」
「今のうちからハッキリとしてる人の方が珍しいですから大丈夫ですよ。このままの調子で頑張って勉強に励んでください」
「わかりました」
「面談はこれくらいですかね。いやぁ、先生は少し安心しましたよ」
ホッと一息つくように先生が胸をなでおろす。
教師経験は今年で二年目、担任は初めて持つと言っていたので、先生も苦労しているのだろう。
決して、僕が問題児で対応に苦心しているとかではないと思いたい。
「一年生の時はずっと一人ぼっちって聞いてましたからね。いじめられてるんじゃないかって心配してましたよ」
「はぁ、それはご心配をおかけしました」
僕のせいだった。
すみません先生、一人の方が気楽だったんです。
「その村瀬君が白石さんにあんな大胆なことするなんて、ちょっと信じられないですねぇ」
「あぁ、文化祭見てたんですか」
「ちゃんと見てましたよ。いやぁ青春ですねぇ、先生の方がドキドキしましたよ」
大人から見ても大胆に見えるんだなぁ。
第三者から改めて言われると照れちゃうね。
「先生にそういった相手はいないんですか?」
「成績下げますよ?」
おっと、地雷だったようだ。
ニコニコしていた先生の目が一気に冷める。
「教師って忙しすぎるんですよ、なんで担任も部活顧問も委員会顧問も持たなきゃいけないんでしょうね? 若いから雑用も振られるし、女だからって接待もさせられるし、私の時間ってどこにあるんでしょうね? あぁ、私も刺激的な恋がしたい......イケメンを囲ってお酒が飲みたい......」
「すみません先生、軽口叩いた僕が悪いんで自分の世界から戻ってきてくれませんか?」
教職の闇を覗いてしまったようだ。
暗い目でぶつくさと呟く先生の姿に哀愁を感じる。
こないだ口は災いの元と反省したばかりなのに、悪癖って簡単には治らないね。
「……こほん、少し取り乱しましたね」
「少しで済んでますかね?」
「村瀬君はこの調子で頑張ってください。何かあれば気軽に先生に相談してくださいね」
にっこりと笑う先生からは、強いプレッシャーを感じる。
下手に喋らないほうがいいようだ。
「わかりました、これからもよろしくお願いします」
「はい、それでは廊下で待っている白石さんに教室に入るように声を掛けてから帰ってください」
おや、次は白石さんの番か。さっきの疑問の答えが知れそうだ。
教室の外に出ると、廊下に並べられた椅子に白石さんが読書をしている。
その横に座っている、ふくよかな男性が保護者だろうか。
イケメンではないが、安心感を覚えるような優しい顔をしている。
四十代前半ぐらいかな?
「白石さんの番だってよ」
「あら、村瀬君だったの。話しが長いから、どんな問題児が面談してるのかと思ったわ」
「僕のせいじゃないんだよなぁ」
「いつもそう言い訳してない?」
先生が暴走したのがいけない。
僕がいらないことを言ったから? 軽いジョークのつもりだったんだよ。
僕の言い分を聞かずに白石さんは教室に入って行ってしまった。
残った保護者と、微妙な空気になる。
「君が村瀬君か」
「はい、白石さん、じゃなくて透さんにはいつもお世話になってます」
「はは、そうかしこまらなくていいよ、君とはいつか話してみたいと思っていたからね」
なんだろう、白石さんから何か聞いているんだろうか。
話すほどのことはしてないと思うけどな。
出会った初日に脅したり、男の一人部屋に連れ込んだり、人前で抱きついたりしただけだ。
……普通にアウトだな。
悪気はなかったんですよ、許してくれませんか?
悪気がない方がたちが悪い? おっしゃる通りです……
「白石さーん?」
「今行きます! ……もしこの後時間があったら、少しお話をしないかい?」
「はい、分かりました......」
「良かった! 駅前のファミレスで待っていてくれ、面談が終わったらすぐに向かうよ」
そう言って人懐っこい笑みを浮かべる。
あんまり白石さんと似てないな、いや、白石さんも笑えば可愛い系だったし、似てるのか?
教室に消えていく男性を見送りながら、ため息をつく。
何について聞かれるのやら、最近の自分の言動を省みる。
白石さんが、どういう風に僕のことを話しているかだよなぁ。
やっぱり変わり者かな? 彼氏役ってことは知っているのかな?
重い足取りでファミレスへ向かう。
どちらにせよ、ろくな評価ではないだろうな。
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