何にも役に立たないことばかり教えて欲しいや
「ねぇ、たまには昔みたいに無駄話しようよ」
「嫌よ」
「適当に相槌打つだけでいいからさぁ、今日はお喋りしようよ。最近、ちゃんと頭を使う出来事ばっかりで疲れてるんだ。何も考えずに思い立った話を君としたいんだよ」
三年生が引退し、少しだけ静かになったグラウンドを見ながら白石さんの前に座る。
まだ教室に人は残っているけれど、僕はもう人目を気にしないことにした。
どうせ気にしたところで、奇跡的なタイミングで石井君が現れるのだ。
それに、僕と白石さんが付き合っているという噂は完全に広まっているのだ。
ならもう恋人らしく振舞ってもいいだろう。
白石さんが本気で嫌がったらやめればいいのだ。
「一ノ瀬さんとしたら?」
「いやぁ、ちょっとギャルは苦手かなぁ」
昨日の出来事を思い出す。
人の二面性って怖いね。
ゆるふわ天然ギャルだと思ってたのに、全然天然じゃなかった。ガチガチ計算ギャルだ。
僕が早とちりしたといえばそれまでなんだけども。
それもあって、今は彼女と話したい気分ではない。
「教室でイチャついてたらしいじゃない」
「あらら、誰かに見られてたのかな。人の噂が広まる速度は速いねぇ、人の口に戸は立てられぬとはよく言ったものだね」
「一ノ瀬さんが広めてたわよ」
「そろそろ一発ぶん殴っても許されると思わないかい?」
「カルト・二股・暴力、クズ男の役満ね」
「全部事実無根なんだよなぁ」
どうしてこうなってしまったんだろう。
一年生の時は無味無臭人畜無害の空気人間だったはずなのに、いまやゴシップの王ではないか。
人生、生きていれば何があるか分からないものだね。
できればいい意味で使いたかったものだけれど。
「白石さんと出会ってから色々あったなぁ。噂話の中心になるとは思ってもいなかったよ」
「私に話しかけたこと、後悔してる?」
パタン、と本が閉じられる音がする。
無駄話に付き合ってくれる気分になったようだ。
グラウンドから白石さんの顔に視線を移す。
おや、珍しい。いつもはきつく一文字に結ばれた唇が、楽しそうに歪んでいる。
そういや、白石さんも僕の苦しみで笑う人間だったな。
……僕の周りの人間、変わり者が多すぎないか?
僕はこんなに真っ当な人間だっていうのに。
「後悔はしてないよ。楽しいからね、記憶を持って昔に戻ってもまた話しかけるね」
「情熱的ね」
「本心だよ。自分について考えるきっかけももらったし、少しは楽しいって思える趣味もできたからね。去年と比べたら、だいぶ充実してるんじゃないかなぁ」
これも本心。
最近はカフェだけじゃなくて、家でもお菓子作りに精を出している。
暇なときにお菓子作りをすると、時間つぶしにちょうどいいのだ。
最近は少し凝ったものも作り始めた。
見た目は不格好な出来だが、味は悪くないと思う。
「それで、自分は見つかったのかしら?」
「それは探してる最中、ただまぁ、白石さんのアドバイスはちゃんと有効活用させてもらってるよ」
「私、何か言ったかしら?」
「ほら、簡単に生きろってやつと、楽しいをもっと大事にしろってアドバイス」
「そのアドバイスを活かした結果が、今の惨状なの?」
「この惨状に関しては全部石井君が悪いから。僕がどうこうできるものじゃないからノーカンにしてくれない?」
「火のない所に煙は立たぬって言うじゃない」
「燃やし回ってるやつに言ってくれない? 高校生なんて面白ければなんでも広めるんだからさぁ」
頭の中でたいまつを持った一ノ瀬さんが走り回っている。
いつか絶対にぎゃふんと言わせてやるからな。
……ぎゃふんって日常会話で使わないのに、どうして慣用句はあるんだろうね?
「とりあえずそれは一旦置いといて、僕なりの原点に返ろうと思ってね。だから、無駄話しようよ」
「なんで原点が無駄話なのよ」
「ほら、出会いがしょうもない会話だったじゃない? やっぱり、僕らはそういう会話をするべきだと思うんだよ」
「初対面で意味の分からないこと言われた人の気分になってほしいわ」
「それは最近反省してる。いきなり春は恋の季節とか言われても困るよね、僕も急に振り回される人の気分が分かったよ」
よくあの時、逃げないで僕の話に付き合ってくれたものだ。
僕が白石さんの立場だったら絶対に逃げるね、意味が分からな過ぎて怖いもの。
「反省してるならいいわ。今日は、一つの話だけ付き合ってあげる」
「おや、一つって言われると困るね。本当にくだらない話をいっぱいしようと思ってたから、絞るのが難しいな」
「どれだけくだらない話しようとしてたのよ」
「カレーってなんで大きい鍋で作った方が美味しいの?」
「ネットで調べなさいよ、帰るわ」
「あぁ、待った待った! もうちょっとひねったお題考えるから! これで一つ扱いはさすがに悲しいよ」
何かもっと面白いお題無いかな、今日は本当に頭からっぽにしたい気分だったから何も考えてないや。
あ、一つ、思いついた。
「じゃあさ、面白いって何だと思う?」
「何って言われても、感情じゃないの」
「そうじゃなくてさ、面白いって、具体的に何が面白いのかなって。ヘンテコな日本語になってる自覚はあるけどさ、単純に疑問に思ったんだよね」
「面白さなんて人それぞれじゃない」
「それはそうなんだけどさ。例えばお笑いってジャンル、 漫才とかコントとかってずっと昔からあるじゃない? ジャンルが廃れずにずっと残っているのって、好みだけじゃなくて皆が理解できる枠組みがあるからだと思うんだよね。それが面白さだと思うんだよ」
「あぁ、そういう話。お笑いならよく、緊張と弛緩なんて言うわね」
「そうそう、そういうのを理解出来たら、面白い人間になれると思わないかい?」
「そういうのを考える時点で面白くないんじゃない?」
「なんでそんなヒドイことを言うんだい?」
僕の周りの女性陣は厳しい人間ばっかりだ。
僕は、努力して面白くなるタイプかもしれないじゃないか。
「お笑い番組でも見たら? 面白い人の話し方でも勉強しなさい」
「テレビが家に無いからなぁ」
「あぁ、あなたの家、何もなかったわね」
「その節はどうも」
そういえば彼女に部屋を見られてたな。
うーん、もう少し家電とか雑貨とか増やした方がいいのかな。
来客と一切考えてない生活してるけど、こないだみたいに急な来客ってあるしな。
テレビぐらいは買うかぁ。
そんなことを考えていると彼女が立ち上がる。
今日は終わりかな。
そんなことを考えていると、ジッとこっちを見ている。
「私は帰るけど?」
「おや、ご一緒していいのかい?」
珍しい、いつもなら何も言わずに帰るのに。
僕が疲れてるって言ったから、気を遣ってくれてるのかな?
お言葉に甘えちゃおう。
「白石さんって好きなお笑い芸人っているの?」
「いるわよ」
「へぇ、意外。あんまりお笑いとか興味ないと思ってた」
「人並の好みはあるわよ、あなたと違って」
「トゲがあるね、参考にしたいから誰か教えてもらってもいい?」
「あなたが参考にできるタイプじゃないわよ」
そういってジロジロと僕のことを見て、何かを連想したのか笑い出した。
想像上の僕が面白いこと言ったのかな?
「うふふ、滑稽ね」
「......笑われるより、笑わせるタイプの面白い人間になりたいなぁ」
「あなたには無理よ、ふふふ」
思ったより笑い上戸なのかな?
こういう二面性なら、可愛いから大歓迎なのに。
さりげなくヒドイことを言われたような気がするけど、白石さんが楽しそうだからまぁいいか。
「ふふ、あはは」
......脳内の僕はどうなっているんだろうなぁ。
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