撮影帰りの山道3
山を抜けて街の灯りが見えたとき、胸の奥に安堵が広がった。
「……助かった」
そう呟きながら、ふと目に入ったコンビニの看板に車を滑り込ませる。
自動ドアが開くと、蛍光灯の白い光が迎えてくれる。さっきまでの闇が嘘のように、明るさが全身を包んだ。
「いらっしゃいませー」
店員の声が耳に届く。その何気ない一言が、妙に心強く感じられた。
客は俺ひとり。静かな店内に、冷蔵ケースのモーター音とレジの電子音だけが響いている。
缶コーヒーを手に取り、レジへ向かう。
「夜は冷えますね」
店員が軽く声をかけてくる。
「ええ、山を越えてきたんです。街灯もなくて真っ暗で……」
「大丈夫でしたか?あの道、暗いでしょう」
少し間を置いて、俺は口にしてしまった。
「途中で、白い着物を着た年配の女性が立っていたんです。何度も、道の脇に……」
店員の手が一瞬止まる。レジの操作を続けながら、視線だけがこちらに向けられる。
「……やっぱり、見えましたか」
「え?」
「この辺り、夜になるとそういう話を聞くんですよ。山を越えてきた人が、同じように“白い人”を見たって」
缶コーヒーを受け取る手がわずかに震える。温かさが掌に広がるのに、背筋は冷たいままだった。
「お気をつけて。帰りしなは事故に気をつけてくださいね」
店員の声はいつも通りの調子だったが、どこか含みを持っているように聞こえた。
店を出ると、街の灯りが広がっていた。だが、さっきまでの闇と白い影は、まだ背後にまとわりついているような気がしてならなかった。




