僕のファムファタル
「——以上がファムファタル祭の説明となります! 」
「うぉぉぉーっ!」
会場の叫び声で、はっと我に返る。
企画の説明だけで叫びすぎだろ、適当に喋っても歓声になりそうだな。
てか、ファムファタルってネーミングはどうなんだ?
男性が破滅するのが決定してるじゃないか。
いや、破滅するほどちゃんと彼女に魅了されているかチェックのためのクイズ企画か?
そうだとしたらちゃんと考えられてるな、絶対にライブ感で決定されただろうけど。
「優勝したカップルの男子には王冠とマントの授与、女子に図書券三千円分が贈られます!」
あぁ、白石さんが参加した理由が分かったわ、図書券目当てだ。
自分がステージに立たないのも、一ノ瀬さんから聞いてたんだろうな。
僕も図書券の方が嬉しいんだけどな、王冠とマントもらっても嬉しくないだろ。
「まさひろー頑張って!」
「おう、任せろ!」
「たかし君、優勝しちゃってー!」
「あぁ、愛の力で正解して見せるさ」
「えいじちゃ~ん、面白いところ見せて~」
カップル側も白熱している。なんか僕に向けた声も聞こえた気がするが、気のせいだろう。
死んだ顔をしているのは僕だけじゃないだろうか。
ステージの裏を見てみると、石井君がこっちに向かって親指を立てていた。
僕がマッチョならその指を折ってやるのに。
「それでは早速いってみましょう! 回答にはお手元のフリップをご利用ください! 全三問となります!」
もうどうにでもなれ。
もうここまで来たら帰るという選択肢はないのだ。
適当に書いて、負けて帰ろう。
「第一問、彼女の将来の夢は何!?」
あぁ、これは教えてもらったことあるな。
良かった、誕生日とかベタな質問じゃなくて、普通に知らないわ。
手元のフリップに『司書』と書く。
周りの人は意外に悩んでいるようだ。まぁ将来の夢とかまだ決まってないよね。
少ししてから全員が書き終える。
「それでは書き終わるのが一番速かった村瀬白石ペア!急遽飛び入り参加となった実力を見せてくれ!」
名指ししてくるのかよ、一斉にオープンして正解不正解だけ見ようよ。
いやいやながらフリップを観客に見せる。
僕のフリップを司会が確認した後、手元の紙をオープンする。
ステージ上のスクリーンに、スマホを通して映像が映し出される。
そんな手間かけるなら彼女側もステージに立たせろよ、同じ辱めに合おうよ。
「司書! 二人の回答が一致しました! 皆さん拍手!」
バチバチと聞いたことのない強さの拍手が向けられる。
うわぁ、普通に恥ずかしい。
嫌な汗がだらだらと背中を流れている。
他の回答者はよく楽しめるな。
当たって拍手が送られたり、間違って野次が飛んできたりするのを横目に自分の場違いを感じ取っていた。
「第二問、彼女の一番好きな食べ物は何!?」
甘味かな、それ以外知らないし。
好き嫌いとかあるのかな? あんまりこういうベタな会話したことないかも
「具体的な回答でお願いします!」
あ、終わった。
先ほどとは違い、周りはさらさらと書いている。
うーん、何書こうかな。
ふと夏祭りのことを思い出す。
あれが、一番好きになってくれていたら嬉しいな。
そう思ってフリップに書く。
「それでは、今回は全員一斉にオープンしてください!」
僕の回答は『チーズケーキ』だ。
一番の自信作だし、間違ってたらそれまでだ。
「一人ずつ、回答に至った理由を聞いていきたいと思います!」
黙秘権とかないかな?
これなら適当に書いとけばよかった。
周りが初めてのデートで食べたやら、よく食べているやらエピソードトークをしているなかで後悔した。
「村瀬さんの回答はチーズケーキ、理由は?」
「あー、僕が作ったお菓子の中で一番反応が良かったからです」
「おっと! これは熱いのろけだぁ!」
「ヒューヒュー!」
殺してくれ。
司会が煽るたびに口笛が飛び交う。
人生で一番恥ずかしいわ、雪山で警察に発見された時より恥ずかしい。
良かった、手元にロープが無くて。二回目にトライするところだよこんなん。
「この問題は全員正解です! 優勝は最終問題で決定するか!? ちなみに同率の場合はサドンデスの延長となります」
もうなんでもいいよ。
さっさと終わらせてくれ。
盛り上がる会場とは裏腹に、心の中で号泣していた。
笑っている白石さんが憎い。
この恨み、はらさでおくべきか。
「最終問題、初めて彼氏と会った時の第一印象は?」
第一印象? 一択しかないな。
直接言われたような気がするし。
僕としては人の頼みも断れない、心優しき真人間だと思うけどね。
フリップにさらさら書いて伏せる。
他の人は悩んでいるようだ。
まさひろ君たかし君、さっさと回答して僕を解放してくれ。
「さぁ村瀬君はもう回答が終わっている! これは自信ありかぁ!?」
「そっすね」
「勝利宣言だぁ! 他の回答者も負けていられないぞぉ!」
回答が出揃うまでの空いてる時間を潰そうと、司会が場を盛り上げている。
なんで人間って誇張するんだろうね?
どう理解したら、僕の発言が勝利宣言になるんだろう。
「さて全員の回答が出揃ったようです。今回は彼女側の回答を先にオープンしましょう!」
スクリーンに映った彼女の回答に、彼氏がツッコミをいれている。
「カッコいいって絶対思ってないだろー」
「自分は面白い人間だと思っているようです! このズレは恥ずかしい!」
ズレた二人の認識を司会が茶化しながら進行していく。
あぁ、正解を書くより、ちょっと間違ってるほうが面白いんだなこういうのって。
どこか他人事のように、ぼんやりと司会のやり取りを眺めていた。
「さて、これで全問正解の可能性は村瀬白石ペアだけになりました! 白石さんの答えを見てみましょう!」
スクリーンに彼女のキレイな字が映る。
『変わり者』
あんまりな回答に、会場が一瞬シンと静まる。
そんな空気でも白石さんはすました顔を変えることはないようだ。メンタル強すぎるだろ。
司会も呆気に取られているので、進行の言葉を待たず『変わり者』と書いたフリップを見せる。
白石さんの図書券のために、我慢しているのにヒドイ書かれようだ。
僕らの答えが一致しているのを確認して、司会が声を張り上げる。
「おぉー! 村瀬さん、白石さんの回答を読みきっている! これで優勝は村瀬白石ペアに決定だ! おめでとう!」
ワァっと会場が沸く、本当にそんな盛り上がる場面かこれ?
誰かが叫んだから、周りも叫んだだけだろ。
羞恥心で焼け切った頭では、どうも思考が自棄になってしまう。
「ファムファタル祭優勝の景品授与式に移ります! 白石さんも壇上へ移動をお願いします」
涼しい顔で白石さんが僕の隣に立つ。
「人を生贄にして貰う図書券は嬉しいかい?」
「えぇ、とっても嬉しいわ」
「そりゃ恥をかいた甲斐があるってもんだ」
白石さんには図書券、僕には安っぽい王冠と薄っぺらいマント、釣り合ってないよな。
「キース! キース!」
「会場からはキスコールだ! ……嫌なら流すよ?」
パフォーマンスはするが、マイクに音声が乗らないように小声で確認を取る司会。
そういう優しさはあるんだな、まぁ気遣いのできない人間を司会にはしないか。
チラリと白石さんを見る、会場のコールを浴びても平然としているこの面を、どうにか崩してやりてぇなぁ。
「なんとかしますよ」
「そう? ……じゃあ煽るから、良い感じに締めてもらって」
いい性格してんな、率先して手拍子を煽り始めた。
コールと手拍子で、熱気は今日最高潮だ。
さて、一丁かましてやりますか。
「白石さん、キスしやすい身長差って知ってる?」
「12㎝が俗説よ、それが?」
「丁度、僕らがそれぐらいだね」
マントを思いっきり翻し、白石さんと僕を隠すように抱き寄せる。
頭に乗せられていた王冠が、勢いで頭から転げ落ちる。
二人だけの暗闇で彼女の顔に思いっきり自分の顔を近づける。
ちょっと良い匂いがする、変態チックだね。
「あんまり煽られると、本気になっちゃうよ」
彼女の耳元で囁く。
振り回されたお返しに、少しビビらせてやるつもりで抱きしめる。
腕の中に人肌の温かさを感じる。
男は狼らしいよ? 僕にそれだけの男らしさは無いけれど。
抱き寄せたマントの視界の中では、彼女の表情を確認することはできない。
少しでも照れていたら、いいなぁ。
そう思っていると、背中に手を回されて、グイっと抱きしめられる。
吐息が耳元に当たってくすぐったい。
想像していない反応に、逆に僕の方が恥ずかしくなってきた。
ドクンと脈打つ鼓動は、どっちの音だろうか。
「それだけの熱量が、あなたにあるの?」
「……試してみる?」
「あなたには無理よ」
ガリッという音とともに、鋭い痛みが走る。
思わず抱きしめていた手を離す。
耳たぶを、噛まれた?
初めての痛みに頭が混乱する。
勝ち誇ったような顔で白石さんがこちらを見ている。
司会と観客の声が耳に入ってこない、歓声がノイズのように頭を通り過ぎていく。
何があったかまでは見られてないはずだ、落ち着け僕。
「うふふ、顔、真っ赤よ」
「......なんでそんな平気なのさ」
僕が真っ赤にさせるはずだったのになぁ。
普通に平然としているの、悔しいな。
「うぶね。あなたと抱き合うの、二度目よ」
あぁ、お見舞いのとき、そういえば力が抜けて彼女に抱きついたっけ?
正直、熱で意識が飛びかけてたからハッキリ覚えてないんだよな。
それに、女子にこんなことしたことないし、赤くなるのも仕方ないと思うんだよね。
恋愛耐性って、やっぱり経験でしかつかないのかな?
それなら白石さんには敵わないだろうなぁ、モテてそうだし。
「はぁ、結局僕の一人負けじゃない?」
「勝ち負けで、抱きついてくるのはセクハラよ?」
「それはそう、ごめんね」
「チーズケーキで許してあげる」
「はいはい」
ステージ裏に転がり落ちた王冠を見つけ、しゃがんで拾う。
少しだけハッキリした頭が、閉幕を告げる司会の声を聞き取る。
先ほどまで向けられていた視線の数々はもうない。
あぁぁぁ、肩の荷が下りた。
しゃがんだ僕の肩に、白石さんが手を置いて後ろから囁く。
「これからも、彼氏役お願いね」
「......僕にメリットがないんだけど」
「ドキドキしたでしょう? 鼓動の音がうるさかったもの」
「それがメリットになるのかい?」
「私のことがどうでもいいなら、そんなに緊張しないでしょう? 精々、本気になって私にも同じ思いをさせてみなさい」
それじゃあとひらひらと手を振って去っていく彼女の耳は、少しだけ赤い気がした。
……おや? 白石さんをドキドキさせるまで、僕のくだらない生き方に付き合ってくれるって言ったのかな?
耳たぶをさする。まだ少しだけ痛くて、熱がある。
どこまでやり返していいんだろうか。
拾った王冠の輝きを見ながら、自問自答を繰り返す。
答えはでないけど、それを考えるのは、少し楽しかった。
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