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冗長な僕と淡白な君  作者: アストロコーラ
高校二年一学期

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17/74

電波男とギャル

「ありがとうございましたー」


 店員の挨拶を背に店から出る。

 今日は壊れてしまったスマートフォンの買い替えのために、キャリアショップに来ていた。

 手のひらサイズの電子端末を、憂うつな気持ちで見つめる。

 最近のスマホ、高すぎないか?

 こだわりはないから適当に、今まで使っていた機種の最新版を買ったが、六桁が当たり前の世界は少し僕には刺激が強かった。

 一番高い機能にすると、30万円近くする機種もあった。

 僕が初めてスマホを手にしたときは、6万円ぐらいだった気がする。

 まぁ機能もパフォーマンスも昔と比べると段違いになったから、値段が上がるのは仕方がないかもしれない。


(先日はお世話になりました、っと)


 白石さんにメッセージを送る。

 連絡先などのデータは、なんとかクラウドからバックアップが取れた。

 僕の発熱は一日しっかり寝込んだら快復した。

 彼女はあの次の日もお見舞いに来てくれた。意外に人情家である。

 今まで用なしであった冷蔵庫には彼女が買ってきてくれたゼリーと飲み物が入っている。

 今度、お礼をちゃんとしなきゃなぁ。

 待ち時間を潰すために持ってきていた、菓子レシピをパラパラとめくる。

 好きなものは甘いものということしか知らないので、今度カフェに来た時手の込んだモノを作ってあげようと思う。

 今まで彼女にお菓子を振舞ってきた反応を見るに、ケーキのようなしっとりとした洋菓子が好みのようだ。

 ベイクドチーズケーキでも作ろうかな、生地を冷ます時間が結構必要だけど、彼女は長居するから問題ないだろう。

 店長にお願いして早めに作らせてもらうのもいいかもしれない。

 白石さんに頼み事をした手前、彼女へのお礼と言えばダメとは言わないだろう。

 ……白石さんは僕の住所を知っているのに、僕は彼女の住所を知らないのはアンフェアなのでは?

 秘密の交換をし合う仲なのだから、あちらも僕に教えるべきなのではないだろうか。


「なぁ、いいだろう? 俺らと遊んでくれよ」

「人待ってるからパスで~」


 僕がバカみたいなことを考えていると、駅前から喧騒が聞こえる。

 遊び慣れたようなチャラい男二人組が、小柄な女子をナンパしている。

 ウェーブがかった明るい茶髪が胸元で揺れている。

 大きく肩を露出したトップスに、太もも半ばまでしかないミニスカート、こっちも遊び慣れてそうだ。

 くりっとした大きな目に、可愛らしい顔をしている。

 表情は笑顔で対応しているが、明らかに適当にあしらっている。

 ナンパって実在するんだなぁ、初めて見たな。

 こういったものに関わるつもりはない。

 正義感の強い人間なら間に入ったり、彼氏のフリをしたりするものだろうが、あいにく僕にそういったものはない。

 誰かが対応してくれるだろう。

 最悪、交番が近くにあるから警察が対応してくれるだろう。

 病み上がりの体に、真昼の夏の日差しは辛いものがある。

 早く家に帰ってゆっくりしたい。

 ナンパの現場を見ないように通り過ぎようとした時、やわらかい何かが僕の腕にぶつかった。


「遅いよ~、約束の時間過ぎてるじゃん!」

「......誰かと間違えてませんか?」

「塩対応~、アタシが人を間違えるわけないじゃん!」


 知らんギャルが僕の右腕に抱き付いている。

 えぇ......なにこれ怖い。

 急に、知らない人がこんな近距離に来ると、いくら顔が良くても恐怖が勝る。

 白石さんも始業式の日、こんな気分だったんだろうか。ごめんよ白石さん、助けて白石さん。


「こんなもやしっ子よりも俺らの方が良くない?」


 チャラいお兄さん達が僕にメンチを切り始めてくる。

 僕の貧相な体つきを見て、勝てると思ったのか距離を詰めてくる。

 なんでこんなことになってしまったんだろう。

 助けを求めるにしても、もっと強そうな人間を選んでほしかった。

 あと腕に胸を押し付けてくるの辞めてほしい。

 車に跳ねられた痛みは消えたわけではないのだ、普通に痛い。

 ニヤニヤと笑うチャラ男達、僕に助けを求めてくる知らんギャル。

 どっちも敵だな。

 ガッチリとホールドされた腕を振り切って、走れるだけの力は僕にはない。

 敵側から距離を離してもらうしかない。

 仕方がない、ちょっとコミュニケーションに難がある人間のフリをしよう。

 フリをしなくても元々難がある? 気のせいだよ。


「あぁ、もしかして星泳ぐオクトパスエンジェル教のオフ会参加者かな。よく僕が一員だって分かったね、君にも大いなるものの天啓があるのかな? イア! イア!」


 適当に指で空中に六芒星を描きながら話しかける。

 僕にできる限りの営業スマイルを浮かべ、いかにも何かに憑りつかれたような人間の声色を出す。

 あまりの意味不明さに、チャラ男達の表情が動揺の色を浮かべる。

 正直僕も何を言っているか分からない。なんだよ星泳ぐオクトパスエンジェル教って。

 まぁ、これでギャルも困惑して離れてくれるだろう。


「あは~そうだよ~、いあ! いあ!」


 えぇ......何この人怖い。

 困惑するどころか、笑顔で僕の真似をしながら指を動かしている。

 僕が知らないだけで、本当にこの場所で星泳ぐオクトパスエンジェル教のオフ会があるのだろうか。

 僕らの様子を見て、チャラ男達は関わるのをやめたようだ。

 やめて! このギャルと二人きりにしないで! 四人でお茶にしよう!

 僕の願いとは裏腹に、足早にチャラ男達はどこかへ行ってしまう。

 残されたのは、可愛らしい笑顔を浮かべたギャルと僕だけになってしまった。

 この笑顔の意味がわからない、怖い。


「星泳ぐオクトパスエンジェル教ってなぁに?」

「知らないよ、僕が聞きたい」

「あ、嘘なんだ。頭の回転が速いね~。助かったよ、ありがとね」


 どうやらこのギャルも僕に合わせて適当に喋っていたようだ。

 嘘から出た実にならずに済んで良かった。


「もう腕離してもらっていい? こないだ車に跳ねられたばっかで痛いんだよね」

「そっか〜、それはごめんね~」


 僕の右腕が解放される。

 ぐっぱぐっぱ、思いっきり抱き着かれて痺れた腕をほぐす。

 その様子を楽しそうにギャルが見つめている。


「君って変わってるね~」

「そう? 至って普通の青少年だと思うけどね」

「男の子は、こういうことされたらもっと緊張するんだよ~」

「痛い痛い痛い!」


 彼女がまた右腕にしがみつく。

 心臓がばくんばくんと音を立てる。

 ちゃんと緊張してるさ、何されるか分からない恐怖でね。


「今気がついたんだけど、僕ギャル苦手かもしれない」

「アタシ、ギャルじゃないよ?」

「見た目が完全にギャルじゃん」

「こういった服が好きなだけだよ~」


 それをギャルっていうんじゃないのか?

 ここまで堂々と言い切られると自信が無くなってきたな。


「君は見た目で人を判断するんだね~」

「見た目以外の情報が無いからね。ほら、外見は内面の一番の外側って言うじゃん。中身がギャルだから見た目もギャルになるんだよ」

「ん~? 中身がイケメンでも見た目がイケメンになるとは限らないから、それは違う気がするな~」


 なんてヒドイことを言うんだこの女......


「君に助けてもらって正解だったなぁ~」

「……なんで僕を選んだのさ。もっと強そうな人間に頼ればいいのに」


 これが本当に謎である。

 チャラ男が正常な人間だったから今回は良かったが、もっと暴力的な人間だったら僕には何もできなかっただろう。


「ん~? 面白そうだったから!」

「はぁ?」

「アタシ見る目あったなぁ~、とっても面白かったもん」


 それだけの理由で巻き込まれたのか……

 もういいや、どうせこれっきりの関係だ。

 もう会うことも無い、早く離れたい。


「陽菜! ごめん遅れた!」

「あ~、しょうちゃん遅刻だよ~」


 どうやらギャルの待ち人が来たようだ。

 改札の向こうから体格の良い人が走ってくる。

 これで解放される......

 ん? しょうちゃん?

 猛烈に嫌な予感がする。デジャヴュを感じる。


「伯母さんと話してたら電車乗り遅れちゃって......」

「あー、石井君。これは違うんだ」

「へ~、知り合いなんだ~」


 爽やかなイケメンの笑顔が、僕を見つけて凍り付く。

 僕の右腕は、まだガッチリとホールドされたままだ。

 僕の心情とは関係なく、第三者から見たら甘い関係に見えるだろう。

 話してもらおうと力を込めるが振りほどけない。

 抱き着いていた方が面白いと判断したのだろう、笑顔の彼女と目が合う。

 小悪魔っていうのはこういう人間のことを言うんだろうな。


「村瀬君、白石さんと付き合ってるのにこういうのはよくないよ......」

「話を聞いてくれないか? そもそも付き合ってないんだが?」

「こうなったしょうちゃんは何言ってもムダだよ~」

「本人が幸せなら、バレなければいいのか......?俺には分からない......」

「自分の世界から帰ってきてくれないか、石井君」

「俺には分からない! 少し時間をくれ村瀬君!」


 そう叫んで石井君はどこかへ走り去ってしまった。

 なんで彼は、僕の話を聞いてくれないんだろう。


「しょうちゃんどっか行っちゃったね~、どうしよっか?」

「......帰っていい?」

「ダメって言ったら~?」

「帰るかな」

「あは~、ウィンドウショッピングにれっつご~」

「痛い痛い痛い!」


 筋トレしよう、少なくとも女子一人振り回せるくらいには。

 結局、石井君は夕方になるまで帰ってこなかった。


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