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冗長な僕と淡白な君  作者: アストロコーラ
高校二年一学期

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19/74

secret base

「君がいた夏はー、遠い夢のなか—」


 口ずさみながらカフェの掃除をする。

 日は沈み始め、窓から真っ赤な西日が差している。

 普段から賑やかな通りは、夏祭りに向かう人たちで溢れている。

 祭りの中心ではないこの場所で既にこれだけの人がいるのだから、屋台がある大通りがどうなっているか想像に難くないだろう。

 店を使わせてくれた店長は早めに場所を取るということで、奥さんを連れて出発していった。

 だらしのない店長に怒ってばかりの奥さんも、今日は笑顔で店長の腕に寄り添っていた。

 高校時代の付き合いらしいし、なんだかんだ仲がいいのだろう。

 僕もいつか誰かとあんな風に付き合うのかな? いや、無理だなぁ、人付き合いしんどいし。

 白石さんぐらいの距離感がちょうどいい。

 気が向いた時は話して、向かないときはお互いに干渉しない。

 彼女が無愛想でいてくれる分、僕も無理に愛想よく付き合わなくてもいい。

 これがこないだの陽菜と呼ばれたギャルのような相手だったらそうもいかない。

 相手に悪意が無い分、コミュニケーションに気を遣わなければいけない。

 好意に対し敵意で返すのは、それはそれで疲れるのだ。

 僕も白石さんみたいに完全に不愛想になろうかな、そうすれば誰も絡んでこないだろう。

 ……いやぁ、彼女のレベルになるのは無理だな。

 夏休み前の、教室でクラスメイトに怒られている白石さんの姿を思いだす。

 どう生きてきたら絡まれている最中に、読書をするという発想ができるのだろうか。

 くだらないことを考えながらモップを片付け手を洗っていると、ドア前に人の気配を感じる。

 カランカランと小気味のいい鈴の音が来客を告げる。


「やぁ、ちょうど君のことを考えていたところだよ」

「どうせろくでもないことでしょう?」


 当たり。白石さんはよく僕の考えていることが分かるね。

 僕が単純なのかな? 人間的に成熟はしてないしな。


「そんなこと考えていないよ。それよりも、今日はカウンター席にどうぞ。精一杯のおもてなしをさせてもらうよ」

「約束は守ってね」

「もちろん、今日は主催側だからね、ゲストのお願いを最優先させてもらうさ」


 僕の頼みで来てもらったのだ、彼女には楽しんで帰ってもらわねばならない。

 自分の出来る限りを尽くす必要がある。

 今までのアルバイトで培った力を十二分に発揮させてもらおう。

 ……十二分って言い換えたら120%になるのかな。

 1.2倍って考えるとちょっと微妙かもしれない。


「とりあえずその営業スマイルはやめて、落ち着かないわ」

「あら、折角気合入れたのに」

「そういうのはいらないわ」

「そうかい。それより、何飲む? 今日は練習用以外の豆も使っていいって言われてるからね、まぁ僕の給料から差し引きだけど。どんな注文でもどんとこいさ」

「それじゃあ一番高いコーヒーにしようかしら」

「どんな注文でもいいとは言ったけど、少しは手心を加えてもらえると助かるね」

「最初から見栄を張らなければいいのに」

「僕にとって初めてのお客様だからね、格好つけたかったのさ。本当に高い豆にする?」

「いつものでいいわ」


 そう言って彼女はカバンから小説を取り出す。

 お喋りは終わりのようだ。

 街の屋外スピーカーからは、祭りの様子が流れている。

 ちょうど市のお偉いさんから夏祭り開始の宣言をしているところだ。

 楽曲が流れ始め、踊りの参加者の掛け声が聞こえ始めた。

 今日は店内のBGMを切っているので、街の音がよく聞こえる。

 おっと、雰囲気に浸っていないで注文をこなさなければ。

 一年間見てきた店長の動きと、一週間コーヒー漬けになるまで練習した成果を示す時だ。

 白石さんがいつも飲んでいるのはコナという品種だ。

 世界三大コーヒーの一つらしく、苦みが少なく酸味がハッキリとした味がする。

 苦いのが嫌いな僕には飲みやすかったが、酸味が強い分人を選び、あまりうちのカフェでは人気とはいえない豆だ。

 豆を計量し、コーヒーミルで豆を挽く。

 湯通ししたフィルターに挽いた豆をセットし、事前に沸かしておいたお湯で蒸らす。

 三十秒ほど蒸らした後、中心から「の」の字を書くようにゆっくりとお湯を注ぐ。

 フィルターを通してコーヒーが抽出される。

 お湯を三回に分けてフィルターに注ぐ。

 フィルターに注いで三分ほど待つ。

 ポタリポタリとコーヒーが落ちるのを眺める。

 店長はこの手順を難なくこなすが、やってみると意外と難しい。

 時間管理だったり、注ぐお湯の量だったり、きっちりとこなさないと同じ豆でも味がまるっきり変わってしまうから不思議なものだ。

『素人にしてはうめぇよ』なんて店長は褒めてくれたが、やはり本職と比べると味は落ちてしまう。

 いつかは店長に負けないコーヒーを淹れてみたいものだ。

 時間が経ったら事前に温めていたカップに注いで出来上がりだ。

 今日は、我ながらいい出来かもしれない。


「意外にそつなくこなすじゃない」


 脳内で自画自賛をしていると、白石さんから声をかけられる。

 作っている様子を見られていたようだ、集中していたから気がつかなった。


「様になってたでしょ? 」

「そうね、いつもより格好良かったわ」

「おや、素直に褒められると照れるね」

「普段からそれくらいやればいいのに」

「たまにやるからいいんじゃないか。普段から格好つけていたら疲れちゃうよ」


 そう言いながら、コーヒーを差し出す。

 白石さんは無言でコーヒーカップに口をつける。

 お菓子を食べてもらう時はなんとも思わないけど、今回はちょっと緊張する。

 珍しく、ちゃんと練習したからかな? これで酷評されたら立ち直れないかもしれない。


「店長さんが淹れた方が美味しいわね」

「そりゃそうだ。僕なりに頑張ってみたけど、流石に本職には勝てないよ。うーん、いい出来だったと思ったけどなぁ」


 まぁ、この評価は想像していたのでノーダメージだ。

 不味いと言われないだけ、良い出来だったと思いたい。


「嫌いとは言ってない」

「え?」

「努力が感じられる味がするわ」


 彼女なりの励ましだろうか、努力の味ってなんだ?

 ただ、その白石さんの気遣いは嬉しかった。


「……次はもっと努力するから、また飲んでもらえるかい?」

「次の機会があればね。それよりチーズケーキが食べたいわ」

「言質、取ったからね。次は思わず立ち上がって叫びたくなるようなコーヒーを淹れてみせるさ」

「どんなコーヒーよそれ」

「ほら、料理漫画とかでよくあるリアクションみたいな感じ。あ、チーズケーキ取ってくるね」


 それからは、チーズケーキを黙々とつつく白石さんを眺めて、たまにコーヒーのおかわりを淹れてぼんやりと過ごした。

 2時間ほど経ったあたりだろうか、スピーカーからは音楽が止まり、外の賑やかな話し声が段々と静かになってきた。

 夏祭りは終わりを迎えたようだ。


「夏が終わるねぇ......」


 消えていく喧騒に、それっぽく呟く。


「まだ当分暑いわよ」

「風情が無いね、こういうのは気分だよ気分」

「あなた、そういの気にしないタイプでしょ」

「まぁ、本音を言えば早く過ぎ去ってほしいね。暑すぎるんだよ、人が生きていける環境じゃない。夏っていらなくない?」

「二度と風情とか口にしないで」

「一時の感傷に浸るぐらいなら許してよ」


 消えていく人々を見ながら、他愛もない雑談をする。

 そろそろ解散かな、店長たちも帰ってくるだろうし。

 今帰ると、駅が混みそうだから、もう少しお喋りしてから帰ろう。


「明日から学校だねぇ。なんか、今年の夏休みはあっという間だったな」

「車に轢かれて寝込んでたからじゃない?」

「その節はお世話になりました。だけど、もっとこう、なんか言い方ない? あまりにも悲しい夏休みになっちゃう」

「私はいつも通りの夏休みだったもの」

「そうかい、僕は白石さんのおかげで、楽しい夏休みだったよ。ありがとね」

「礼を言われるほどのことをした覚えはないわ」

「僕が言いたいから言うのさ」


 バイトばっかりだったり車に跳ねられたりギャルに巻き込まれたり、ろくでもない夏休みだったかもしれないけど、ここ数年で一番楽しかった。

 去年の夏休みとか記憶に無いしな、アルバイト以外なんかしてたっけ?


「二学期からもよろしくね、白石さん」

「......よろしくね、村瀬君」


 はぁ、と聞き慣れたため息をつきながら、白石さんが反応する。

 頃合いかな、後片付けを丁寧にして、二人で店を出る。


「私は静かな学校生活を送りたいのだけれど」

「僕もそうだよ。トラブルに巻き込まれない学校生活を送りたいさ」

「あなた、巻き込まれ体質じゃない。絶対に無理よ」

「一年生の時は出来たんだから、二年生でも出来ると思うんだけどなぁ。そもそも、白石さんにも巻き込まれてるんだけど」

「文句は石井君に言って」

「石井君僕の話聞いてくれないんだよなぁ......」


 忘れていた頭痛の種を思い出す。

 二股の誤解解かなきゃ......面倒くさい。

 もう二股野郎でもいいかな、石井君と関わらなきゃいいだけだし。

 変な噂を流すようなタイプでもないし、彼だけなら僕に被害はないような気がしてきた。

 うん、無かったことにしよう。

 駅に着く。ここでお別れだ。


「それじゃあ、また明日。静かな学校生活が送れるといいね」

「さようなら、無理だと思うわ」

「どうしてもう諦めてるのさ......」


 僕は諦めないぞ、そう思いながら消えていく白石さんの背中を見送った。

 そうして僕の夏休みは幕を閉じるのであった。


 ――――――――――


「ども~、転校生の一ノ瀬 陽菜です~。よろしくね~。あ! こないだの星泳ぐオクトパスエンジェル教の人だ~」


 あ、終わったんだ、僕の高校生活。

 始業式明けのホームルームで、僕は一人心の中で号泣した。


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