人の噂も七十五日、長くないか?
「石井君はカスだ。人間の風上にも置けない。聖人だと思っていた僕が馬鹿だった」
お昼、屋上前の階段で僕は泣きながら菓子パンをかじった。
その横で素知らぬ顔をしながら、黙々と白石さんがお弁当をつついている。
こうなった原因は彼女にもあるのに、涼しい顔しやがって、ちくしょう。
彼女と初めて出会った時、噂なんて気にしないよって格好つけたけど無かったことにしたい。
クラスメイトからの視線が刺さるように痛い。
人目に晒されることは別に初めてのことではないが、それでも気分が良いものではない。
男子も女子も、僕の心情なんてお構いなしにジロジロと見てくる。
今までは空気だったのになぁ、人の視線って結構分かりやすいんだよなぁ。
「何が真のイケメンは心までイケメンだ。彼もまたゴシップ大好き人間だったんだ。カーストの最底辺をネタにして笑いものにするタイプの陽キャなんだ」
「あなた、カーストに入れてないから最底辺以下じゃない?」
「なんでそんなこと言うの? 正論は人を傷つける凶器にもなるんだよ?」
ご飯を食べ終わった白石さんが、容赦なく僕を傷つけてくる。
「それに、噂を広げてるのは石井君って決まったわけじゃないでしょ」
「昨日の今日でこんなに話が広がってるのは、石井君が話したからじゃないの?」
「告白された現場には、石井君以外にも人は居たわよ」
「そんな場所で告白するなよ......」
理解できないね、プライバシーの概念とかないのかな?
教室で大声で下ネタを話すギャル、陰謀論を声高に叫ぶオタク、バカ騒ぎして備品を壊す運動部、学校って嫌いだ。
まぁ僕の通う高校にそこまでひどい人はいないけど。
「うぅ、僕と白石さんはただの友情の関係なのに。ただお喋りできればそれでいいのに、どうして他人の玩具にされなきゃいけないんだい?」
「人間関係なんてそんなものでしょ。諦めなさい」
「白石さんが僕との関係を否定していたら、終わった話なんですけどね」
「ふふ」
僕が苦しむさまがそんなに面白いのだろうか。
切れ長の目と、淡く色づいた唇が歪む。
彼女が愉快そうな感情を見せる時、だいたいは僕が苦しんでいる時かもしれない。
サドかな? まぁマゾではなさそうだ。
うーん、僕にそういった性的嗜好はないんだよなぁ。
「あなた、本当は口にするほど気にしてないでしょ」
「心外な、僕はちゃんと今の現状に心痛めているよ。もし僕のことをひそかに思ってくれている人にも勘違いをさせてしまうしね」
そういえば白石さんは好きな人とかいないのかな?
こういった噂が流れると、学校内でちゃんとした恋愛をするのは大変そうだ。
気分を切り替えて、いっちょ恋バナってやつをしてみよう。
「白石さんは、好きな人とかいないの?」
「急に気持ち悪いわね」
「いやだって、こんな噂流れちゃったら大変でしょ。本命がいたら勘違いされちゃうでしょ? もし両想いなのに、僕の存在のせいで恋が実らなかったら申し訳なさで心苦しいからさ」
「心にもないこと、ただの野次馬根性でしょ?」
「まぁ、半分ぐらいはそう」
もう半分は本当に申し訳ない気持ちになるかも。
ただ、この三か月弱の付き合いでそういった恋愛対象はいないんだろうなぁ、とは思っている。
周りの女子高生のような浮ついた態度を見たことがないからだ。
彼女の口からピンク系の話を聞いたこともない。
僕がそういった話を振らないからかもしれない。
あれ、そういえばお互いの好みとかの話したことないかも。
いっつも適当な概念とかそれっぽい哲学もどきの会話しかしてない気がする。
「たまには恋バナってやつをしてみたいと思ってね」
「いつもみたいな適当な話じゃなくて?」
あ、いつも適当ってやっぱ思ってるんだ。
会話の中身ちゃんと考えようかな。
話しかけるきっかけが独特過ぎたからなぁ。
これからは普通の会話をしよう。
あれ、普通ってなんだろう。
白石さんに教えてもらえばいいか。
「たまには普通の高校生らしい会話をしようよ」
「普通ってなによ」
「さぁ? 友達いないから分からない」
おっと、彼女も知らないようだ。
普通って難しいね。
「それで、好きな人とかいるの? どういった男性がタイプなのかな?」
「そういうのは特にないわ」
「いや、顔のタイプとか性格とかあるでしょ。クラスの誰々君に近い顔とかさ、芸能人なら誰々とか」
「ないわね。強いて言うなら大人しい人がいいわ」
恋バナつまんねぇ〜。
話が弾まないよ。
「そういう村瀬君は?」
「僕? 僕は僕のことを好きな人が好きだよ」
「じゃあ、高校生活はもうおしまいね」
訂正、僕らがつまらないだけだ。
小学生の時の先生が言っていたことを、ふと思い出す。
『世界がつまらないんじゃなくて、つまらない人間の世界は面白くならないんだ』
真理だと思う。
僕がつまらない人間だから、こんなにも恋バナが盛り上がらないのだろう。
面白い人間になりたいだけの人生でした。
恋愛小説とか読んだら面白い学校生活になるかな?
今度白石さんにおすすめの小説を聞いてみよう。
昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。
はぁ、クラス戻りたくねぇー。
人間関係が面倒くさいからぼっちでいたのになぁ。
まさかこんな形で衆目を集めることになるとは。
ぼんやりと座っていると白石さんが不思議そうにこちらを見ている。
「あれ、教室に戻らないの?」
「村瀬君は行かないの?」
「おや、時間をずらして戻らなくていいのかい?」
「もう今更でしょ」
「それもそうか」
よいしょっと掛け声を上げながら立ち上がる。
もう開き直って、彼氏面するのもありかもしれない。
冷静に考えれば役得なんじゃないか?
横を歩く白石さんをしげしげと見る。
華奢な体格のせいか、僕とは大きな身長差がないのに小さく見える
僕が170㎝ぐらいだから160㎝にギリギリ届かないくらいか。
肩まで伸びた黒髪は日光を反射してキラキラと輝いて、入念に手入れされている艶やかさを感じる。
端整な顔立ちに、一切の日焼けがない陶器のような白い肌。
うーん、これはモテそう。
愛嬌が悪く、目つきが悪いのさえ直せばカーストのトップなんて余裕だろう。
愛嬌が良く、よく笑う白石さん......なんか不気味だな。
「なにか、変な事考えてるでしょ」
「いや、インナー暑そうだなぁって。体に痕が残っていると隠すのも大変だね」
「......えっち」
「なんでそうなるかなぁ」
「いやらしい目をしてたわ」
白石さんは大げさな身振りで自分を抱きしめる。
そういう冗談も言えるんだな。
新しい一面を見てばっかりだ。
そんなことを考えていると、背後からゴトリと何かが落ちる音がした。
振り返ると、手に持っていただろう弁当箱を落として、放心している石井君がいた。
猛烈に嫌な予感がする。
「体の痕って......インナーの中を見るような仲なのか......?」
「ちょっと待ってくれ石井君、落ち着いて——」
「俺、考えなしだったわ......そんな深い関係の相手がいるのに、告白して迷惑かけたね......」
「おい僕の話聞けや」
「ごめん! 聞くつもりはなかったんだ! ごめん!」
昨日と似たようなセリフを叫びながら、石井君が教室に駆け込んでしまった。
僕らもその教室で授業を受けるんだが? 余計に入りにくいじゃないか。
「彼、愉快な人ね」
「滑稽の間違いじゃないかなぁ。あぁ、なんかお腹痛くなってきた」
「ふふ、あはは」
石井君の滑稽さか、僕の苦痛に満ちた顔か、どっちに対する笑いなんだろう。
今まで見たことのない笑顔には、年相応の幼さがあふれ出ていた。
普段からそういう顔しとけばいいのに。
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