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冗長な僕と淡白な君  作者: アストロコーラ
高校二年一学期

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春、それは恋の季節

不定期に更新 

「よくさぁ、春のことを恋の季節って言うじゃない?あれってなんでなんだろうね?」

「自分で調べたら?」

「それだと味気ないよ、君との会話を楽しみたいのに。それに、こういうのはだいたい誰かが言い出したからとか、企業戦略の一端とかしか書かれてないよ」

「じゃあそれでこの話は終わりでしょ」


 そう言うと彼女は読んでいた本にまた目を落としてしまう。

 窓辺で本を読む彼女の姿は、持ち前の美貌も合わさって絵のように様になっている。

 美形はいいね、僕のような陰気臭い人間がやっても、読書しか趣味のない人間にしか見えないだろう。

 放課後の教室には僕ら二人しか残っていない。

 ちらりと校庭の方に目をやると、新入生たちが各々部活見学のために動いているのが見える。

 チラシ片手に勧誘に勤しむ上級生、それを輝かんばかりの笑顔で受け取る一年生。

 いいねぇ、バラ色の学校生活の第一歩だ。


「いや、答えはどうでもいいんだよ実は。『なんで』を君と話したいのさ。例えば、今日の入学式のように春は人と人との出会いの季節だから、とかね。ほら、今まさに校庭ではたくさんの出会いが溢れている。君の意見もよければ聞いてみたいなぁ」

「はぁ」


 彼女はため息をつくと、本から目を離し僕に視線を向ける。

 彼女の瞳が情熱的に僕を捉える。

 まぁ、情熱的と言っても愛だの恋だの浮ついた目ではない。

 明らかに敵意の目だ。

 何かやらかしたかな?


「あなた、誰?」

「おっと、覚えてもらえていないか。午前中にクラスで自己紹介をしたから、それで覚えていてもらえるもんだと。ちょっと自意識過剰だったね。改めて、村瀬 詠耳(えいじ)です。よろしくね、白石 透さん。透って呼んでもいいかな?」

「......馴れ馴れしくしないで」

「じゃあ、白石さんって呼ぼう。白石さんからも自己紹介してもらえると、僕としては嬉しいなぁ」


 そういえば、クラスでの自己紹介でも白石さんは名前しか言わなかった。

 自己紹介で爪痕を残そうと滑ったサッカー部の彼より、彼女の不愛想な自己紹介の時のほうがクラスが静まり返っていたのを思い出す。


「あ、ちなみに僕の好きなことは会話だよ。だから遠慮なく声をかけてほしいね。嫌いなものはあまりないかなぁ、暴力的な人ぐらいだね」

「私はあなたみたいな軽い人が嫌いよ」

「僕は白石さんとはお友達になりたいけどね」


 これは手厳しい。

 どうも他人を拒絶するバリアがあるようだ。

 これみよがしに読んでいる小説も、他人に対するアピールの意味もありそうだ。

 人と話す気がない、友達になる気はない、無言の意思表示だ。

 僕は気にしないけど。

 声に出さないアピールなど、気がつかないフリをすればなんの意味もなさない。


「あなた、私の噂知らないの?」

「人の噂なんていちいち真に受けてたらきりが無いよ。それに僕は僕の見た聞いたを優先するからね。あと、あなたじゃなくて気軽に詠耳って呼んでほしいな」

「......呼ばない。噂、知らないなら私と関わらないほうがいいよ」

「それはどうして?」

「はぁ......」


 そういってまたため息をつく。

 僕を無視して帰らないあたり、彼女の素の優しさが垣間見える。

 僕が彼女の立場だったら、問答無用で帰るだろう。

 だって、鬱陶しいだろうし。 

 客観的に見れば見知らぬ男にナンパされている状況だ、叫ばれたって文句は言えない。

 これがスクールカーストの天辺にいるような男なら箔のもつくだろうが、生憎と僕はカーストの最底辺と言ってもいいだろう。

 そんな僕に言い寄られた所で、悪評しか立たないだろう。

 ……自分で言って悲しくなってきた。やめよう、この考えは。


「噂なら知ってるよ。やれパパ活をしてるだの、やれ他人を見下してるだの、好き放題言われてるね。あぁ、あと水泳の時間も一人だけ学校指定の水着じゃないのも聞いたことあるな。全身タイツのカッコいいやつでしょ?それも原因でお高くとまってるだの気取ってるだの散々言われてるね。美形に対する嫉妬は怖いねぇ」

「知っているのに話しかけてきたの?」

「別に僕にとってはどうでもいいし。パパ活だって法に反してなければ個人の自由だし、他人を見下すなんて程度の差こそあれ誰だってするでしょ。現に僕は、噂話に踊らされている人を馬鹿だと見下しているね」

「そう。それならどうして私に話しかけてくるの?」


 彼女は持っていた本を置いて、今までとは違った瞳で僕を見る。

 どうやら僕の方が本より関心を引けたようだ。

 単純に、本に集中できないから諦めた可能性もあるが。

 まぁいい、僕は彼女と話がしたいと思っていたのだ。

 多分、この学校での唯一の同士なのだから。


「いや、悪気はなかったんだけどたまたま見ちゃってね。君の右腕」

「っ!」


 彼女は右腕を自分の胸元に抱き寄せる。

 あぁ、困ったな。

 言い方がなんか脅している悪人っぽくなってしまった。

 そう、それは本当に偶然だった。

 たまたま、学校から遠い別の街の本屋に行ったら彼女がいて、偶然彼女が棚の上の本に手を伸ばしたシーンを目撃しただけだ。

 学区外で同級生がいるはずもない場所だったから、少しばかり彼女の警戒心も薄れていたのだろう。

 白い肌を縦に走る一筋の傷跡は、一目見ただけで僕の心にも消えない傷跡を刻み込んだ。

 春休み中、ずっとその女の子のことを考えて暮らしていたぐらいだ。

 二度と会うことはないと思っていたけれど、まさか同じ学校の女の子とは。

 運命ってあるもんだなぁ。

 ま、彼女にとっては不幸なのかもしれないが。


「......私を、脅すの?」

「あぁ、ごめんごめん、勘違いさせたかな。最初に言った通り、ただ単に君と話をしたいだけだよ。そうだ、君の秘密だけ知っているのもアンフェアだから、僕の秘密も見せよう」


 内緒だよと、ウインクをしながらスマホの画面を彼女に見せる。

 自身の秘密を打ち明ける気恥ずかしさと、共有できる嬉しさに少し頬が赤くなるのを感じる。

 共有じゃなくて押しつけだって? 聞こえないな。

 スマホのギャラリーにはよく分からない雲の写真だとか通学路にいた猫だとか、そんなあまり意味のない写真が数枚あるだけだった。

 だから、見せたいものはすぐに見つかった。

 僕にしては珍しい、インカメを使った自撮りの写真。

 写真上の僕は、雪の上に寝ころび呑気にピースサインをしている。

 冬の、なんてことはない一枚に見えるだろう。

 画像を見た白石さんは、ふふっと吹き出して僕を見る。

 お? 思ったより好感触。

 もっと拒否感を露わにしてくると思ったのにな。


「そんなに笑うような写真かな?」

「だって、アンバランスでしょうに」


 雪の上で寝転ぶ在りし日の僕を見る。

 うん、いい笑顔だ。

 首元からぶら下がるロープから目に瞑れば、どこに出しても恥ずかしくない写真だ。

 麻の縄ががっしりと首元に結び目を作っており、リードのように写真の枠外に向かって伸びている。

 これは、若き日の過ちを戒めるために撮ったものであった。

 もっとしっかりとした木の枝を選ぶべきだったなぁ。


「変わり者なのね」

「お互い様じゃないかな」

「私は、あなたみたいに壊れてないわ」

「失礼な、僕は正常だよ。世間一般でいう常識もある、学校の成績だって真ん中くらいだ。顔はどうだろうな、自己評価が難しいな。君の目から見て何点に見える? 70点くらいなら嬉しいなぁ」

「顔だけなら90点あげる。でも、うるさいから-40点」

「おや、そんなにくれるのかい。ちなみに僕から見た白石さんは100点満点だ。もっとお喋りしてくれれば120点だ」

「......そんなに私と喋りたいの?」

「そりゃもう、街で見た時からずっと君のことばかり考えていたさ」


 この感情をなんていえばいいんだろうかな。

 一目ぼれと呼ぶには少しチープすぎるし、恋愛感情とは違うような気がする。

 ま、これから考えればいいか。

 まだ高校二年生になったばかり、時間なんて腐るほどあるんだ。


「だって、お互いに生きることに倦んでいる、澱んでいる。君の顔を見た時にピンときたよ。あぁ、僕の同類なんだってさ。仲間となら、楽しくお喋りできるのかぁってずっと考えてたんだよ」

「はぁ」


 この短時間で何回目になるか分からないため息。 

 僕との会話は楽しくないかな?

 僕は話し上手じゃないから、つまらないかもしれないな。

 それでも、先ほどまでと違って僕に向ける目線は敵意は感じられない。


「勝手にあなたの同類にされるのは心外だわ」

「同類だろう? 死に損ないなんてそんなにいるもんじゃない」

「たくさんいても困るわ」

「それはそうだ。世の中そこまで荒んでいないと思いたいよね」


 彼女は本をカバンにしまう。

 ようやく仲良くなれたような気がするのに、今日はこれでお終いかな。

 ぼんやりと彼女の帰り支度を見つめていると、彼女は不思議そうにこちらへ問いかけた。


「帰らないの?」

「おや、一緒に帰ってもいいのかい?」

「あなたが話したいって言ったんじゃない」

「それじゃあお言葉に甘えて、ご同行させていただこうかな」


 思ったよりもノリの軽い性格なのかもしれない。

 まさか一緒に帰ることを許してもらえるとは。

 これは明日からも楽しみだ。

 帰る方角も知らないから、校門を出たらはいさようならの可能性もあるけれど。


「あの写真、私に送ってよ」

「さすがに送るのは恥ずかしいなぁ。君が右腕の写真を撮ってくれるなら考えなくもないけど」

「じゃあいらないわ」

「そうかい。それよりも、お喋りの続きをしようよ。君はどう思う?」

「どの話の続き?」

「ほら、春は恋の季節の続きさ。白石さんはなんでだと思う?僕はね、季節の変わり目で一番頭がおかしくなる時期が春だからだと思うんだよね。冬からの抑圧に解放されて、頭がハッピーになるのさ。不審者も春になると増えるというし、厚着からも解放されるしね」

「確かに、あなたみたいな変人、増えそうものね」

「同意してくれるかい。それで、白石さんの意見も聞きたいね。なんで春は恋の季節だと思う?」

「単に動物の繁殖期だからじゃない? 何かの本でそう書いてあるのを読んだわ」

「……なんというか、夢がないね」

「あなたの意見も夢なんかないじゃない」

「まぁ、それはそうだけどさぁ。女子の意見としてはあんまりにも夢が無いよ。もっとプリティな意見が出てくるものだと思うじゃないか」

「そう、じゃあ私この駅だから」


 しょうもない雑談に花を咲かせていると、学校からそう距離が離れていない最寄り駅にたどり着く。

 改札に向かって歩いて行く彼女の後姿に、声をかける。

 

「また明日ね」

「......明日はもっと、まともな会話がしたいわ」


 そう言って人混みに消えて行ってしまった。

 ダメもとで言ってみたが、思ったより前向きな返事が返ってきたことに内心で驚いた。

 まともな会話ねぇ、何を話せばいいのやら。

 あざなど欠片も残っていない、綺麗にになってしまった首元をさする。

 友達もいない、趣味もあまりない人間にとって、まともな話題などあるはずもない。

 頭を抱えて悩んでいるとポケットに入れていたスマホが揺れる。

 通知がめったに来ない僕にしては珍しい。

 画面を点けると、先ほど交換したばかりの白石さんからの連絡だった。

 画面には一言だけ。


 『白石 (とおる)


「はは、律儀だね。僕の自己紹介してほしいって言葉、覚えていたんだ」


 いやはや、楽しい学校生活になりそうだ。

 白石さんが乗っているであろう電車を見送って、桜が散り始めた並木道を歩く。

 それにしても、名前だけの自己紹介とは本当に、自己紹介というのだろうか。

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― 新着の感想 ―
面白かったです 次回が少し気になる終わり方でした 次回も楽しみにしてます
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