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冗長な僕と淡白な君  作者: アストロコーラ
高校二年一学期

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ユーフォリアキッチン

 期末試験前の土曜日、約束通り僕らはカフェに来ていた。

 店長に許可を取って、テーブル席を使って二人で勉強している。


「どうせ混むほど客こねぇしな、ゆっくりやりな」


 とは店長の言だ。

 飲食店のオーナーとしてそれでいいのか?

 利益とかどうなっているんだろう。

 まぁ、経営者が気にしてないなら、僕から何か言うことは無いけども。


「そろそろ休憩しようか」


 時計を見ると、15時を過ぎたくらいか。

 お昼過ぎに集合してから、二人して黙々と教科書とにらみ合っていた。

 勉強を教えてくれるとは言ってくれたものの、正直にいって躓くほどの教科はまだない。

 継続的に学習しないだけで、僕もやろうと思えば出来るのだ。

 まぁ、まだ一学期ということもあって、そこまで学習内容が深くないおかげもあるが。

 ただ普段から習慣がない人間にとって、ずっと机に向かうことはとても疲れる。

 目がしょぼしょぼするし、ずっと同じ姿勢で体が痛い。

 伸びをすると、体からボキボキと怖い音がする。

 たまに首とか思いっきり鳴らしている人いるけど、あれ怖くないのかな?

 対面の白石さんは流石に慣れているのか、ケロリとした顔でペンを動かしている。


「もう休憩するの?」

「三時間近くはもうって言わないんじゃないかなぁ。人間の集中力って一時間もないらしいし」

「あなたが不甲斐ないだけじゃなくて?」

「ほとんどの人間が不甲斐ない人間になっちゃうよ。なんのためにポモドーロタイマーとかの勉強法があると思っているのさ」

「勉強しないくせに、勉強法の知識はあるのね」

「勉強したくないから、効率を求めて色々調べたからね。楽をするための努力ってやつ。本当は15分刻みで勉強するのがいいらしいよ」

「普段から実行してからいいなさいよ」


 それができたら人間苦労はしないんだよなぁ。

 努力した方がいいとは皆分かっているのに、どうして楽な道に行ってしまうんだろうね?

 それが人間の業、カルマってやつなのかもしれない。


「あなたは怠惰なだけよ」


 エスパーかな? 思考を読むのはやめてほしいね。

 常日頃からくだらないことばかり考えているのがバレちゃうから。

 無駄話をしているうちに白石さんも休憩する気になったようだ。

 ペンを置いてコーヒーを啜る。

 カフェでマグカップを持つ美人って様になるなぁ。

 そりゃ店長も連れて来いっていうわ、絵になる。

 さっき鼻の下を伸ばしていた店長が、奥さんに店の奥に連行されていったのは見なかったことにしよう。

 僕も周りから見たらああいう顔になっているのかな?

 いや、ないな。別に白石さんに対する下心はないし。

 普通の男子高校生はもっと下心とか出した方がいいのかね。

 正直に言って、彼氏彼女になりたいとは思わないんだよな。絶対に面倒くさいから。

 特別な相手っていうのを作りたくない。

 記念日だとか誕生日だとか覚えられないし、もらう側になったとしてもお返しを考えるのが大変だ。

 あれ、あまりにも社会に適応できてないかも?

 よく皆、普通にできるよな。

 勉強と一緒で、普段からやっている人には難しくないのかね。

 じゃあ、白石さんもきっと出来ない側の人間だな。


「なに?」

「いや、白石さんも大変そうだなぁーって」

「意味は分からないけど、失礼な事を考えているのは分かるわ」

「気のせいだよ、そろそろパンケーキ作ろうか?」

「今食べたら夕飯が入らないじゃない。休憩は終わりよ」

「うへぇ、スパルタが過ぎると思いますよ先生」

「黙って手を動かしなさい」


 そういって黙々とペンを動かし始める。

 こうなったら、彼女には何を言っても駄目だろうな。

 はぁ、と普段とは逆に僕がため息をつく。

 カウンターにコーヒーのおかわりを注文する伝票だけ置いて、僕も教科書と向き合う。

 店長が折檻から戻ってきたら、淹れてくれるだろう。

 ……戻ってこられるかな。静かすぎる店の奥をちらりと見る。

 ……考えないことにしよう。


 ——————————


「あぁー疲れた」


 18時を告げる音楽が、街の屋外スピーカーから流れ始める。

 久しぶりにたくさん勉強した。

 苦痛の声を上げながら机に突っ伏す。

 脳が疲れすぎて、なにか痒いような感覚に襲われる。

 サインコサインタンジェントって何なんだ?

 数学って明らかに学習内容が過剰だよな。

 勉強したって将来使わないから無駄だよね、とは言わない。

 問題を解くために鍛える論理的思考は無駄にならないからだ。

 ただ、興味がない人間にとっては学ぶ内容がきつい。

 公式を覚えて、例題を解いて、類似問題を考える。

 テストの点は取ることができるだろう。

 しかし、内容を真に理解できていない。これは何の役に立つんだ?

 そう考えると、モチベーションが湧かないのも仕方がないだろう。

 まぁ、学問を志す人間以外は、そんなものと割り切っているかもしれないが。


「お疲れ様」


 なんともないような顔で白石さんが労う。

 自称進学校の成績上位は伊達ではないようだ。


「それじゃ、よろしくね」


 疲れで鈍った思考回路では、何をよろしくされたのか理解できなかった。


「何を?」

「パンケーキよ、とびきり甘いと嬉しいわ」

「......そういえば今日、僕白石さんから何も教わって無くない? ずっと一人で勉強してたけど。約束はノーカンじゃない?」

「それはあなたが質問しなかったからじゃない。それに、私一言も教えるとは言って無いわよ」


 あー、彼女の言葉を思い返す。

『勉強、見てあげましょうか?』

 言ってないわ、教えてくれるとは一言も。

 騙された気分だ、詐欺ってこうやって生まれるんだろうな。


「ほら、早くしてね」

「はぁい」


 しょうがない、彼女がいなければここまで真面目に勉強していないのだ。

 その分のお礼と考えよう。


「そういえば、夕飯前にパンケーキ食べていいの?」

「いいのよ、夕飯としてパンケーキを食べるから」


 目で作りに行けと急かしてくる。

 声色がいつもより明るいし、本当に甘いもの好きなんだなぁ。

 そんなに期待されると、作る側としては緊張しちゃうね。

 レシピ通りに作るだけだから難しいことはしないけども。

 僕も疲れたし、しっかり作って糖分補給しよう。


「いいねぇ、青春だねぇ。こないだまでの沈んだ顔が嘘みたいだ」

「......頭、大丈夫ですか?」

「割れそう」


 こめかみにくっきりと指の痕がついた店長がキッチンに立っていた。

 今日も奥さんのアイアンクローは絶好調のようだ。

 どれだけの握力があればここまで痕がつくのだろうか。

 無意識に首をなぞる。

 僕が引いていると店長が紙束を渡してくる。

 デザートのレシピが手書きでまとめてある。

 字的に奥さんの手書きだな。

 菓子作りが趣味らしく、会心の出来だった時は紙にレシピをまとめて僕にくれる。

 白石さんお気に入りのパンケーキも奥さん手作りレシピだ。

 でも、なんで急にこんなにレシピをくれたんだろう。


「テスト期間中は店に来るんだろう? なら、毎日パンケーキは飽きるだろって」


 僕の疑問を読み取ったのか、店長が教えてくれる。

 そっかぁ、お礼として毎回作らないといけないのか。

 あれ、僕の報酬と労働が釣り合って無くないか?

 疑問に思いながら調理を始める。


「毎回、二人分も材料使わせてもらうのは申し訳ないんですけど」

「あぁ、気にするな。あのお嬢ちゃんが毎日来るんだろ? 安いってもんよ」


 もう一回絞められたらいいのに。

 よく懲りずにこのセリフが吐けるな、尊敬しちゃうね。


「しかし、何回見ても手際がいいな。やっぱサイドメニュー追加してもいいな」

「まだそれ言っているんですか? 自信ないですよ」

「でも、作るの楽しいだろ?」

「え?」

「何だ詠耳、気がついてないのか。料理してる時のお前、楽しそうだぞ」


 カランカランと来客のベルがなる。

 お嬢ちゃんのおかげかもねーと言い残し、店長が対応しにキッチンから出ていく。

 料理が楽しい? 考えたことなかったな。

 フライパンから生地をひっくり返す。

 両面に程よい焼き目がついたのを確認し、皿に盛り合わせる。

 確かに、行程が決まっている単純作業は、性に合っているかもしれない。

 ただ、この作業が楽しいかどうかは、考えたことは無かった。

 うーん、嫌いではないけどなぁ、自発的に一人で作る気はしないなぁ。

 バターとメイプルシロップをふんだんにかけて出来上がりだ。

 焼き上がった生地から甘い匂いが充満する。


「あら、いい出来じゃない」

「丁寧に作らせていただきました、先生」

「次回作も期待できそうね、シェフ」


 白石さんは、目を輝かせてパンケーキを頬張る。

 本当に甘党なんだなぁ。

 僕も自分のパンケーキを食べる。

 しなびた脳に優しい甘さが染みわたる。

 うん、今日のは我ながらいい出来だ。


「やっぱり、明日も作らなきゃいけないんだ」

「勉強代は必要でしょ?」

「何も教えてもらってないよ?」

「先生は生徒の自主性を重んじているのよ」


 明日は滅茶苦茶質問してやろうかな。

 パンケーキに夢中な彼女を見てぼんやりと考える。

 ……まぁ、自分が作ったもので、人が喜んでくれるなら悪くはないか。


「明日は何を作ってくれるのかしら」

「そんな期待されても大したもの作れないよ。うーん、フレンチトーストとか?」

「悪くないわね」


 明日は上手く作れるだろうか。

 もらったレシピ集をパラパラとめくる。

 ガトーショコラとか簡単で良さげかも。

 多少時間はかかるが、許容範囲だろう。

 うーん、人のために料理をするなら、悪くはないかな?

 僕は、思ったより社会に適応できているのかもしれない。


「明日は、今日より勉強時間増やしたいわね」


 上機嫌に語る白石さんの一言は聞かなかったことにした。

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