約束
「ひどい目にあったよ……」
「よかったじゃない、可愛かったんでしょう?」
「顔の良し悪しは僕にとって重要じゃないよ。僕の話を聞いてくれるかどうかが大事なんだ」
昨日の出来事を思い返す。
僕の話に耳を貸さず、街中を引きずり回した恐怖のギャル。
めちゃくちゃ疲れた。
カフェのテーブルにぐったりと伏せる。
今日は病み上がりなので、店長に顔を見せるついでに客として来た。
コーヒーを飲みながらゆっくりしていたら、白石さんも来たので相席させてもらっている。
お見舞いの礼もしたかったので丁度よかった。
白石さんは無言でチーズケーキにフォークを動かしている。
この反応は、相当気に入ってもらえたようだ。
彼女のお菓子への反応は三つある。
一つ目、改善点を指摘する。
見た目が悪いだの生地が硬いだの甘さが足りないだの、彼女の合格点に至らなかった点を教えてくれる。
彼女の甘味に対する強いこだわりを感じる。
僕は基本的にバカ舌なので、彼女のアドバイスは全面的に受け入れている。
二つ目、褒める。
『スポンジはしっとりときめ細かく、舌に吸いつくような食感。生クリームはコクがあるのに、後味はすっきり。苺の酸味との対比も計算されているわ』
ショートケーキを作った時に、彼女から言われた言葉だ。
急に漫画みたいなレビューをしてくるので、褒められた嬉しさよりもビックリする気持ちが勝る。
レシピ通りに作っただけなので、計算とかは一切ないのに。
まぁ美味しかったのならなによりだ。
三つ目、無言で食べる。今みたいにね。
最初この反応をされた時、言葉も出ないほどヒドイ味なのかと思った。
ただそうではなく、純粋に満足している時は喋らないようだ。
『また今日のティラミスが食べたいわ』
一人で反省会をしていた時に、スマホに送られてきたメッセージだ。
直接言ってくれればいいのになぁ。
恥じらいって考えると可愛いリアクションだよね。
それを本人に伝えたら、二度とメッセージが送られることは無くなってしまったけれど。
今日のリアクションは、三つ目の反応かな。
小さめに焼いたチーズケーキのホールが、みるみる減っていく。
よくホール丸ごと腹に入るなぁ、僕は甘いものそんなに食べられないよ。
あまりにもジロジロと見ていたからか、コホンと咳ばらいをされる。
「さっぱりしたのも、その女の子のおかげ?」
「そのギャルのせいだね」
涼しくなった首元をさする。
やれ雑貨屋だのやれブティックだの振り回された後に、無理矢理美容室に連れていかれたせいで髪を切る羽目になった。
元々ギャルの予約が入っていたらしく、その時間を使って僕が切ることになった。意味が分からん。
どうして美容師ってあんなに喋りたがるんだ?
可愛い彼女さんですね、思い切ってバッサリ切りませんか、好きなアイドルはエトセトラエトセトラ。
髪を切りながら、よくあれだけ口が動くものだ。
「振り回される側になった気分はどう?」
「二度とごめん被りたいね」
「少しは私の気持ちが分かったでしょう?」
「......僕そんなに白石さん振り回してなくない?」
「本人は無自覚なものよ」
ただお喋りしてるだけなのになぁ。
最近で言えば、僕の方が白石さんに振り回されてるような気がする。
石井君関連で僕がどれだけ苦労しているか、彼女は分からないに違いない。
何せ、彼の中で今僕は二股野郎になっているに違いない。
白石さんと付き合っていながら、ギャルに浮気する遊び人。
最低過ぎるな、両方とも事実無根だけど。
夏休み明け、学校に行くのが今から億劫になってきた。
もう来週には学校が始まる、彼の誤解を解くところから始めなきゃいけない。
この夏休みを振り返る。
カフェでバイトしたり車に跳ねられたりギャルに巻き込まれたり......あれ? 良いこと少ないかも?
しょっぱい夏休みだ。
白石さんが見舞いに来てくれたこと以外、高校生らしいイベントは無かったかもしれない。
「それじゃあ今度は意識的に振り回しちゃおうかな」
たまには、青春っぽいことしちゃおうかな。
「今週の日曜日にある夏祭り、二人でいようよ」
車道も歩行者天国にし、多くの人が踊り歩くこの街の夏での一番のイベント。
僕は一回も行ったことないけど、たまには参加してみるのもいいだろう。
「いやよ、あんな人混みの中」
「ですよね、僕も正直人混みは嫌いだし」
この拒否は想定内。
ポケットから鍵を取り出して手で弄ぶ。
参加するといっても、あくまで僕ららしく、だ。
「店長からカフェの合鍵貰っててね、夏祭りの時に使っていいって許可もあるんだ。夏祭りの音を聞きながら、二人でぼんやりとしようよ」
「店長さんは居ないの?」
「奥さんと屋台回るらしいよ。二階にある二人の家に上がらなきゃ、一階は自由に使っていいってさ」
後片付けはしっかりしろよと、ニヤニヤ笑う店長の顔を思い出す。
何を期待してるのやら。
「最近暇な時間に、コーヒーの淹れ方も教えてもらっていてね。古いコーヒー豆を練習用に淹れさせてもらってるんだ。精一杯のおもてなしをするから、一緒に夏祭りを過ごさないかい?」
「......三つ条件があるわ」
「僕にできることなら、謹んで受けさせてもらうよ」
「絶対に人混みに行きたくない」
「それは僕も行きたくないから守るよ。夏祭りの雰囲気が楽しめればいいからね、店の中でゆっくりしよう」
「あまりうるさくしないで」
「善処するよ、普段からうるさいつもりはないけど。それで、最後の条件は?」
「……今日のチーズケーキが、もう一度食べたいわ」
おや、想像以上に気に入ってもらえたようだ。
「お安い御用さ。喜んで作らせてもらうね」
「もうちょっと量があると嬉しいわ」
「......よくお腹に入るね」
「甘いものは別腹なのよ」
「そうかなぁ......」
「そういうものよ」
彼女はそういって立ち上がる。
今日はお開きかな。
「それじゃあ、来週は来てもらえるかな?」
「......ケーキ、楽しみにしてるわ」
そう言い残して帰っていった。
本命は夏祭りのつもりなんだけどな、これは失敗できないや。
シフト増やして練習させてもらおうかな。
「店長、明日から土曜日までシフトって入れてもらえます? あと甘いものに合うコーヒーの豆教えて貰えると——」
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