ストライクエネミー
「僕の高校生活は終わったんだ......陰キャで二股で意味の分からない宗教家扱いなんだ......」
「近寄らないでよ二股カルト君」
「全部誤解なんだよ」
「変な嘘をつく方が悪いでしょ」
「それはそうだけどさぁ」
昼休み、僕はまた屋上前の階段で泣きながら菓子パンをかじっていた。
白石さんが嫌そうな顔をしながら僕を見る。
心なしかいつもより距離が遠い。
まぁ、めったに一緒に昼ご飯を食べることはないから、気のせいかもしれないが。
放課後以外はなるべく、僕の方から白石さんに関わらないようにしている。
人間、一人でいられる居場所は大事なのだ。
それを壊したくないので、僕はよほどのことが無い時はこの場所に来ないようにしていた。
言い換えれば、今回は相当心に悲しみを背負った。
「空泳ぐオクトパスエンジェル教って何?」
「僕が聞きたいよ。適当にナンパよけのつもりで言っただけなのに、どうしてあんな辱めを受けなきゃいけないんだい?」
心の中であらん限りの呪詛を転校生のギャルに吐く。
そもそも、偶然街で出会った人間が転校生ってどんな確率なんだ。
しかもよりのよって僕のクラス、神様は僕のことが嫌いらしい。僕は無神論者だけど。
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「どうも〜、転校生の一ノ瀬 陽菜です~。よろしくね~。あ! こないだの星泳ぐオクトパスエンジェル教の人だ~」
それは、今までの僕の全てを壊す一日の始まりだった。
コーヒーの淹れ方真面目に習おうかなとか、家でもお菓子作り練習しようかなとか、ちょっとだけ前向きになっていた心が一気に下向きになる。
先生の紹介を待たず、僕の方に駆け寄ってくるギャルから顔を背ける。
同学年かよ、あの時は私服だったから、この事態を全く想像してなかった。
学校指定の制服をゆるく着崩している姿は、小柄な体格も相まって僕より年下に見える。
僕の目の前で元気に、いあいあと架空の挨拶を唱えて明るい胸元まで伸びた茶髪を揺らしている。
嘘って理解してくれてましたよね?
どうして僕にこんな試練を与えるのですか?
「え? 村瀬君の知り合い?」
「星泳ぐオクトパスエンジェル教ってなに? こわ」
「いあってなに? 挨拶?」
僕に無数の視線が突き刺さる。勘弁してくれ。
石井君に告白された時の、白石さんの気分が分かったかもしれない。
よく彼女は無表情で耐えていたな、僕はちょっと泣きそうになってきた。
「今日はいあいあ言ってくれないの~?」
「ちょっと何言ってるか分からないですね……」
「え~? アタシのこと忘れちゃったの? あんなに熱い一日を過ごしたのに~?」
「ちょっと何言ってるか分かりたくないですね......」
どうして変な誤解を招くような言い回しをするのだろう?
ただ単に、猛暑日に出会っただけじゃないか。
熱いと暑いじゃ意味合いが全く変わるんだよ?
「一ノ瀬さんはご両親の都合で引っ越してきたそうです。初めての場所で分からないこともあると思うので皆さん協力してあげてくださいね。それでは、一ノ瀬さん自己紹介を」
「はぁい」
グダグダになってしまったホームルームを立て直そうと、先生が声をかける。
ギャルが黒板前に戻って行くことで、ようやく僕は針のむしろから解放される。
「好きなものは面白いことで〜、嫌いなものは退屈かなぁ〜。あ、しょうちゃんとは従兄弟の関係だから皆安心してね~」
石井君とは親戚の関係なんだ。
そういえば出会った時も、伯母さんとか言ってたな。
名前で呼び合う仲だから、何かあるんだろうなとは思ってたけど。
あれ、石井君目線だと、僕もっと最低な人間になってないか?
自分が告白した相手と付き合っていながら、親戚にも手を出す男、それが彼から見た僕だ。
はは、終わってる。
「席は......村瀬君の横が空いていますね。ちょうど村瀬君とも知り合いのようですし、その席を使ってください」
「わぁい、えいじちゃんの横だ~」
……エイジチャン? 誰のことだろう。
僕はそんな人間を知らない。違うクラスに行ってくれないかな?
そんな僕の思いなんて関係なしに、横の空席にギャルが座る。
今まで窓際で後ろから二番目、横が空席と空気になるには最高の席だったのになぁ。
もう無理だろうな。
ギャルって人の机に座ったり、荷物置いたりするんでしょ? 偏見だけど。
顔もよくて愛嬌がある人間だ。どうせすぐクラスカーストのてっぺんに立つだろう。
人が集まるタイプのギャルだ。
昼休みとか時間ギリギリに戻らないと、僕の席を誰かが勝手に使ってるだろうなぁ。
嫌だなぁ、と思っていたらホームルーム終了のチャイムが鳴った。
このあとは、体育館で始業式だ。
10分の休み時間が終わるまで、どっか適当に歩いて時間を潰そう。
わっと転校生に集まってくる人を避けるように、僕は席を立とうとした。
ぐいっと立ち去ろうとした僕の右腕を誰かが引っ張った。
このギャルは、僕の右腕に恨みでもあるんだろうか。
「どこ行くの~?えいじちゃん、皆でお話しようよ~」
「......トイレに行きたいんですよ、一ノ瀬さん」
「ひなでいいよ~」
「一ノ瀬さん、手を離してもらってもいいですか」
「ひな」
「一ノ瀬さん」
「ひな」
「......陽菜さん」
「ひな」
「本当に勘弁してもらってもいいですか......」
僕は逃げることが出来ずに横の席で10分間耐えることしか出来なかった。
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ホームルームでの出来事を振り返る。
あれは辛かった。
僕の横で、僕の話をしないでほしい。
「村瀬君とはどういう関係なの?」
「ナンパから守ってくれたの~」
「かわいいイヤリングだね! どこで買ったの?」
「駅前の雑貨屋で買ったの、えいじちゃんが選んでくれたんだ~」
「……村瀬とは仲いいの?」
「えいじちゃんは面白いから好きだよ~」
この会話を横で聞かなければいけないのは苦痛でしかなかった。新手の拷問かな?
嘘でも誇張でもない言い方をするのが悪質だ。
確かに、ナンパから守ったしアクセサリーも僕が選んだ。
だけどそれは結果だけを切り取った言い方だ。
ナンパから守った、というよりもギャルに巻き込まれただけだ。多分一人でもなんとかなっただろう。
イヤリングも、『どっちが好み?』と聞かれたから答えただけである。
面白いから好きも、深い意味はないだろう。
女子陣からも男子陣からも、『こいつが?』って目線を向けられるのはしんどかった。
「神様っていると思う?」
「星泳ぐオクトパスエンジェル教に神様はいないの?」
「もういいよそれは......はぁ、神は死んだ。でなければ、僕にこんな試練が訪れるはずがない」
「それ、使い方間違ってるわよ」
「へぇ、そうなんだ。哲学って難しいからあんまり知らないんだよね」
「じゃあ言わなきゃいいじゃない」
「語感がいいから口にしちゃうんだよ。深淵を覗く時、深淵を覗いているのだ、とかさ」
「ただ覗いてるだけの人じゃない。アホに見えるから理解してない言葉を使うのはやめときなさい」
白石さんに真顔で指摘される。
ちょっとボケてみたけど、彼女にはたいして面白くないようだ。
「僕ってさ、面白い人間だと思う?」
「面白くはないわね」
「だよねぇ、なんで絡まれるんだろう」
「会ったことのないタイプだからじゃない?」
「珍獣扱いかぁ、まぁそれなら納得は出来るかな」
これからの学校生活を考える。
物珍しさで絡んできているなら、そのうち飽きて話しかけてこなくなるだろう。
そうすれば、また静かな生活が戻ってくるはずだ。
二学期はイベントが盛りだくさんだ。
文化祭に修学旅行、陽気なギャルにとっては楽しいイベントになるだろう。
そこまでの間に、僕に飽きてくれることを祈ろう。
「あ、えいじちゃん見っけ~! とおるちゃんもいる~」
「こら陽菜! 邪魔しちゃダメだって!」
……それまで僕は耐えられるかな?
二人だけの憩いの場所が、一気に一ノ瀬さんと石井君の出現で騒がしくなる。
「ねぇ、私を巻き込まないでくれる?」
「……この前、教室で僕が巻き込まれた件で、相殺してくれない?」
白石さんが冷たい目で僕を見てくる。
さっきまでは楽しい会話のはずだったのになぁ。
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