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冗長な僕と淡白な君  作者: アストロコーラ
高校二年一学期
1/74

春、それは恋の季節

不定期に更新 

「よくさぁ、春のことを恋の季節って言うじゃない?あれってなんでなんだろうね?」

「調べたら?」

「それだと味気ないよ’、君との会話を楽しみたいのに。それに、こういうのはだいたい誰かが言い出したからとか企業戦略の一端とかしか書かれてないよ」

「じゃあ、それでこの話は終わりでしょ」


 そういうと彼女は読んでいた本にまた目を落としてしまう。

 窓辺で本を読む彼女の姿は、持ち前の美貌も合わさって一枚の絵のように様になっている。

 美形はいいね、僕のような陰気臭い人間がやっても読書好きの人間にしか見えないだろう。

 放課後の教室には僕ら二人しか残っていない。

 ちらりと校庭の方に目をやると、新入生たちが各々部活見学のために動いているのが見える。

 いいねぇ、バラ色の学校生活の第一歩だ。


「いや、誰がとはどうでもいいんだ。なんで、を君と話したいのさ。例えば、入学式があるように人と人との出会いの季節だから、とかね。ほら、今まさに校庭ではたくさんの出会いが溢れている。君の意見も、よければ聞いてみたいなぁ」

「はぁ」


 彼女はため息をつくと、本から目を離し僕と向き合う。

 彼女の目が情熱的に僕を捉える。

 まぁ、情熱的と言っても愛だの恋だの浮ついた目ではない。

 明らかに敵意の目だ。何かやらかしたかな?


「あなた、誰?」

「おっとー、覚えてもらえていないか。午前中にクラスで自己紹介をしたから、それで覚えていてもらえるもんだと。ちょっと自意識過剰だったね。改めて、村瀬 詠耳(えいじ)です。よろしくね、白石 透さん。透って呼んでもいいかな?」

「......馴れ馴れしくしないで」

「じゃあ、白石さんって呼ぼう。白石さんからも自己紹介してもらえると、僕としても嬉しいなぁ」


 そういえば、クラスでの自己紹介でも白石さんは名前しか言わなかった。

 自己紹介で爪痕を残そうと滑ったサッカー部の彼より、彼女の不愛想な自己紹介の時のほうがクラスが静まり返っていたのを思い出す。


「あ、ちなみに僕の好きなことは会話だよ。だから遠慮なく声をかけてほしいね。嫌いなものはあまりないかなぁ、暴力的な人ぐらいだね」

「私は、あなたみたいな軽い人が嫌いよ」

「僕は白石さんとはお友達になりたいけどね」


 これは手厳しい。

 どうも他人を拒絶するバリアがあるようだ。

 これみよがしに読んでいる小説も、他人に対するアピールの意味もありそうだ。

 人と話す気がない、友達になる気はない、無言の意思表示だ。

 僕は気にしないけど。


「あなた、私の噂知らないの?」

「人の噂なんていちいち真に受けてたらきりが無いよ。それに僕は僕の見た聞いたを最優先するからね。あと、あなたじゃなくて気軽に詠耳って呼んでほしいな」

「......呼ばない。噂、知らないなら私と関わらないほうがいいよ」

「それはどうして?」

「はぁ......」


 そういってまたため息をつく。

 僕を無視して帰らないあたり、彼女の素の優しさが垣間見える。

 僕が彼女の立場だったら、問答無用で帰るだろう。

 だって、鬱陶しいだろうし。 

 自分で言って悲しくなってきた。やめよう、この考えは。


「噂なら知ってるよ。やれパパ活をしてるだのやれ他人を見下してるだの、好き放題言われてるね。あぁ、あと水着も一人だけ学校指定の水着じゃないのも聞いたことあるな。全身タイツのカッコいいやつでしょ?それも原因でお高くとまってるだの気取ってるだの散々言われてるね。美形に対する嫉妬は怖いねぇ」

「知っているのに話しかけてきたの?」

「別に僕にとってはどうでもいいし。パパ活だって法に反してなければ個人の自由だし、他人を見下すなんて程度の差こそあれ誰だってするでしょ。現に僕は、噂話に踊らされている人を馬鹿だと見下しているね」

「そう、それならどうして私に話しかけてくるの?」


 彼女は本を閉じて、僕の方を見る。

 どうやら僕の方が本より関心を引けたようだ。

 単純に、本に集中できないから諦めた可能性もあるが。

 まぁいい、僕は彼女と話がしたいと思っていたのだ。

 多分、この学校での唯一の同士だ。


「いや、悪気はなかったんだけどたまたま見ちゃってね。君の右腕」

「......っ!」


 彼女は右腕を自分の胸元に抱き寄せる。

 あぁ、困ったな。言い方がなんか悪人っぽくなってしまった。

 そう、それは本当に偶然だった。

 たまたま、街の本屋に行ったら彼女がいて、偶然彼女が棚の上の本に手を伸ばしたシーンを目撃しただけだ。

 学区外の本屋だったから、少しばかり彼女の警戒心も薄れていたのだろう。

 白い肌を縦に走る一筋の傷跡は、とても印象的だった。

 まさか同じ学校の女の子とは、運命ってあるもんだなぁ。

 彼女にとっては不幸かもしれないが。


「......私を、脅すの?」

「あぁ、ごめんごめん、勘違いさせたかな。最初に言った通りただ、君と話をしたいだけだよ。君の秘密だけ知っているのもアンフェアかな、僕の秘密も見せよう」


 内緒だよ、ウインクをしながらスマホの画面を彼女に見せる。

 自身の秘密を打ち明ける気恥ずかしさと、共有できる嬉しさに少しほほが赤くなるのを感じる。

 共有じゃなくて押しつけだって? 聞こえないな。

 写真の僕は雪の上に寝ころび呑気にピースサインをしている。

 画像を見た白石さんは、少し吹き出してから僕を見る。

 お? 思ったより好感触。

 もっと拒否感を露わにしてくると思ったのにな。


「そんなに吹き出すような写真かな」

「だって、アンバランスでしょうに」


 雪の上で寝転ぶ在りし日の僕を見る。

 うん、いい笑顔だ。

 首元からぶら下がるロープから目に瞑ればどこに出しても恥ずかしくない写真だ。

 若き日の過ちを戒めるために撮ったものだ。

 もっとしっかりとした木の枝を選ぶべきだった。


「変わり者なのね」

「お互い様じゃないかな」

「私は、あなたみたいに壊れてないわ」

「失礼な、僕は正常だよ。世間一般でいう常識もある、学校の成績だって中の上くらいだ。顔はどうだろうな、自己評価が難しいな。君の目から見て何点に見える? 70点くらいなら嬉しいなぁ」

「顔だけなら90点あげる。でも、うるさいから-40点」

「おや、そんなにくれるのかい。ちなみに僕から見た白石さんは100点満点だ。もっとお喋りしてくれれば120点だ」

「......そんなに私と喋りたいの?」

「そりゃもう、街で見た時からずっと君のことばかり考えていたさ」


 この感情をなんていえばいいんだろうかな。

 一目ぼれと呼ぶには少し、チープすぎるな。

 ま、これから考えればいいか、時間なんて腐るほどあるんだ。


「だって、お互いに生きることに倦んでいる、澱んでいる。君の顔を見た時にピンときたよ。あぁ、僕の同類なんだってさ。仲間となら、楽しくお喋りできるのかぁってずっと考えてたんだよ」

「はぁ」


 この短時間で何回目になるか分からないため息。 

 僕との会話は楽しくないかな? まぁ話し上手じゃないからつまらないかもしれない。

 それでも、先ほどまでと違って僕に向ける目線は敵意は感じられない。


「勝手にあなたの同類にされるのは心外だわ」

「同類だろう? 死に損ないなんてそんなにいるもんじゃない」

「たくさんいても困るわ」

「それはそうだ、世の中そこまで荒んでいないと思いたいものだ」


 彼女は本をカバンにしまう。

 ようやく仲良くなれたような気がするのに、今日はこれでお終いかな。

 ぼんやりと彼女の帰り支度を見つめていると、彼女は不思議そうにこちらに尋ねる。


「帰らないの?」

「一緒に帰ってもいいのかい?」

「あなたが話したいって言ったんじゃない」

「じゃあ、ご同行させていただこうかな」


 思ったよりもノリの軽い性格なのかもしれない。

 これは明日からも楽しみだ。


「あの写真、私に送ってよ」

「さすがに恥ずかしいなぁ。君が右腕の写真を撮ってくれるなら考えなくもないけど」

「じゃあいらないわ」

「そうかい。それよりも、お喋りの続きをしようよ。君はどう思う?」

「どの話の続き?」

「ほら、春は恋の季節の続きさ。白石さんはなんでだと思う?僕はね、季節の変わり目で一番頭がおかしくなる時期が春だからだと思うんだよね。冬からの抑圧に解放されて、頭がハッピーになるのさ。不審者も春になると増えるというし」

「確かに、あなたみたいな変人、増えそうものね」

「同意してくれるかい。それで、白石さんの意見も聞きたいね。なんで春は恋の季節だと思う?」

「単に動物の繁殖期だからじゃない?」

「……なんというか、夢がないね」

「あなたの意見も夢なんかないじゃない」

「まぁ、それはそうだけどさぁ。女の子の意見としてはあんまりにも夢が無いよ」

「そう、じゃあ私この駅だから」


 そういって改札に向かって彼女は歩いて行く。


「また明日ね」

「......明日はもっと、まともな会話がしたいわ」


 そう言って人ごみに消えて行ってしまった。

 ダメもとで言ってみたが、思ったより前向きな返事が返ってきた。

 まともな会話ねぇ、何を話せばいいのやら。

 キレイになってしまった首元をさする。

 ふとスマートフォンが揺れる。

 通知がめったに来ない僕にしては珍しい。

 画面を点けると、先ほど交換したばかりの白石さんからの連絡だった。

 画面には一言だけ。


 白石 (とおる)


「はは、律儀だね。僕の自己紹介してほしいって言葉、覚えていたんだ」


 いやはや、楽しい学校生活になりそうだ。

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面白かったです 次回が少し気になる終わり方でした 次回も楽しみにしてます
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