撮影帰りの山道 後日譚
翌週、昼下がりの喫茶店。窓から差し込む光は柔らかく、先週の山道の闇が嘘のようだった。
俺は撮影仲間と向かい合い、コーヒーを前にして座っていた。
「この前のイベント、どうだった?」
「撮影は順調だったよ。町並みも学校も神社も、いい写真が撮れた」
「やっぱりあの場所は映えるよな」
俺は少し声を落とした。
「……ただ、帰り道がね」
「帰り道?」
「山道を抜けるルートで帰ったんだけど、街灯がひとつもなくて真っ暗で。途中で、白い着物を着た年配の女性が立っていたんだ」
仲間の笑みが消える。
「……女性?」
「そう。何度も、道の脇に。まるで先回りして待っているみたいに」
「それ、聞いたことある。夜に通ると“白い人”が見えるって噂だ」
俺はコンビニでの出来事を話した。
「店員に山を越えてきたって言ったら、『やっぱり見えましたか』って。最後に『事故に気をつけてくださいね』って言われたんだ」
「……完全に知ってる反応だな」
二人の間に沈黙が落ちる。昼の光が差し込む喫茶店の中で、言葉にしたはずの闇が再び広がっていくようだった。
その時、カウンターの奥で食器を拭いていたマスターが、ふとこちらを見てボソッと呟いた。
「……その話、あんまり広めないほうがいいよ」
「えっ?」
俺と仲間は同時に声を上げた。驚きに目を見開く。
だがマスターは何事もなかったかのように、コーヒーミルを回し、湯を注ぎ始めていた。豆の香りがふわりと広がり、静かな店内にドリップの音が響く。まるで先ほどの一言など存在しなかったかのように。
俺たちは顔を見合わせ、言葉を失ったままカップを手に取る。温かいはずのコーヒーが、なぜか冷たく感じられた。




